第261話 夢の崩壊

◆夢の崩壊


 僕は思った。

 どっちの男であったとしても、二人が別れたのなら、石山純子に振られたということに変わりはない。

 要するに、その男と僕は仲間のようなものだ。石山純子に振られた者同士だ。

 経緯は全く違うが、結果的に彼女と縁がなかったということでは同じなのかもしれない。

 僕は念のために、

「なあ、小西。さっき、『西崎が石山純子とつき合っていた』って言ってたけど、もう別れた、ということなんだよな?」と訊いた。

 すると、小西は「そうだよ。二人は別れたんだ。俺の友達で、西崎や石山純子と同じ高校に行った山下っていうのがいるんだけどさ、そいつから聞いた話だから確かだよ」と説明した。


 だが、世界は自分の思いとは別の様相を見せるらしい。

「すごい振られ方をしたらしいぜ」

 小西が友人から聞いた話をした。

「どっちが?」岡部が訊いた。

 その男、可哀相に・・と思っていると、

「・・振られたのは、石山純子の方だよ」と小西は言った。

「えっ?」

 思わず声が出た。

 岡部が、「なんて勿体ない」と呟いた。

 彼女に恋をしていたのは、僕だけではない。男子生徒のほとんどが夢中になっていた。

 中学の時も誰かが告白して振られたという話も何度も聞いた。

 石山純子は、常に「振る側の人間」なのだ。

 それ故に、小西の話は、誤った情報だ。そう思った。


 僕は、「何かの間違いじゃないのか?」と強く言った。

 だが、小西は、「間違いなんかじゃない。俺の友達の山下から聞いた話だ。あいつは嘘はつかない」と、さらっと答えた。

 岡部が、「鈴木も石山純子のことが好きだったんだよな?」と言った。

 僕が石山純子に告白したことは、尾ひれが付いていたり、歪められたりして彼らにも伝わっている。だがこの二人には知られても気にしない。つまりはそんな仲だ。

 岡部は、「ま、鈴木じゃなくても、彼女を好きだった奴は多いからなあ」と言った。

 その通りだ。だから話がおかしいんだ。

 石山純子に片思いをしていた男たちは多くいた。それ故に、彼女が言い寄る男を振ることはあっても、逆に振られることは決してないはずだ。

 たとえ、彼女に振られたという過去があっても、その理想像は失いたくない。


 だが、現実は僕の思い通りには動かないようだ。

 小西の話は、僕の夢を追い込むように続けられた。

「それに、その山下が言うには、『あの顔・・かつての石山純子の顔じゃない』って言ってたぜ」

 かつての顔じゃない?

「どういう意味だ?」僕が訊いた。

 すると小西は「うーん」と考え込んだ後、「俺も又聞きだからさ、なんて例えたらいいかわからないけど、つまり、石山純子特有の理知的な感じが損なわれた・・そういうことじゃないかな」と言った。

 理知的な感じが損なわれた。

 永遠の憧れの対象は、変わってはいけない。片思いだった男の勝手な言い分かもしれないが、

 僕を冷たく突き放すように振った彼女は、誰かに遊ばれたり、ましてや振られることなんて決してないはずだ。絶対に・・ないはずだ。


「彼女、よっぽど、振られたのがショックだったんだろうな」と岡部が感慨深く言って、「やっぱりもったいない」と呟いた。

「なんでも、彼女は、西崎にもてあそばれたらしいぜ。遊んでいただけの女に、本気になられた・・なんてこと、よくある話だろ?」

 石山純子が男にもてあそばれた? そんなこと、益々ありえない。

「あの石山純子をもてあそぶなんて、西崎は、犯罪者なみの男だな。けしからん」と岡部が批判するように言った。

 小西は、「西崎は、遊び人なんだろうな。その遊び相手がたまたま石山純子だった、そういうことだ」と言って、

「それに西崎は、こう言い触れ回ってたらしいぜ」と意味深に言い始めた。

「なんて?」岡部が訊いた。

「石山純子は・・ちょろい女だ・・ってさ」

 その言葉に僕は激しく反応した。

「そんなはずはない!」

「鈴木、さっきから、ずいぶんとムキになってるな。別に、鈴木の夢をぶち壊す気なんて、俺にはないんだよ」と小西は言った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る