第354話 純粋さを失わないということ②

 その時、僕は思い出していた。

 中学のクラスの女子、東田英美という子だ。

 彼女は、僕が石山純子に渡したラブレターのことをクラス中に触れ回った。

 東田英美は、口に手を拡声器のように当てて、

「クラス一、影のうすいスズキくんが、ラブレターを出しましたあ。恐れ多くもその お相手は、なんと純子ちゃんで~す」と大きく言った。

 彼女は続けて「手紙の実物を見たい人は、放課後、私の所へ来てね」と言っていた。

 手紙の実物って・・・僕の手紙を東田英美が持っているのか。

 信じられなかった。歯がガチガチと鳴り、足が震え、僕は気が遠のくのを感じた。

 この場から消えて無くなりたい。消失したい。

 だが、僕の体は決して消えて無くなることはなかった。まだ透明化することはできなかったからだ。

 榊原さんが言うところの「性格が悪い女の子」はまさしく東田英美のような子を指す気がする。

「たぶん・・」小川さんがポツリと言った。

「石山さんに集まる人は、彼女の仲間になることで、自分も優れた人に見せたいのだと思います」

 小川さんが断定的に言うと、銀行員の風体の森山が、

「それが本当だと、石山もけっこう孤独な女の子だよな」と同情するように言った。

「ま、石山の心の中など知ったことじゃないけどね」と阿部が言った。


 真山さんは、僕の顔を覗き込むように、

「鈴木くんは、石山に思い入れが深いようだね」と言った。そして、

「君が石山に告白したのか、振られたのかは知らないけれど、君の顔を見ていると、すごく伝わってくるものがあるよ」と続けた。

 真山さん、さすがは文芸部の部長だ。鋭い!

「私もそう思うなあ」と榊原さんが言った。「普通は、冷たいだとか、そんな質問しないよね」

 これ以上は話すのはやめておこう。話をそらそう。

「じゃあ・・水沢さんはどんな風に見えますか?」

「それは、私たちより、鈴木くんの方が良く知っているだろう」と森山に一発で返された。


 だが大人しい小川さんが、

「純粋な感じがします」と言った。

「純粋な感じ?」

「はい・・」小川さんはそう応え、

「多くの人の妬み、恨みや怒りなんかを抱え込んだ後の純粋さです。そんな場合の純粋さは子供の純粋さを超える・・私が読んだ本でそんなことが書いてありました」と説明した。

 小川さんの言葉に、何か腑に落ちるものを感じた。

 確かに水沢さんは、家族はもちろんのこと、同世代の子たちの心を読み取ってしまい、心が傷つく日々を送ってきた。

 けれど、彼女はその中で自分を見失わないで生きてきた。

 決してこの世界を憂うことなく純粋さを保っている。

 小川さんが水沢さんに会うのは、今日が初めてだ。だが初めてだからこそ感じるものがあるのかもしれない。

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