第293話 父親の声①

◆父親の声


 少し心に余裕が出てきた僕は、水沢さんに言った。

「水沢さん、一つ訊いていい?」

 どうしても水沢さんに訊きたいことがある。

「何? 鈴木くん」

「これは、噂で聞いたんだけど・・水沢さんの家が大変だって」

 青山先輩から聞いた話だ。青山先輩は、

「水沢さんの父親は、青山家のグループ会社の港湾関係の子会社を担当をしていてね、それが、この夏、大きなミスをやらかしたんだ。激昂した子会社の社長は水沢弁護士との契約を切った」と言った。

 青山先輩によると、会社の取引は大きいらしく、水沢家の収入が大幅に減ることになる。


「どうして、そんなことを訊くの?」水沢さんは首を傾げた。

 人の家のことに口を出すべきではない。そう思っている。だが、僕にはこのことが水沢純子という女の子に起因するものと思えてならなかったのだ。

 僕はそれを確かめたい。


 水沢さんの父親には会ったことはない。おそらく優秀な人なんだろうと思う。

 だからこそ、青山先輩の話を聞いた時、何か違和感があった。

 父親の大きなミス・・それは、精神的な動揺からきたものではないだろうか?

 そう思った時、以前聞いた水沢さんの話が思い浮かんだ。

 それは、水沢さんが両親の心を読んでしまった時の話だ。両親はうわべでは仲がよさそうにしていたが、心の中では互いを非難し合っていた。

 もしかして・・

 一度気になると、いてもたってもいられなかった。

 これは他人の家の事情だ。速水沙織も言っていた。

「私の家のことは、鈴木くんにとって他人のことよ。そこへ入り込むなんてしない方がいいわ」

 同じように水沢さんの家のこともそうだ。それは分かっている。けれど、気持ちが勝手に動いてしまう。


「もしかして、水沢さんが、心を読んだことで・・家の中が」

 僕は少し言葉をぼかしながら言った。すると、

「私がお父さんの心を読んだ・・そう言いたいのね」水沢さんはそう言った。

 やっぱり・・僕は御両親の心を読んだとも、それが父親だとも言わなかった。

「鈴木くんの想像の通りよ」

 僕の言葉を機に水沢さんは、

「私、お父さんの心を読んじゃったの」と言った。

 まるでさっきの浜田たちの心を読んだ時のように水沢さんは軽く言った。

「お父さんの心?」

「正確に言うと、お父さんの心が勝手に入ってきたのよ」

 以前、水沢さんの両親の内面の争いは、水沢さん自身の成績についてだった。

 父親は心の中で、水沢さんのことを「一体誰に似たんだ?」と言ったり、「このままだと、水沢家のいい笑いものになる」と言っていたようだし、母親の方も、「私の言った通り、純子がもっと小さい時から、学習させておけばよかったのに、大失敗ね」と言ったりしていた。自分の母親に「大失敗だ」と言われたのだ。

 幼かった頃の水沢さんにとって、耐えられるような言葉ではなかったし、何て残酷な能力だとも思った。

 そんな話を聞いていたから、今度の件も水沢さんの能力に起因するものではないか、そう思っていた。


 更に水沢さんは話を続けた。

「私のお父さんね、浮気をしていたの」

「浮気・・それって、お父さんの心が流れ込んできたりしたの?」僕は訊いた。

 水沢さんは「うん」と頷き、

「男の人って、みんなイヤらしいわ」と眉を寄せ小さく言った。

 初めて水沢さんから心を読む話を聞いた時、クラスの男子から欲望の心が向けられていることを話した。

「すごくイヤだった」水沢さんはそう言って、

「浮気の事実だけなら、まだ我慢できたわ。けれど、お父さんは、家に帰ってからも、家族で食事をしている時も、ずっと相手の女の人のことを考えていたの」と続けた。

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