第342話 視線①

◆視線


 女生徒の一人が、「あの男、池永先生に何かしそうな雰囲気よ。目がイヤらしいわ」と言った。

 池永先生はキリヤマの異常さなどお構いなしに、

「キリヤマさん。ここをどこだと思っているの!」と怒声を飛ばした。「ここは学校の敷地内なのよ」

「そっちこそ、おかしいじゃねえか。俺は娘の学校の見学に来ただけだぜ。そこへ、飛びかかってくる女生徒や、格好ばかりいっちょ前の男が勝手に挑んで来たんじゃねえか!」

 確かにキリヤマの言う通りだが。周囲の人間はそうは見ていないだろう。


 今度こそ、やってやる!

 僕は立ち上がり、再びキリヤマの背後に回り、今度は尻を蹴り上げた。

 蹴りが効いたのか、キリヤマは「うむっ」と変な声を上げ、よろっと前に進み、そのまま倒れるかと思えたが、

 体を支える物として掴んだのが、よりによって池永先生の二つの大きな乳房だ。

 キリヤマは、一瞬、何を掴んだのか、それが誰のものだったのか、分からないようだった。「あれっ?」という表情だ。

「キリヤマさん・・あんたねえ・・」

 池永先生の声がブルブルと震えている。いつも優しい池永先生が鬼の形相となっている。

 以前、須磨の海岸で激しいやり取りがあった時、池永先生は「この年増女!」と罵倒された。速水沙織の虐待の件も教師として知っているし、先生はキリヤマには敵意しか持っていない。

 パンッ!

 強烈な平手打ちをして、更に「この変態っ!」と罵倒し、両手でドンとキリヤマを勢いよく突き飛ばした。池永先生の力が一番強い!

 キリヤマの体は一回転して再び僕の方に戻ってきた。


 丁度いい所に、僕の真正面にキリヤマの体・・いや、その顔そのものが来た。

 ああ、こんなチャンスが巡って来るとは!

 僕は拳に渾身の力を込めて、その顔を思いっ切り殴った。

「これは中学の時の仕返しだ!」

 中学の時、初恋の石山純子に公衆電話で告白し、あえなく振られた帰り道。手錠に繋がれた速水沙織に出会った。手錠で繋ぎ止めていたのは養父のキリヤマだ。

 僕は速水さんを救おうとキリヤマに挑んだが、逆にこっぴどくやられた。あの時の痛みは今も鮮明に憶えている。

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