第215話 和田くんと池永先生
◆和田くんと池永先生
花火大会の前日、気分が落ちつかない。
何かを模索をするように、外に出た。
部屋で一人受験勉強をする気にもなれなかったし、かといって図書館に出向く気も起きなかった。取り敢えず、駅前の本屋で時間を潰した。
なぜ、気分が落ちつかないのか、
それは、花火大会では、念願の水沢純子に会えるという喜び、
それに反して、気まずいことになった加藤ゆかりの二人に会うという事態だ。
そして、気になるのは、加藤とのデートの事を、加藤は水沢さんにどんな風に報告、言ったかということだ。
僕の片恋の相手、本命の水沢さんとデートせず、加藤と映画館に行き、手を繋いだりしたこと。それを水沢さんがどう思うか、そんなことを気にし始めるとキリがない。
それに加藤は、僕が水沢さんを好きなことに気づいている。
そして当の水沢純子は、僕が好きなことに気づいていない。
更に問題は、
昨日からの僕の心の移ろいだ。
・・加藤ゆかりの存在が僕の中で大きくなりかけている。
そんなモヤモヤする気持ちを抱えて、足は文芸サークルの部室に自然と向かった。
速水さんに会ってどうなるものでもない。
ただ、僕は、自分の暗い内面を知っている人間と話がしたかった。
けれど、物事はそう上手く進むものではないらしい。
旧校舎の二階に上がり、部室の扉を開けると、
いつもと違う匂い、そして、速水さんではない声がした。
中にいたのは、全く予想していなかった人間が二人いた。
一人は、当サークルの顧問であるマドンナ先生の池永先生だ。
そして、もう一人は、僕より、影が薄いと速水さんが大評価する和田くんだ。
向い合せに座っている二人は、突然の僕の来訪に驚きの顔を見せ、まず池永先生が、
「あれえ、鈴木くんじゃない。どうしたのぉ?」
と、艶を帯びた声で言った。
和田くんも「鈴木くん、今は夏休みだよ。部活はないんだけど」と言った。
お邪魔だったみたいだな。
和田くんに「おまえも夏休みだが、来てるじゃないか!」と返しそうになったが、そこは抑えて、
「珍しい組み合わせだな」と僕は言って、和田くんの隣に座った。
僕の前には、大人の女性の色香を最大限にまで振りまいているような先生。
僕の横には、小清水さんに片思いをする和田くん。
二人を見てみると、この組み合わせ、どこかで見たような・・と思っていたら、すぐに思い出した。
それは合宿の時だ。和田くんが合宿に行くか、行くまいか、迷っている時に、池永先生に見つけられ、半ば強制的に先生の車に乗せられ展望台まで来させられた。
何か縁のある二人に思えたが、話を聞いてみるとそうでもないらしい。
「なんで和田くんなのよぉ。それに、鈴木くんなのよぉ」
池永先生は、いきなり不満をぶちまけるようにそう言った。
その言い方、理由は知らないが、和田くんに失礼だろ。
そう言われた和田くんは、特に気にしていない様子で、いつも小清水さんがするように湯を沸かし、それぞれに熱いお茶を入れた。池永先生は何をするでもなく、不機嫌な様子だ。
訳を訊いてみると、本日、教員たちの会議があったらしい。その中、この部室のある旧校舎が話題になったらしい。
なんでも実際に動くベンチを見た生徒からの報告があったということだ。一部の 教師が、お祓いを頼んだらどうか、とまで言い出したらしい。
その動くベンチの噂。それは僕が原因だ。動くベンチと言うか、佐藤の酷い言動を聞いた僕が怒りにまかせてベンチを蹴飛ばしたのだ。
その話が、池永先生の不機嫌な理由と、どう関係があるのかと言うと、問題は、会議が散会になった際に、池永先生はある男性に廊下で声をかけられたらしい。
池永先生が幽霊の件でよほど怖そうにしていたのか、
「池永先生、大丈夫ですか? 先生は文芸部の顧問なんでしょう?」と呼び止められた。
声をかけられた当の池永先生は飛び上がるほど喜んだようだ。
「ええっ、私を心配して下さるんですか?」と言ったのだろうか。
