第412話 その二人①

◆その二人


 和田くんの背中が寂しそうに見えた。教室でも休み時間でも、近寄りがたいほどの寂しさが伝わってきた。

 和田くんは小清水さんに振られた。

 実際に、断りを入れられたわけではない。小清水さんは返事をしていない。その代わりに、小清水さんの人格が逃げ、変わりに不良娘のヒカルが表に出てきた。

 そのヒカルに言われたのだ。

「沙希は隠れたよ」

 その言葉はどれほど残酷な言葉だったろうか。その意味するところは、「逃げ」であるよりは、強い「拒否」に近い。

 和田くんの状況を僕に置き換えて考えてみると、その衝撃は想像に難くない。


 けれど、当の小清水さんは、和田くんのことを意識していなかったみたいだ。

 ヒカルから小清水さん本体の人格に戻った時、小清水さんはこう言っていた。

「私、ついさっきまで、和田くんと一緒にいたのだけど、和田くんが、何か大事なことを言っていた気がするの。でも私、その後、どうしちゃったんだろう」

 つまり、小清水さんは、ヒカルと人格交代の瞬間、その時の記憶が飛んでいるのだ。

 和田くんが小清水さんに告白したという事実を僕から小清水さんに言うわけにはいかない。小清水さんに言えるのは和田くんだけだ。


 六時間目の授業が終わると、席を立った和田くんを追いかけ廊下に出た。

「和田くん、今日は部室に行くのか」と訊ねると、

「ごめん、鈴木くん。今日はよしておくよ」と返事が返ってきた。

 その表情は決して明るくはない。

「あれから、小清水さんと話をした?」と訊ねると、和田くんは静かに首を振ると、「小清水さんが鈴木くんに何か言っていたのか?」と訊ねた。

 まずい。僕はあれから小清水さんと話していないことになっている。

「いや、和田くんが元気が無さそうに見えたし、前に、和田くん、言っていただろ。小清水さんに告白するって・・あれから、どうなったのかな、って」と僕は言った。

 そう言った僕の顔を和田くんはじっと見て、

「・・僕、小清水さんに振られたんだよ」と言った。

「そ、そうか」

 振られたと言うのは、不確かだ。僕にも分からないし、和田くんも分からないだろう。当の小清水さんさえ分からないのかもしれない。何故なら、和田くんが告白した瞬間、小清水さんの人格はヒカルに交代したのだから。

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