第149話 夜の公衆電話①

◆夜の公衆電話


 二、三日経っても、石山純子から手紙の返事は来なかった。

 そんな時でも、男と言うものは自分に都合のいいように物事を考えたりする。

 きっと彼女は迷っているんだ。

 僕への返事に進路をどう書こうかを考えているんだ。それで、中々返事が来ないのだ。

 そんな風に物事をいいように考えたりもして時間をやり過ごしていた。

 

 そう思いながら、冬休み間近のある朝。

 教室に入ると、クラスの男連中が僕を見て笑い、女の子たちは僕から目を反らした後、くすくすと忍び笑いをしているのが分かった。

 一時間目、僕は席についても居心地が悪く、クラスの皆が僕を笑っているような気がして授業に身が入らなかった。


 そして、休憩時間、

 クラスの小柄な女子、東田英美が口に手を拡声器のように当てて、

「クラス一、影のうすいスズキくんが、ラブレターを出しましたあ」と言って、

みんなの注目を自分に集めた後、

「恐れ多くもそのお相手は」と言って一呼吸置き「それは、なんと純子ちゃんで~す」と大きく言った。彼女は続けて「手紙の実物を見たい人は、放課後、私の所へ来てね」と言って床を足でけたたましく何かの合図のように叩いた。

 手紙の実物って・・・僕の手紙を東田英美が持っているのか。

信じられなかった。歯がガチガチと鳴り、足が震え、僕は気が遠のくのを感じた。

 この場から消えて無くなりたい。消失したい。

 だが、僕の体は決して消えてなくなることなく、その場の会話が耳に入ってくるのを感じていた。

「鈴木って・・バカじゃないの」

「あんな奴、石山から見えないよな」「俺もあいつの存在、気づかなかった」

 そこで高笑いが入る。女の子の笑い声も同時に起こる。

「身の程知らずって、ああいうのを言うんだぜ」

「あとで、東田に見せてもらおうぜ」

「それって悪趣味よ」と戒める女の子の声も上がる。

「じゃ、おまえ、見たくないのかよ」と反論。

「見たいかも」考えを変更する女の子。


 どうして、こんなことが。

 そう、僕は忘れていた。

 石山純子には東田英美というおしゃべりの女友達がいたことを。

 二人がどれほど親しいかは分からないが、東田は、男でも女でも、人より秀でた人間に寄り付き親しくなる。そういうタイプの子だった。

 いい方向に働けば、片思い同士の二人を取り持ったりすることもあるが、大概は人が口にした悪口を伝言ゲームのように拡散させたりする。おそらくそんなことに快感を感じる女の子なのだ。

 けれど、そんな友人を持っていても、石山純子は、僕から手紙をもらったことを言ったりはしない。

 こうなった段階でも僕はそう信じていた。 

 だって、石山純子を見て見ると、

 彼女は青空をバックにした窓際の席で、いつもの僕が恋したその姿勢を保っている。

 いつもと同じだ。

 きっと、何か訳があったんだ。僕の手紙を人に見せるはずがない。

 たとえ、見せたとしても、

 石山純子が東田英美に僕の手紙のことを打ち明ける理由があったんだ。

 例えば、返事をどう書いたらいいかわからないから、とか。

 うっかり東田英美に手紙を見せてしまって奪われたんだ、とか。

 こんな事態になっても僕は都合のいいように考えていた。


 けれど、もうこの教室には居ることができないな。そう思って石山純子の姿を見た。

 こうやって見ることも、周囲の視線を感じる。

 もう純粋な気持ちで彼女のいる風景を見ることができない。

 石山純子のいる風景に僕は一緒に入れない。そう思った。


 こんなはずじゃなかった。

 これなら、こんな結果になるのなら、手紙を出さずに、石山純子がどこの大学を目指しているか、高校になってからでも人づてに調べればよかったのだ。

 僕の早計だった。そう後悔しても、ことすでに遅しだ。


 僕は家に帰ってからも、石山純子をまだ信じていた。

 今日の事態は、石山純子も予期していなかったかもしれない。

 ひょっとしたら、僕に謝りたいと思っているのかもしれない。

 もし、そうだとしたら、彼女は僕に何かを話したいと思っているはずだ。

 彼女と話したい。

 その方法は?

 手紙はもうだめだ。あとは電話しかない。

 家で電話はできない。家族に聞かれる。電話は町の公衆電話だ。

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