第246話 ナミの話①
◆ナミの話
「それでねえ・・兄貴」
リビングのソファーで、ナミは面白くて仕方ないという風にしゃべりまくっている。
「その先生さあ・・美術部全員の前で、お尻を丸出しにしちゃったらしいよ」
口にしたスナック菓子が粉末状に飛び、「こら、ナミ、食べながら話をしたらダメって、いつも言ってるでしょ!」と母に戒められる。
「はいはい」と二度返事のナミは、いつものショートパンツではなく、ジャージを穿いている。ナミの服装で夏が完全に去っていったことを知る。
今日のナミは、母が買ってきたケーキと、色々なお菓子を代わり番こに口に運んでは炭酸ジュースでそれらを流し込み、すごくご機嫌だ。夏の思い出が無かったことなどどうでもいいようだ。
そんなナミが、笑いながら話題にしているのは早川講師のことだ。彼の美術室での破廉恥事件はナミの中学まで噂になっているのかと思ったら、ナミの友人の姉が、高校の美術部員だということだ。
そこまで話が伝播するとは思わなかった。早川が少し気の毒になったが、今さらどうしようもない。
「その先生、生徒に嫌われていたんだよねえ」ナミが声を大にして言った。
「早川講師のことか?」
僕がそう言うと、ナミは「違う違う」と首を大きく振って、
「その嫌われ者の、美術の先生の・・・うーん、名前は?」
美術の先生? 早川のことではないのか? 美術の女先生のことか。
そういや、ズボンを引き下げられた早川は何かを掴もうと、三谷先生のミニスカートのサイドを握って、思いっきり引き下げていた。
つまり、三谷先生も生徒にパンツを見られていたということだ。
「三谷先生のことか?」
「そうそう、その三谷先生よ」とナミは「うんうん」と頷いた。
あの女先生、生徒に嫌われていたのか。言われてみれば、嫌われる要素があるようにも思える。釣り上がった眼鏡の中の鋭い目。たまにヒステリーのようなものを起こすと聞いている。
だが、三谷先生が生徒にどう思われていようが、僕のとった行動とは関係はない。
僕の目的は、小清水さんの視野、小清水さんのいる場所から、早川講師を取り除くことだった。
「その女の三谷先生さあ・・男の先生にスカートをずり下げられたんだって、男の先生、変態でしょ、どう考えても」けらけら笑いながらナミは言った。
「そうだな」僕は相槌を打つ。
噂は早川のズボンが下げられたことが消去されている。
「その男の先生が、三谷先生のお尻を見て、興奮したとか、元々好きだったとか、いろんな説があって笑えるよ」
それはない、と心の中で言った。
「その先生さあ、皆にパンツを見られたことが、よっぽどショックだったのか、その後、ギックリ腰になっちゃったんだよねぇ」
「ギックリ腰? って、そんな時になるものなのか?」
「・・あるらしいわよ」
と言ったのは、キッチンにいる母だった。
ナミは「その先生、腰を痛めて、学校は休むは、病院に行くはで、大変だったらしいよ」と楽しそうに言って、
「私の友達が言うには、『神様はちゃんと見てるんだねえ』だって」と続けた。
「神様が見てる、って、大げさすぎだろ」
僕が反論すると、ナミは、口と手を一旦休めて、
「その三谷っていう先生さあ・・えこひいきがひどかったらしいよ。お気に入りの生徒にはいい点を付けて、気に入らない子には低くしてたんだって」と自分の情報を自慢するように言った。
えこひいきって・・それじゃ、講師の早川と同じじゃないか!
ナミが説明するには、三谷先生が、ギックリ腰で休んでいる間、悪い点をつけられていた生徒たちが連携して、別の先生に訴えたらしい。
この先生、自分の好みの男子生徒の点をかなり甘く付けていたようだ。
つまり、パンツ事件をきっかけに、今までの不満が一気に噴き出したということだ。
三谷先生は、生徒たちにパンツを見られ、ギックリ腰を発し、生徒の抗議に点数の付け方を調査され、最終的には上から厳重注意を受けた。そんな流れだ。
三谷先生は生徒たちに「ギックリ腰パンツおばさん」というあだ名まで付けられたらしい。
笑える話ではない。
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