第304話 繰り返す夢①

◆繰り返す夢


「ねえねえ、兄貴よお」

 夕飯を終え、母が台所に立つと、テレビを見ながらケラケラ笑っていた妹のナミが突然、僕の顔を見て言った。

 顔がニヤニヤ笑っている。何か悪い予感しかしない。

「私、最近、何一つ良いことがないんだよね」

「そうなのか」

 妹にいいことが有ろうが無かろうが、僕には関係ない。仮に良いことが有ってもまた新しい彼氏ができたとかそんな話だろうし、良いことが無いというのは、彼氏がいないとか、そんな話しかない。

「あのさあ、兄貴は妹に幸せになって欲しくないの?」

「幸せ? それって良いことがないのと何か関係あるのか?」

 妹の中では良いこと=幸せなのか?

「大有りだよ。私、幸せになりたいんだよ!」ナミは何かを宣言するように言った。

 そんなナミには兄として言っておかなければならない。

「あのなあ、ナミ。幸せになったら、その次には必ず不幸が訪れるんだよ」

 僕は語気を強めて言った。すると、「本当?」と中学生らしく言った。そして、台所の母に向かって、

「お母さ~ん。幸せの後には、必ず不幸が来るの?」と言った。

 洗い物中の母は、

「そんなの人によるでしょ」と面倒臭そうに答えた。確かにそうだ。

 母の回答を受けたナミは、再び僕に向き直って「そうだって。人によるんだって!」と言った。

 際限ない妹の会話を回避しようと、二階に上がろうと席を立ちかけると、

 ナミは何かを思い出したように、

「あのさ、兄貴」と呼び止めた。

「何だ?」

「兄貴の高校の学祭、私、行くからね。兄貴も部活やってるんだから、去年みたいに早く帰ってくるなんてことないんでしょ?」

 ナミの言う通り、去年はクラスの催しが終了した時点で即効で帰宅した。ナミには「いつもより早いじゃん」と思いっ切り皮肉られた。本屋にでも寄り道しときゃよかったと思ったくらいだ。僕の暗さ、影の薄さを改めて実感した去年の学祭だった。


「別に来なくていいよ」僕は強く言った。

「なんで?」

「高校の学祭なんて、面白くもなんともないからだよ」

「なんで面白くないの? 少なくとも中学のしけた文化祭よりはマシそうだけど」

 それはそうだが、

「あんまり変わらないと思うぞ。大学なら別だけどな」

 ナミは納得しないらしく、

「私の新しい彼氏を作るチャンスかもしれないよ」と言った。

「ナミ、中学生が彼氏を作るの作らないのと、まるでチョコでも作るように言うもんじゃない」と戒めると、台所から母が、「お兄ちゃんの言う通りよぉ」と後押しした。

 助かった! と思っていると、「でも、ナミが道雄の学祭に行くのはかまわないでしょ」と言った。

「本当にそうだよ」ナミはそう言って「何か、私に高校に来られたら不味いことでもあんの?」と訊いた。

「いや、そういうわけじゃないけど、クラブの様子を見に来られたらイヤだなと思ってな」

 僕がそう言うと、

「そういやさ、兄貴のクラブ、何か催しとかするの?」とナミが訊いた。

 それを言うのが一番イヤだったんだよ!


「合同読書会をする・・」

「ごうどう読書会?」ナミは僕の言葉を復唱した後、一呼吸置いて、

「なにそれ?」ナミはぷっと吹き出した。

 僕がその内容を説明すると、ナミは更にぷぷっと笑い飛ばした。

「そんなに笑うことはないだろ!」

「だって、青春の真っ盛りのような男女が集まって、読書をするなんて、思いっ切り暗いじゃん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る