第311話 学祭の土曜日②
それに教室には水沢さんがいる。水沢さんはどこの部にも所属していないからだ。
その水沢さんが、ウエイトレスをしているのだ。
ウエイトレスと言っても、専用の制服を着ているわけではない。普段の制服の上からエプロンを着ているだけだ。それでも、水沢さんのそんな姿を見たことのない男子たちは、チラチラとトレイを抱え待機している水沢さんの方へ目をやっている。
男子生徒の憧れの対象のいつもと違う姿には、心を奪われるのだろう。それは僕も同じだ。いつもと同じなのはトレードマークのポニーテールだけだ。
ただ悪い予感がしないでもない。水沢さんは、他のクラスの男子にも人気がある。水沢さん目当てでやってくる男子も少なからずいると思う。それは喫茶室として如何なものだろうか?
そんなことを考えていると、うっかり水沢さんと目が合ってしまった。水沢さんはニコリと微笑んだ。
加藤が言っていた水沢さんの「心を読む」という噂は、どの程度までのものなのか、知らないが、同じウエイトレスの女生徒たちが水沢さんと談笑しているのを見ると、そこまで深刻なものではないように思った。
「へえぇ、ここもやってること同じかあ」
他クラスの男子生徒が二、三人連れ立ってやってきては、そう言葉を言い残し出て行く。
だが、中には、
「おっ、水沢さんがいるじゃねえか」と互いに言ってズカズカと入ってくる男子たちもいる。
男子にとって、水沢純子という女性は、憧れの対象だったり、只の鑑賞用の女の子だったりする。ひどい男子となると、以前、裏庭で水沢さんを無理やりにカラオケに連れて行こうとした不良の類いもいる。
また水沢さん目的でなくとも、息抜きの為なのか、疲れた様子で入ってくる男子もいる。
「いらっしゃいませ」と女生徒たちは揃って言った。男子がどんな目的で入って来ようともお客はお客だ。
数名のお客が着席すると、ウエイトレスの女生徒が水を出し、注文を受けると、ようやく仕事らしい仕事が来たとばかりに男子がドリップコーヒーや紅茶の用意を始める。僕もその一人だ。
厨房・・と言っても、簡易パーテーションとカーテンとで仕切った空間だが、その場所が初めて狭く感じるようになる。湯を沸かし、コーヒーを淹れ、その香りが漂いだすと、ようやく喫茶室らしくなった。
一応、透明化防止の為にカフェインを飲んではいるが、この忙しさだと眠くなりそうにない。
和田くんが「水沢さん、人気だね」と言った。
僕が「そうだな」と適当に受け流すと、
「みんな、水沢さんのお尻ばかり見ているよ」と和田くんが言った。
「おいっ、視線の先までわからないだろ!」と僕が「憶測で言うな」と言わんばかりに強く言うと、
「だって、男子の水沢さんに向ける視線がイヤらしい」和田くんはそう言った。
和田くんの言葉に、僕はハッと思った。
水沢さんの頭には、時々人の心が流れ込んでくる。そのイヤらしい心が水沢さんに届いたのなら、さぞかし嫌な思いをすることだろう。
だが、僕にはどうすることもできない。
それに、水沢さんの心の状態がどうなっているのか、僕には知ることができない。
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