第355話 純粋さを失わないということ③
「そろそろ終わる・・」
突然の真山さんの声に、現実に引き戻された。
榊原さんが、「水沢さんの勝ちだね」と強く言った。
続いて小川さんが、「鈴木くん、水沢さんが勝ったわよ」と言った。
部室内がどよめいた。部室にいる全員が水沢さんと石山純子を凝視している。
石山純子が投了したのだ。
石山純子が、頭を下げ、「負けました」と小さな声が聞こえた。
その後、お互いに一礼し立ち上がった。正座が長かったせいで、石山純子がふらついた。彼女はこの対局で終わりにするようだ。
一方、水沢さんはすっと立ち上がり、僕たちの方を振り向いた。
その表情は勝負に勝った。何かをやり遂げた顔・・いや、違う。
水沢さんの表情は、何かを克服した顔に見える。
もしそうなら、水沢さんは何を克服したのだろうか?
「鈴木くん!」
水沢さんは僕の方へ少しふらつきながらも真っ直ぐに向かってきた。
その顔は、僕に向けられた表情の中では一番明るい表情だった。
僕の近くには神戸高校文芸部の皆がいるが、水沢さんの目は誰にも向いていない。 僕だけを見ている。胸の中に仕舞い込みたくなるような素敵な光景だ。
こんな時、どう声をかければいいのだろう。「おめでとう」かな?
僕がそう言うと、水沢さんはクスクス笑って、「ありがとう」と言った。
彼女の楽しそうな顔を見ていると、僕の頭に疑念が浮かんだ。
水沢さんは石山純子の心を読んだのではないか?
それで将棋に勝ったのではないのか。
僕の疑念をよそに水沢さんは、真山部長たちに「こんな長い時間、見てくださったんですね」と礼を述べた。
真山さんは優しい顔で、「楽しめたから別にかまわない」と言って、「おめでとう、あの石山によく勝てたものだね」と称賛した。
「他校の女の子の勝利だから、私たちが喜ぶのもおかしいんだけどね」と榊原さんが笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます