第379話 岐路③

 水沢さんの大きな瞳が僕の心を見透かすように見ていた。

「そ、そうなんだ・・加藤も頑張っているんだな」

 僕は何かを誤魔化すように言った。

 すると、水沢さんは意味ありげな溜息をつくと、

「私、今日は帰るわね。鈴木くんやゆかりみたいに私はクラブ活動もしていないし、クラスの喫茶店もそろそろ閉店の時間だわ」と言って、「もう充分に学祭を楽しんだわ」とニコリと微笑んだ。

 僕は「もっと回ろうよ」と言わなかった。僕も充分にこの時間を楽しんだからだ。

 更にこの時間を引き延ばそうとするほど僕は勇気を持ち合わせていないし、そんなに器用でもなかった。


 水沢さんが袖を上げ腕時計に目を移すと、僕は釣られるように水沢さんの腕時計に目をやった。僕の目を意識したのか、

「この時計ね、お父さんが買ってくれたものなの。高校の入学祝いよ」

 水沢さんはその時の気持ちを思い出すように微笑んだ後、「お父さん。もうこんな高価なものは買えなくなるわね」と寂しそうに言った。


 水沢さんと別れた後、僕の行き先は決まっていた。文芸サークルの部室だ。そこには速水部長がいるはずだ。

 部室に急ぐ中、気になる会話が耳に届いた。男子生徒たちの会話だ。

「あの佐藤がこてんぱんだったぜ」

 え?

 佐藤に何かあったのか?

 あまり思い出したくないが、佐藤は、この春まで僕の友人だった。そのはずだったが、佐藤の近くで透明になってしまった時、僕は彼が他の生徒に話しているのを聞いた。

「おまえ、よく鈴木なんかと一緒にいることができるよな」

「鈴木みたいな人間、意外と便利なんだぞ。女友達でいう引き立て役だな」

 僕は佐藤の友だちでも何でもなかった。女にもてる佐藤を引き立てていたに過ぎなかった。

 その後も、水沢さんと加藤。そして僕と佐藤のダブルデートの時も、佐藤の態度は酷かった。当時、佐藤に想いを寄せていた加藤をぞんざいな扱いをして泣かせたりした。

 更には学校の裏庭で水沢さんは佐藤にこう言った。

「私には、佐藤くんと鈴木くんが友達同士にはとても見えないの」

 僕はとっくに佐藤と縁を切っていたが、水沢さんに改めて言ってもらうとスッキリもした。

 今から考えると、あの時、水沢さんは佐藤の本心を読んでいたのだろう。 

だが、佐藤は水沢さんに言い返すように、

「水沢さんがいくら勉強が出来て、男子に人気があるからといって、男同志の話の中に入ってくるなよ」と言った。そこまでは水沢さんも許せたかもしれない。

 しかし、その後、佐藤と同じ大学に入りたくて加藤が懸命に勉強をしている話を水沢さんがした時、佐藤はこう言った。

「加藤の学力なら、俺の志望校に入るのは無理だろう」

 その瞬間、水沢さんの平手打ちが飛んだ。

 そんな経緯があってか、佐藤は友人どころか、僕とは因縁の仲ということだ。もちろん水沢さんもそうだし、加藤も佐藤の本性が分かり、今は何も想っていないみたいだ。

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