第245話 君のためにできること②

 つい先日、青山先輩と個人的な話をした時のことだ。

「実は、私もね、あれから気になって調べてみたのだよ」

 青山先輩と速水さんは、速水さんの父親の事業が傾く以前は、近所付き合いのように遊んでいた。幼馴染みたいだものだった。

 だが、速水さんの環境が、あのような悲惨な状況になっていることは知らなかった。

 青山先輩は、僕以上に、速水さんのことが心配だったのかもしれない。何せ、つき合いは僕以上に長いのだから。

 青山先輩は、

「沙織が劣悪な環境に身を置いていることを調べてみるほど、どうして私は、今まで気づいてあげることができなかったんだと思うよ」と悔やむように言った。

「でも、速水さんは、自分のことをあまり語りたがらないから、仕方ないじゃないですか」と僕が言うと、

 青山先輩は、「私は、それが悔しかったんだよ」と言った。

「悔しかった?」

「ああ、悔しいよ」青山先輩は繰り返し言った。

 僕が黙っていると、

「だって、沙織は、君には何でも言っているじゃないか」と強く言った。

 青山先輩の言う通りだ。

 僕は以前、速水さんに、自分の生家に招かれたことがある。

 それは、廃墟となった旧速水邸だった。速水さんは、そこで自分の境遇を僕に語った。

 それは、小清水さんも知らないことだったし、かつての幼馴染だった青山先輩も聞かされていない事実だった。


「速水部長は、自分の弱いところを人には見せないんです」

 僕は青山先輩に言った。

「そうだね、沙織は昔からそうだ。でも君には言っていた」

 確かにそうだ。けれど・・

「けれど、僕だって、速水部長から知らされていないことがあると思うんです」

 僕だって、速水沙織の全てを知っているわけじゃない。

 僕がそう言うと、

「それは分からない。君がどこまで沙織のことを知っているかんなんて、私には分からないよ」と青山先輩はそう言って、

「君は、最近の沙織のことを知っているかい?」と僕に訊ねた。

「最近の速水さん?」

「その顔を見ると、まだ知らされていないようだね」

 青山先輩は、「これが肝心な話だよ」と言って、

「沙織は、須磨の叔父さんの家から、この町・・東灘区の家に連れ戻されているらしいよ」と続けた。

「えっ・・」

 僕は言葉を失った。

 同時に、様々な思いが頭の中を渦巻き始めた。そのほとんどが悪い予感ばかりだった。

 東灘区の家は、速水さんの実の母の家だ。そこには、あの男・・キリヤマが同居しているはずだ。

 昨日、速水さんと会話をした時、彼女はそんな様子を微塵も感じさせなかった。いつもの速水沙織だった。他愛もない冗談ばかり言っていた。

 だが、速水沙織はいつもそうなのだ。何があっても、他人に本当の自分を見せることはない。決して弱みをさらすことはない。そんな人だ。

 けれど、僕は知っている。速水沙織は、見かけは強そうでいて、その実は弱い。


 青山先輩は「沙織には悪いが、青山家の力で沙織の近況を調べさせてもらった。 沙織には怒られるかもしれないが、別にかまわない」と強く言った。


 速水沙織・・君にはどこにも居場所がなかった。

 須磨の叔父さんの家に住まわせてもらっている時も、部室に遅くまで居残っていたくらいだ。 

 今は、もっときついはずだ。踏切で出会った時の中学生の速水さんの状態と同じだ。

 手錠で繋がれた速水沙織。あんな彼女を見たくない。


 僕は青山先輩にお礼を言った。

 青山先輩が動いてくれなければ、僕は知らないままだった。速水さんが、キリヤマからひどい目に遭っていても気づかなかったかもしれない。

 僕がそう言うと、青山先輩は、いつもの髪を払いのけるしぐさをして、

「けれど、私にもどうすることもできないのだよ」

 いくら青山先輩が速水さんの幼馴染でも、どうすることもできない。


 青山先輩は、深く考える僕の顔を見て微笑み、

「私はね、鈴木くん、君なら、沙織の力になってあげることができる、そう思っているのだよ」と言った。

「青山先輩、僕のことを買いかぶり過ぎですよ」僕は微笑み返した。

 だが、僕は分かっている。

 できることと、そうしたいと思う気持ちは、別であるということを。


 青山先輩は、

「それに、君と沙織とは、他の何かで繋がっている・・私にはそう思えて仕方ないよ」と言って、「ちょっと妬けるけどね」と笑った。

 その通りだ。青山先輩の知らない速水さんのもう一つの秘密がある。

 速水さんの抱えている秘密。それは同時に僕と同じ秘密だ。

 体を透明化できるという信じられない能力だ。

 僕と速水さんは、その大事な秘密を共有している。


 いつも助けられていた。

 僕が透明化した時に、誤魔化してくれていただけではない。

 裏庭で、僕と水沢さんが不良に囲まれた時だってそうだ。速水さんは身を呈して、彼らを追い払ってくれた。そして、速水さんの涙のように、血が滴っているのを僕は見た。

 合宿の時もそうだった。部員たちが酔っ払いに絡まれた時も、速水さんは透明化して状況を変えてくれた。

「化け物!」と呼ばれても臆することはなかったし、そのことで同情されるのも彼女の望むことではなかった。

 速水沙織・・今度は、僕の番だ。

 僕は透明化を使って、速水さんから、養父のキリヤマを取り除く! 

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