第140話 須磨海水浴場②
青山先輩と池永先生がそれぞれ日焼け止めを互いに塗り始めた。青山先輩が塗る面の多そうな池永先生の体に疲れたように「沙希ちゃんも塗ってあげるからね」と笑っている。
そんな様子を興味深げに見ていた和田くんが、日焼け止めの蓋を開けて「鈴木くんにも塗ってあげるよ」と言ってきたが、きっぱりと断った。
もうこれ以上、僕の体に誰も触れさせない!
これが今回の海水浴の課題だ。特に和田くんには。
・・それに何より、和田くんの手が僕の肌を這うと思うと・・やはり気持ち悪い。
あまり、女性にばかり目をやるのはよくないと思い、海の方向に目を向けた。
砂浜はいろんな類の人たちで賑わっている。無数の声が耳に入り、近くの声が聞こえない。
そんな人の群れを焼き尽くすような太陽が真上にでんと居座っている。
女性陣が海の家で借りてきたビーチボール、浮き輪、イルカさん浮き輪に、人魚の浮き輪・・そんなものを見ながら体育座りをしていると、
僕の肩にヒヤリとした感触があった。
「・・君はずいぶんと焼けているね」
振り返るまでもなく、それは青山先輩の両手だった。同時に長い黒髪がふわりと肩に着地した。青山先輩は自分の髪を払い退け、
「肩だけでも塗っておく方がいいよ」と言って、優しい手つきで日焼け止めを塗り始めた。
ドキドキした・・昨日は胸を触られ、今日は肩だ。
周囲の視線も気になる。
ここに速水沙織はいない。いたら、また睨まれることだろう。
そんな僕たちを見ぬふりなのか、小清水さんが「ジュース買ってきますね」と言って立ち去った。目のやり場に困ったのだろうか?
同じく体育座りの和田くんは「せ、先生!・・背中にオッパイが当たってますよ」と変な声を出しながら逃げ出す態勢をとっている。和田くんは池永先生に日焼け止めを塗られている。
周囲の男どもから見れば大変羨ましいはずの光景なのだが、どうやら、和田くんは小清水さん以外には興味はないようだ。迷惑な表情が全面に押し出されている。
小清水さんが買ってきたジュースを飲むと、青山先輩と小清水さんが海に入り、しばらく泳ぐと、それぞれの浮き輪で海に浮かび始めた。
あれ? 池永先生は?
先生の行方を和田くんに訊ねると、
「先生なら、感傷に浸りたいと言ってどこかに行ったよ」
感傷に浸る・・こんな場所で?
いや、違う。「きっと、ナンパされたくてうろうろしてるんだよ」と僕は和田くんに言った。先生も大人だ。あとは自己責任で適当にやってくれ。
僕は、そろそろ海で泳ごうと思い、
和田くんにも「一緒に入ろう!」と誘ったのだが、「実は僕・・泳げないんだ」と小さく言った。
別に和田くんと一緒に泳ごうとも思わないが、男が僕だけ海に入るのも気が引ける。
青山先輩と小清水さんが海から戻ってきたら、ビーチボールで遊ぶとするか・・
・・速水さんはまだ来ないのか? 家に水着を取りに寄っているだけじゃないのか?
やはり、部長がいないとまとまらないな・・
そんな風に海に出そびれていると、遠くから「おーい、鈴木くーん」と僕を呼ぶ青山先輩の声がした。青山先輩は人魚の浮き輪の中で手を振っている。
その浮き輪、似あい過ぎ・・本当の人魚みたいだ。
小清水さんも合わせて手を振る。二人仲のいい姉妹にも見える。
そんな二人につられ、僕は海に向かった。
30分ほど経ち、泳ぎ疲れた僕は、まだ遊び足りない青山先輩と小清水さんを残して、和田くんの待っている僕ら文芸サークルの陣地に戻ると、いつのまにか池永先生が戻っていた。
サングラスをかけ、リクライニング付きのビーチデッキチェアに仰向けに寝転がっている。
僕の気配を察したのか、先生はサングラスを上げると「鈴木くんかあ」とがっかりしたような声を上げた。
先生、誰だと思ったのですか?
僕は「知らない男じゃなくて、残念でしたね」と皮肉たっぷりに言った。
和田くんが横に居座っていたんじゃ、誰も声をかけないだろ。
そう思われていることなど、つゆぞ知らない和田くんは、
「泳げない男なんてダメだね」と陽に焼けた僕を見上げて言った。
僕は「練習してこいよ」とあっさり答えた。「じっとしているだけじゃ、小清水さんに嫌われるぞ」
僕の言葉に和田くんは、
「鈴木くん・・泳ぎ・・教えてくれないかな」と言った。
僕は言葉に詰まった。
言うんじゃなかったな・・とすぐに後悔した。
僕が黙っていると、寝そべっていた池永先生が、むくりと起き上り、
「和田くん、沙希ちゃんに泳ぎ方のコツでも教えてもらいなさいよ。彼女、教えるのが上手よお」と言った。
助かった。
池永先生が段取り良く、泳いでいる小清水さんを手招きし、「和田くんに平泳ぎくらいを教えてあげて」と言うと、
「じゃ、和田くん・・私についてきてください」と小清水さんが和田くんを誘った。
和田くんは勢いよく立ち上がり、小清水さんに従って海に向かった。
これで、いい・・
そう思っていると、池永先生が、
「鈴木くん・・ダメよお・・イヤな事を避けて通っちゃあ」と言った。
先生は僕が和田くんに泳ぎ方を教えるのを躊躇っているのを見て、そう指摘したのだろう。
池永先生、けっこう感が鋭い。
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