第235話 放課後の出来事②
いつもと変わりない日々の中、
僕は何かの喪失感の中にいた。
花火大会の日。僕は結局あの場から逃げ出した。
水沢さんの言葉を聞いても、どうすることもできなかったし、加藤に対しても偉そうに自分の気持ちを打ち明けてくると言っておきながら、その回答を出していないし、加藤にも何も言っていない。
速水さんとも、僕が速水さんに手を上げようとしたことについても、お互い触れないし、速水さんが水沢さんを突き飛ばしたことについては猶更触れないでいる。
まるで花火大会の出来事に触れることがタブーと化したようだ。
ただ、僕はこう思う。
青春の多感な時期・・その時期には矛盾した行動や言動がつきまとう。
ただでさえ不安定な時期だ。ましてや、水沢さんのように人の心が読めたり、僕や速水さんのように透明人間であれば猶更だ。
思っていることが素直に言えなかったり、思わず逆の行動に出たりする。
そんな僕たちのことを誰が非難することができようか。
この夏、そのことを自分自身が身をもって経験した。
そう悟ったように考えながら、放課後、僕の足は旧校舎へと向かう。今日も沈黙読書会の日だ。
だが、その日、僕の足は止まった。
二階に上がる階段付近で、大きな声が聞こえたからだ。最初、「いやっ!」と叫ぶ声が聞こえ、次に、別の声が続いた。
「・・てめえっ、何しやがるんだよ!」
口調は荒いが女の子の声だ。
一階の廊下の向こう・・美術部の別室。ほとんど使われていない部屋だ。
普段なら、聞いても見向きもしなかったろうが、僕はその声に聴き覚えがあった。
・・ヒカルだ。
小清水沙希の他人格の一人、ヒカルだ。
ヒカルは、普段おとなしい小清水さんとは正反対の不良っぽい女の子だ。
そのヒカルの声がしたのだ。悪い予感しかない。
僕の足は部室のある二階へとは向かわず、一階の奥に向かった。
すると薄暗い美術部の別室の扉が開き、中から転げ出るように一人の男が現れた。
そいつは、僕の大嫌いな美術担当の講師、早川だった。
女癖が悪く、青山先輩の監視役をやりながら、青山先輩に手を出そうとしたり、生徒によっては、えこひいきの点を付けたりする陰湿な男だ。
そんな男と運悪く目が合ってしまった。唇から血が流れている。
そのイヤらしい目は言っていた。「言うなよ!」
気のせいかもしれないが、そんな風に見えた。逃げるように早川が立ち去ると、僕は女の子の声を確かめるべく部屋に入った。
狭く薄暗い部屋。油絵の匂いが鼻をつく。
その中に一人、仁王立ちになったヒカルがいた。三つ編みが不自然に映る不良娘だ。部屋の中には彼女以外には誰もいなかった。
何かがここであった・・そうとしか思えない。なぜなら、さっきまでヒカルはこの狭い部屋に出て行った早川と二人きりだったのだから。不自然極まりない。
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