第296話 そして、僕の心は・・②

「私、鈴木くんの本当の心が知りたい」

 水沢さんは気持ちを切り替えるように言った。

「えっ、この世界から消えてしまいたい、って、ちゃんと伝わっているよ」

「その心の向こうにあることが知りたい」

 水沢さんの表情は、僕に悩みを打ち明けたことで、吹っ切れたのか、楽しんでいるかのように見えた。


「こんな風に、人の心を読むのは初めて」

 水沢さんは心を読む仕草のように、すっと目を閉じた。

 えっ、

「ちょっと待って! 人の心を勝手に読むなんて」と言う暇もなかった。

慌てた僕は、必死で如何わしいこと、イヤらしいことを考えないように努めた。

 だが、それよりも、

 あの水沢純子が、目の前でその瞳を閉じている。

心を読むのに、目を閉じる必要があるのかどうか知らないが、余計に変なことを考えてしまいそうだ。

 無心になるんだ! 何も考えてはいけない。

 ダメだ、そんなのできるわけがない!

 男として無理だ。何かを考えずにいるなんて絶対に無理だ。

 時間が止まった。心臓がドクンドクンと鳴った。

 水沢純子の閉じた瞳にも、当然目が行くし、その薄い唇にも目が釘付けになった。

 僕と水沢さんの間には、冷たい空気しかない。間を遮るものがない。 


 僕は、一学期の間、ずっと水沢純子を見ていた。初恋の女の子の面影を重ねてはいたが、水沢純子は、別箇の女の子だった。決して、あの冷たい石山純子ではなかった。

 その女の子が目の前で目を閉じている。

 だが、それは望んでそうなったのではない。


 緊張の時間はものの数秒で終わりを告げた。水沢さんの大きな瞳が開いた。

 そして、ニコリと微笑んだ。

「ごめんね、いきなり、こんなことをして」

「び、びっくりしたよ。突然だったから」

 驚きよりも、今、変なことを考えていなかったか、如何わしい妄想を抱いてはいなかったか、そればかりが気になる。

「いつも勝手に心が入り込んできたから、一度、自分から心を読んでみたかったの」水沢さんは、はにかみながら微笑んだ。自ら人の心を読んだことはない、ということだ。

 何か気恥ずかしい気もした。僕は水沢さんに選ばれたということだ。

 喜んでいいのか分からないが、

 今度こそは、僕の気持ちが正確に伝わったのだろうか?


 水沢さんは、少し微笑んで、

「鈴木くん、さっき、『水沢さんに触るなっ』って、言ってくれたのね」と言った。

 それは、さっき自主透明化しようとした時の言葉だ。

 僕は、あいつらが水沢さんの制服を掴んだ時、心の中で叫んだ。口にはしていないはずだ。強く心の中で叫んだから、残っていたのか? まるで残留思念のようだな。

 よりによって、あの時の心を読まれるとは・・恥ずかしい。


「格好良かったわよ、さっきの鈴木くん」水沢さんは優しく微笑んだ。

「え・・」

 どこが、格好よかったんだ?

「だって、あの不良娘たちに向かって、『水沢さんの制服を掴んだのはどっちだ!』なんて訊くんですもの」

「つい、弾みで言っただけなんだ。水沢さんが二人の心を読まなかったら、あいつらに何をされていたか分からなかった」

 僕がそう言うと、水沢さん「うふっ」と笑って「そうかも」と言った。

 そして、

「でも、こういう時の心の言葉は、鈴木くんの表向きの心」水沢さんはそう言った。

「僕の表向きの心?」

「鈴木くんだけではなく、人には、ふだん口にする言葉と変わらない心とは別に、自分では把握し切れない深い心があると思うの」

水沢さんはそう説明した。

「よく分からないよ。自分でも分からない心なんて」と僕は言った。

「気づいていても、自分では認めずにいたり・・そんなこと、鈴木くんにはない?」

「あると言えば、あるような・・」僕はあやふやに答えた。


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