その相手の男の先生というのは、あの体育の若い先生だ。
その先生とは一度、食事をしたらしい。その場所というのは、駅前の炉端焼きだ。
それを池永先生は、デートだと思い込み舞い上がったが、体育の先生には、つき合っている女性がいた。
元々、僕たち文芸サークルの夏の合宿の発端は、池永先生の傷心旅行だった。
池永先生は体育の先生の優しい言葉に凝りもせず、また舞い上がったらしい。
体育の男先生は、
「池永先生、もしかして、この後、旧校舎に?」と言ったらしい。
「ええ、旧校舎に用事があるんです」とっさに池永先生は嘘をついた。
男先生は、「じゃ、僕がご一緒しますよ」とか言って、池永先生のボディガード代わりにについてくるはずだった。大袈裟な話だが、池永先生の喜びようは想像するまでもない。
だが、物事はいつもそう上手く運ばないのが世の常だ。
そんな二人の目の前に、何も考えないで登場したのが和田くんだった。
和田くんは学校に補習に来ていて、プリントを提出しにいくところだった。
池永先生はそんな和田くんを無視すればよかったのかもしれないが、そこは、人がいい池永先生だ。「これから、どこかに行くの?」と訊いてしまったらしい。
和田くんは「もしかしたら、部室に速水さんが来てるんじゃないか、と思って」
和田くんは、僕と同じような理由で、部室に行く予定だったらしい。
そんな様子を見ていた体育の男先生は、
「和田がついているのなら大丈夫だな」と言って立ち去った。
そんな長ったらしい説明を池永先生から聞かされた。
池永先生は、「部室に用事が」と言った手前、和田くんと連れ立って来たというわけだ。
けれど、先生は愚痴を話し続けることで、機嫌を取り戻したようだ。
それとは逆に和田くんが「僕はお邪魔虫だったんですね」と機嫌を損ねている。
僕は思った。
僕の心が、池永先生のように単純明快であればいいのに、と。
池永先生が少し羨ましい。
もちろん、先生にも先生なりの悩み事があるだろうが、少なくとも恋愛においては直球タイプだ。答えを出すのが早そうだ。
そんな僕の気持ちを代弁するように、和田くんが、
「先生は、すごく軽いですね」と皮肉った。
うわっ、「軽い」という言葉、先日、佐藤に言った言葉と同じだ。なんか申し訳ない。
「ええっ、そうかなあ」
言われた池永先生はそんなに傷ついた様子もない。
一応、僕は「和田くん、違うと思うよ」と先生を擁護するように、
「軽い、んじゃなくて・・単純・・」
「単純!」先生が目を大きくする。
「いや、単純じゃなくて、純粋、じゃないですかねえ」と僕は言い改めた。
その言葉に気を良くしたのか「そっかあ、私って、清純なのね」と納得したように言った。「誰か、この清純な乙女の心を射抜いてくれないかしら」
そんなベタな言葉を聞くと、言わなけりゃ良かったと思う。
「先生、一応、訂正しておきますが、清純じゃなくて、純粋と言ったんです」
そう言った僕に、先生は、
「清純の方がなんか素敵じゃない」と大きな胸を揺らしながら言った。
それにしても、胸元の露出が大きい。目のやり場に困る。
機嫌を取り戻した先生に僕は、
「体育の先生って、他につき合っている人がいるって、言ってましたよね?」と訊いた。
その問いに先生は、
「心のどこかで、まだ諦め切れていないのかもねえ」と答えた。「あわよくば、って、いつも心のどこかで思っているのよ」
別にかまわないが、夏の合宿は、池永先生の失恋の感傷旅行だったんだけどな。
「先生には、もっと素敵な男性が現れると思いますよ」僕は軽く言った。一応慰めているつもりだが。
「そうよねえ。男って、この世界にいくらでもいるものねえ」
やはり、単純だ。
でも、僕の言った通り、先生のそんなところを好きになる男はいくらでもいるような気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます