第302話 予定は未定①

◆予定は未定


 すると、小清水さんが大きな声で言った。

「鈴木くん」

 改めて小清水さんに向き直ると、彼女はいつにも増して優しい笑顔でこう言った。

「この機会に、水沢さんをお誘いしたらどうですか?」

 その言葉に、速水部長が眼鏡の奥の瞳を光らせ、和田くんが、不可思議な顔をした。

「いや、僕はそういうのは・・」僕は言い淀んだ。

 ただでさえ、人目を引く水沢純子と校内を巡るなど、そんな大それたことが出来るはずもないし、誘うなんてこと、更に大それたイベントだ。

 もし、僕が大胆な男なら喜んでそうすることだろう。だが残念ながら、僕はそんな性格ではない。

 それに、小清水さんの言葉・・それが本意でないことは僕は知っている。僕だけではない。部員の誰もが知っている。

 僕が言い淀んでいると、青山先輩がその場の空気を見ながら、ワザとらしく「ごほん」と大きな咳払いをした。

「鈴木くん。よかったら、学園祭の自由時間、この私と行動を共にしないか?」

「え?」

 青山先輩と一緒に学祭を?

「いや、ちょっと、それは・・」

 何と返していいものやら。

 青山先輩は、「沙織・・私は、鈴木くんと一緒に校内を回ることにするよ」と速水部長に報告するように言った。

 すると速水部長は、青山先輩をキッと睨みつけるようにして、

「青山さん、そんなことを私に報告する必要はないわ。どうぞ、勝手にしてちょうだい」と速水部長が冷たくあしらった。

「ということだよ。鈴木くん」

 青山先輩はニコリと微笑んだ。

「青山先輩、僕は校内を巡るのはあまり性に合わないというか、どこかでひっそり過ごしていたいというか・・それにわざわざ皆の前で言うことでも」と僕が言うと、

「約束しておかないと、鈴木くんは逃げるだろう」と青山先輩は言った。

 それは当たっている。

 どう断っていいものやら、青山先輩のことは嫌いじゃない。むしろ、大変好感が持てる部類に属する。

 僕が気にするのは他人の目だ。

 気弱と言われてもいい。僕はそんな男だ。

 青山先輩と外で歩くのならまだいい。

 学園祭という衆人監視の中、学園一の美女と謳われる青山先輩と、堂々と歩く勇気を僕は兼ね備えてはいない。

 それは何も青山先輩に限ったことではない。水沢さんも同じだ。更に言えば、速水部長に小清水さんのような美少女、加藤のような健康の象徴のような女の子でも同じだ。

 学校の外でならまだしも、学校生活で一番注目を浴びる時間帯に女の子と共に過ごすなど・・

 ならば、この危機を抜け出す方法は一つ。

「和田くん!」

 僕は和田くんに声をかけた。

 和田くんは、「何、鈴木くん?」と顔を上げた。

「一緒に、まわろう!」

「何を守るの?」和田くんはぼんやりした顔で言った。

「守るじゃなくて、回るんだ」

「だから、何を回すの?」

「話を聞いていなかったのか!」

 どうやら和田くんは寝ていたようだ。話をまるで聞いていない。

 和田くんはいいなあ。所構わず寝れるんだから、僕はそれさえ許されない。こんな場所で透明になったら大変だ。常備しているカフェインに感謝だ。


 僕と和田くんの堂々巡りの会話を聞いていた青山先輩は、

「鈴木くん、そんなに私を避けることもないだろう」と少々苛立つように言った。

「いや、別にそういう意味じゃなくて、青山先輩のような素敵な人と・・」

「鈴木くん、その発言は他の女性に失礼だよ」

 青山先輩はそう戒めて、

「それに、私は校内でも、影がかなり薄い方だから、返って目立たないくらいだよ。私と一緒にいても誰にも見えない」と言い切った。

 青山先輩、そこが違うんです。

 青山先輩は友達がいなく、自分に誰も近づいてこない原因を自身が影が薄いと勝手に思い込んでいる。全く違うから!

 こうなったら、言おう言おうと思っていたことを今!

「青山先輩は、目立たないことは全然ないです。むしろすごく人の目を引くくらいです」

 僕の言葉の何が癇に触ったのか知らないが、青山先輩の顔がぴくっとなった。

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