第236話 美術部部室①
◆美術部別室
息を荒げているヒカルは僕を見て、
「誰だっ!」と大きく言った。
これまで僕は小清水さんの多重人格のうち、二人の人格に会っている。
一人は小清水さんより更に大人しい読書家のミズキ。もう一人はこのヒカルだ。
だが、ヒカルが僕に会った時、僕は透明化していた。だから、ヒカルは初めて僕の顔を見たことになる。僕が誰だか分からないのだろう。
そのことを説明しようとすると、
「なんだ、おまえか」とヒカルは言った。「おまえ、鈴木だろ?」と言って安心したような口調に変わった。
「僕の顔、分かったのか?」
もしや、声で判別できたのか?
「なんか、印象の薄い顔だからな」
「おいっ!」
ひどい判別方法だな。人の顔を何だと思っているんだ!
確かにヒカルの顔は、小清水さんの穏やかな顔に比べると、かなりきつい顔だ。強い印象を受ける。あの和田くんが惹かれたのもわかる気がする。
その顔で三つ編みだ。すごくアンバランスだ。だが、もう慣れてきたのか、不思議と可愛らしく見える。
だが、今はそんなことよりも、
「何かあったのか?」
ヒカルの足元には椅子が転がっている。近くのキャンパスも倒れている。
更なる疑問・・どうして、別の人格のヒカルが出現したんだ? 大人しいミズキの方ではなく。
「オレ、沙希のやつに謝らないと・・」ヒカルはそう言った。
「謝る?」
なんで?
前に会ったヒカルの雰囲気ではない。ひどくしょげ返っている。
すると、ヒカルは悔しそうな表情でこう言った。
「初めてのキスを奪われたんだ・・さっきの男に」
「えっ」
なんだよ、それ・・
「ヒカルが・・か?」
もしや、早川がヒカルの唇を・・
「バカじゃないのか? 沙希がだよ」
よくわからない。
僕にとっては、それが小清水さんだろうが、ヒカルだろうが同じようなものだ。だが、当人にとっては全く異なるものらしい。
もしかして、早川は、青山先輩の母親から監視役を解雇され、学校側からも何らかの処分があったのではないだろうか。それでやけになって、腹いせに女子生徒に性暴力を・・
しかもよりによって、大人しい小清水さんに。
だが早川のことだ。ひょっとして、小清水さん以外にも早川の毒牙にかけられている女生徒もいるかもしれない。
早川は美術部の顧問だ。この部屋の出入りは自由だ。
許せない! それこそ心が暴発しそうだ。
「それで、ヒカルが登場したっていう訳か?」と僕は訊いた。
「ああ、沙希の叫ぶ声が聞こえたんだ。誰か、助けて、ってな」
その瞬間、人格が小清水さんからヒカルに入れ替わったというわけか。
「それで、ヒカルが、早川を殴ったのか?」
「あいつの名前、ハヤカワって言うのか・・ああ、殴ったよ。気がづいたら手が出ていた」
本当に小清水さんとヒカルとは性格が正反対のようだな。
ヒカルの説明だと、早川は、部室に向かう小清水さんを何かの理由をつけてこの部屋に連れ込んだ。人のいい小清水さんのことだ。何の疑いもなくここに入ったのだろう。
そこからの経緯はヒカルも分からない。おそらく小清水さんが目覚めても確かな話は聞くことはできないだろう。
要するに女好きの早川は小清水さんに無理やり何かをしようとした。
それはまず唇を奪うことだったと推測される。
小清水さんは激しく抵抗しようとした。だが、女の子の力だ。限界がある。
実際に、小清水さんの唇に触れたのかどうなのか?
それは分かららないが、小清水さんの激しい感情により、ヒカルが現れたことだけは確かだ。
ヒカルは「奪われた」と言っているが・・
話を聞いてみると、小清水さんとヒカルが入れ替わったのは、早川の顔が迫ってきた瞬間らしい。
ヒカルは目覚めるなり、眼前に現れた早川の顔を反射的に殴った。
ヒカルは「すごく気持ち悪かったんだ!」と言った。
「わかるよ。あいつの顔が近づいたら、そりゃ、気持ち悪い」僕は同意した。
「でも、唇が少し触れたかもしれない・・」
「えっ・・」
だから、ヒカルは小清水さんに謝らなければならない、と言っていたのか。
だが、唇が触れたのは、どの時点だったのだろう? 必ずしもヒカルが悪いわけでもないし、小清水さんにしてもそうだ。
悪いのは早川だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます