第113話 大波プールで、あろうことか・・

◆大波プールで、あろうことか・・


 コーラを飲み終えると、「もうひと泳ぎしようぜ」の一声。

 小西が声をかけ岡部が立ち上がり、つられて僕も起き上った。

 流水プールの次は人口大波のプールに入った。

 小西と岡部はまるで中学の時のようにはしゃいで波に乗っている。

 波は岸辺では大きくなるが、奥の深い所では揺れは大きいが、ざぶざぶとはならず静かだ。


 僕は体を波にまかせ仰向けに寝るように自分の体を浮かべた。

 太陽を仰ぎ見ると、僕も子供の頃、プールに来てはしゃいでいた頃を思い出す。

 気持ちいいな。こうして太陽を見ていると・・

 僕が透明化する人間であることや、速水さんの複雑な家の環境のこと、小清水さんの別人格のことや、水沢さんが人の魂の声が見えることなど、ほんの一瞬だが、忘れられる。


 と、そう思った時だ。


「あれっ、鈴木の奴、どこに行ったんだ?」小西の声。

「さっきまで、後ろにいたはずだぞ!」岡部がでっかい声を出す。


 瞬時に僕は理解した。

 太陽を見て心が真っ白な状態になった瞬間、体が透明化したのだ。

 心が真っ白・・眠気・・耐える・・そんな風には思わなかったが。

 しかし・・これはまずい・・

 透明化した時の対処には慣れているとはいえ、ここはプールの中だ。

 僕のいる場所だけ、水が穴が開いたようにくぼんでいる。

 これは超常現象だ。


「きゃあッ、何これ!」

「水が変よ!」女の子が口ぐちに騒ぎ始めた。

「水に穴が空いてる!」

「水が浮かんでるっ」

 そんな声が聞こえた瞬間、僕はとにかくこの場を、プールから出ようと、波打ち際まで泳ぎだした。泳ぐというよりも水の中を掻き分けて進んだ。


「いやっ、さっき、誰かが私の胸を触っていったわ!」

「きっと、痴漢よ!」

「うそおッ」「やだあっ」

 様々な声が僕の後ろで飛び交う。

 仕方ない。どうしても誰かの体に触れてしまう。無言で謝りながら岸に向かう。

 水深が浅くなると、波が大きくなり、急ぐ足が変に絡んでしまう。

 大きな波が来た。

「うわっ」僕は声を出して前のめりになった。

 体を支えるため、誰かの体の肩の辺りを思わず触ってしまった。

「きゃッ」

 女の子だ・・

 ごめん、ワザとじゃないんだ!

 波の飛沫が僕とその女の子との間にザブンとかかった。

「すみません」

 誰にも見えるわけがないのに、僕は声に出して謝った。


 相手の水着の色・・

 ・・って・・女の子って、加藤じゃないか!

 加藤ゆかり・・

 水飛沫が去った後に、加藤の顔があった。

 しかも、間近だ。

「えっ・・な、なに?・・」加藤の声。

 加藤の瞳は見開かれていた。


 絶対に声を出してはダメだ!

 声を出してはいけない。さっき「すみません」と言ってしまったのが悔やまれる。

 今は、ここを立ち去ることが先決だ。

 それに、僕の体が水を被って人の形に見えているかもしれない。あの雨の日、水沢さんの前で透明になったように。


 加藤の元を離れようとした瞬間、次の大きな波が迫ってきた。

「きゃッ」今度は加藤の方が波に押され僕に寄りかかってきた。

 まずい!

 抱きとめるわけにはいかない。

 突き飛ばすんだ! 加藤の体を!


 僕が両腕で加藤の体を突き放そうとした瞬間、

 できないっ! 女の子の体を突き飛ばすなんて・・そんなこと絶対にできない。


 僕のそんな瞬間の判断が正しかったか、間違いなのか、それはわからない。

 次の瞬間、加藤の体が僕にもたれかかってきた。


「きゃあっ!」

 加藤の驚くような叫ぶような声が耳に入った。

声と同時に、僕の元に入り込んできたのは、加藤の熱い体だった。

 加藤は「あっ」と声を上げた。

 水着の加藤の体が僕の両腕の輪の中にいたからだ。

 こんなに近くに女の子の顔なんて見たのは初めてだ。

 それはほんの一瞬・・の時間だった。一瞬でも肌は触れ合う。


 体が触れた瞬間には僕は加藤の体を振り解いていた。振り解く瞬間、僕の手は加藤の水着に手がかかった。僕の指が加藤の水着と地肌の間に入り込む。 

 それでも何とか僕は加藤から離れると、無我夢中で水をかき分け岸に向かった、


「ごめん、加藤・・ごめん・・ごめんなさいっ・・」

 水の中を進みながら、僕は心の中で叫んでいた。

「何でだよ!・・何でこんな不便な体質が、この世界にあるんだよ!」

 僕は泣きたいのを堪えながら、いつものようにトイレに入った。

 足元を水がビシャビシャと撥ねる音がやるせない僕の気持ちを表しているように思えた。

 


 トイレの中で時間をやり過ごしていると、泣きたいような気持は少し落ち着いた。

 体が元に戻っているのを確認すると、小西と岡部を探した。二人はもうプールサイドに戻ってくつろいでいた。


「鈴木、おまえ、どこに行ってたんだよ!」

「と、トイレだよ」

 本当のことだ。けれど、用は足していない。

「随分長いな・・俺は、鈴木が消えたのかと思ったよ」

 岡部の言っていることは正しい。その通りだ。僕はプールの中で消えた。

 すると、小西が、

「そうそう・・さっきの彼女が来てたぜ」と言った。

「彼女?」

 岡部が「さっきの髪がショートの可愛い子だよ」と言って、

「彼女に『鈴木はどこにいるの?』って訊かれたから、知らない、トイレじゃないかな? って答えたけどな」と小西が言った。

 加藤が僕を探してた? 何で?

「何か、鈴木に用事があったんじゃないか?」と岡部が言った。


 加藤は、陸上部の人達といるはずだ。そんな加藤が僕に用事?

 さっきは僕は透明だったから、加藤には絶対に見えなかったはずだ。

 岡部が「いいな、あんな子が知り合いで、鈴木も高校生活、かなりエンジョイしてるんだな」と言うと、

 小西が「俺たち男子校だから、女の子と知り合う機会なんてめったにないぜ」と言って笑った。


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