第387話 速水家②

 僕が次の言葉を見失っていると、

「ヤヨイ義姉さんは、私たちの手に負える相手ではないわ」

「いや、別に、ヤヨイさんと戦おうなどとは思っていない」

「でも、キリヤマに挑んだでしょう?」

「キリヤマを殴ったのは、僕個人の仕返しだ! 決して速水さんの為じゃない」僕は強く返し、

「速水さん、教えてくれ。ヤヨイさんというのはどんな人なんだ?」と訊いた。

「どうしてそんなに知りたいの?」

 その理由・・速水さんは僕が速水さんの身を案じて、ヤヨイのことを聞きたがっていると思っている。その理由で攻めれば、速水さんは口を開かないことが予想できた。

 だったら・・

「怖いんだよ。僕はヤヨイさんに、自分の父を殴った人間として、目を付けられたかもしれないし、ヤヨイさんは水沢さんにも関心を示していたみたいだったから」

 ヤヨイのことを知りたい理由として、自分の身を守りたい為だと言って、ひいては水沢さんをも引き合いに出した。


「それって、自分で撒いた種じゃないの」

「それは分かっている」僕は強く返した。それでも僕は、

「知りたいんだ!」と大きく言った。

 僕の勢いに根負けしたのか、速水さんはヤヨイについて切り出した。

「ヤヨイ義姉さんは狡猾よ」

「狡猾って?」僕は速水さんの次の言葉を促した。

「キリヤマみたいに暴力一辺倒ではないということよ。ある意味、キリヤマよりも始末が悪いわね」

 速水さんはそう言って、

「だから、鈴木くんのような人が関わって良い相手ではないということよ」と念を押した。

 速水さんは、あくまでも僕をヤヨイに関わらせないつもりだ。


「速水さん、前にも聞いたが、あいつら・・キリヤマとヤヨイさんは、速水家の財産をねらっているんだよな?」

 前にも聞いていたが、改めて訊いた。

 すると速水さんは「ええ」と頷き、

「速水家は崩壊したと言っても、私の母の資産は未だあるの。それは、キリヤマにとっては喉から手が出るほど欲しい額なのよ」

 あいつら、それを狙っているのか。

 奪い方は色々あるが、キリヤマが速水さんの母親と夫婦になれば、事は容易に進むだろう。

「速水さんのお母さんは、まだキリヤマと婚姻関係にないんだよな?」と僕は確認した。

 速水さんが語るには、速水さんの母親は、キリヤマと同居しているというだけで、婚姻届には未だ判を押していない。

 だから夫婦ではない。外見上は、内縁の夫婦のようだが、厳密にはその関係も成立していない。速水さんはキリヤマを養父と言っていたが、キリヤマは速水さんの母親の財産に齧りついて生活しているだけのようだ。

 だから、速水さんがヤヨイのことを「ヤヨイ義姉さん」と呼ぶのもおかしいくらいだ。

 そして、その少ないという財産までを奪おうとしているのが、キリヤマとその娘のヤヨイという訳だ。

 本来であれば、速水さんの母親がキリヤマを追い出せばいいだけの話だが、心が壊れ、キリヤマに依存している母親はそれすらできない。もちろん母親は娘の速水さんの声も聞こうとはしない。

 現在の速水家は、微妙な関係の上に成り立っている。

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