第393話 水鉄砲⑤
その後、ヤヨイは散々速水さんを恐怖に陥れておいて、
「でも、沙織。安心して頂戴、私はそんなことはしないわ」
と悪魔のような笑みを浮かべ、
「あんまり酷いことをして、また須磨の叔父さん宅に行かれたりしたら、面倒だもの」と言った。
最初、速水さんが言った「心を操る」の意味が分かった気がした。
・・ヤヨイは恐怖で人の心を支配するのだ。
つまり、キリヤマのような直接的ではない暴力。それは心の暴力だ。
「鈴木くん、わかった? 私の義姉ヤヨイは、透明人間にとって最悪の天敵なのよ」
「まさしくそうだな」
ヤヨイは透明人間の最悪の天敵。
校庭で僕が感じた恐怖は決して気のせいではなかった。あの時、ヤヨイは透明になった僕の位置を正確に把握していた。見えるのではなく気配を察知しているのだ。
「私と一緒にいれば、沙織は安全なのよ」
ヤヨイは恩を着せるように言ったらしい。
「だから、私は、ヤヨイ義姉さんに逆らえないのよ。敵に回すには、その力は大きすぎるわ」
確かにそうだ。元々口も腕も知恵も立つ人間だ。更にこっちが透明になってもどこにいるか見破られてしまう。
つまりは僕たちにとって最悪の人間だ。
僕は相手をしなくても生きていけるが、速水沙織はそうではない。同居している。
辛いだろう。それは僕なんかの想像を超えるものだと思う。
それでも速水さんは、須磨の叔父さん宅から、実の母親とキリヤマとヤヨイが住む家に越した。
どんなに辛くても、そこにいる。
その理由・・それは、速水さんの母親がいるからだ。速水さんは、お母さんを放っておけないのだろう。
「家にいるのは・・お母さんの為なんだな」と僕は言った。
僕の問いに、速水さんは「学校に近いからよ」と淡々と言った。
そんなわけがない。確かに須磨の叔父さんの家は須磨だ。遠いと言えば遠い。電車で30分はかかる。だが、距離よりもそこで安心して暮らせることの方が大事だ。
家が戦いの場所であってはならない。
僕がそう言うと速水さんは、
「鈴木くんが心配するほどでもないのよ」と言って少し笑みを浮かべた。
速水さんが言うには、今の家は大きいそうだ。速水家が崩壊したと言っても、僕らのような庶民の家とは格が違うのだろう。
そして、速水さんとキリヤマとは生活時間が合わない。自分の部屋に閉じ籠っていれば、キリヤマと対峙することを何とか避けられる。そう速水さんは言った。
そうは言っても、水鉄砲の日みたいに、予想外の時間にキリヤマが家にいることもあるから油断はできない、と速水さんは付け足した。
キリヤマとは生活時間をずらした上で、部屋に籠り、
ヤヨイに対しては従順にしていれば、何もされることはない。
速水さんはそう言うが、それでいいわけがない。
速水沙織の人生がそれで済むはずがない!
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