第408話 ナミの言葉①

◆ナミの言葉


「そういうことか」

 取り合えず青山先輩は納得し、「それで、君や水沢さんは、何もされなかったんだな?」と訊ねた。

「何もされてませんけど、あのヤヨイさんという人。人の心を抉ってくるというか・・」

 他に表現が見つからない。

「具体的に何があったか、君は話したくないようだな」青山先輩はそう言って、「まあ、誰にだって、知られたくないこともあるし、沙織も君と同じだろう」と続けた。

そして、青山先輩は言った。

「ヤヨイのことは知っていたが、具体的にはどういう女なのか、君には黙っていたのだよ」

「どうしてですか?」

「ヤヨイの怖さを言うと、君はまた『速水さんを放っておけない』と言い出すだろう」

「そんなに怖いんですか?」

 あまり聞きたくない話だったが、訊かずにはいられなかった。僕は無理矢理に青山先輩に言った。「聞かせて下さい」

 そして、聞いてしまって後悔した。

 その内容は僕の知らない世界だった。キリヤマやヤヨイの住んでいる世界は、僕の日常とかけ離れたものだった。

 青山先輩は更にこう続けた。

「ヤヨイがやっていないのは、人を殺めることくらいじゃないだろうか。もちろん、それは父親のキリヤマも同じだが」

 これほど青山先輩の男性口調が怖く思えたことはない。

「そんなっ、簡単に、人を殺すなんて」

 僕の絶句に追い打ちをかけるように、青山先輩は、

「人が苦しむ姿を見ることが、楽しくてしようがない人間もこの世界にはいるのだよ」と言った。

 人を傷つけることで快楽を得ている人間・・青山先輩はそう言った。

 キリヤマ父娘はまさしくそうだろう。


 僕が黙っていると、青山先輩は、

「だが、私は少し驚いているのだよ」と言った。

 僕が、「何に驚いているのですか?」と訊ねると青山先輩は、

「沙織が、ヤヨイの怖さを君に話したことに驚いている。ヤヨイのことだけではない。キリヤマのことも沙織は君に話した」と言った。

 速水さんがヤヨイのことを僕に・・

 確かに、速水沙織はヤヨイの恐怖を語った。それ以前にはキリヤマのことも語っている。

 だがそれは、僕が問い詰めたからだろう。そう思う。

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