第107話 小清水沙希は、もう一人いる②

「あの・・鈴木くん、変な事を訊くようだけどさ」

 和田くんは弁当の卵焼きを頬張りながら話を切り出した。

 僕は適当に「何でも聞いてくれ」と返した。

 話の内容は、だいたいわかる。サークル活動のこととか、小清水さんについてだろう。

 あいにく僕は人の恋路には興味はない。


 和田くんが小清水さんのどこを好きになったのかは知らない。

 僕は小清水さんの教室での大人しい様子、部室でもしっかり者のようだけど、やはり、速水部長に比べると控えめな感じ・・そんな小清水さん。

 本について、色々と教えてくれる典型的とも言える文学少女。

 まるで仏のように怒ることもなければ、人を非難もしない。

 和田くんは小清水さんのそんな優しい所を好きになったのだろうか? 


 けれど、僕はまるで別の顔のような小清水さんを見かけたことがある。

 遊び好きそうな男と連れ立って歩く小清水沙希の姿だった。


「小清水さんてさ・・いつもあんなに大人しいの?」

 いつも・・大人しい・・

 確かに、教室でも、部室でも、小清水さんは清楚で慎ましく、大人しい。

 誰にも迷惑かけることなく、ただただ、本が好きで、わが部室に咲く一輪の花的な存在だ。

「見ての通りだ・・小清水さんは、影は薄いかもしれないが、真面目で大人しい・・それがどうかしたのか?」

 和田くんは僕の返事を聞いた後、しばらく黙り、

「お、おかしいな・・・ぼ、僕の知ってる小清水さんは、あんな風じゃないんだけどな」

「人には、色んな・・知らない面があるだろ・・小清水さんの一面だけを見て、判断するのはまずいんじゃないのか?」

 僕はそう論理的なことを言ってみた。これも文芸サークルに毒されているせいだろう。


「でも、僕が好きになった小清水さんは、あんな人じゃないんだ」

 そう言って和田くんは水筒のお茶をぐいぐいと飲んだ。

「あんな人って・・どういう人だよ」

 和田くんはそれには答えず、

「僕が好きな小清水さんは・・」

 和田くんの好きな小清水沙希は?

「あんなんじゃないんだ」

 あんなん・・って・・ちょっと失礼だろ。小清水さんに対して。


 和田くんはそう言うと咳を切ったように、

「僕の思う小清水さんは、いつも明るくて、教室ではあんなに大人しいのに、一歩、外に出ると、遊び好きで、男を何人も従えて、ゲームセンターで遊びまくったり・・」

「ちょ、ちょっと、待て、和田!」

 僕が遮ると、和田くんは不機嫌そうに「なんだよ」と言った。

「小清水さんて・・そんな風なのか・・僕にはとても信じられないけれどな」

 本当はある程度は信じれる。そんな小清水さんを見たからだ。

 

 そして、和田くんは、

「これだと、僕は何のために、このサークルに入ったのか、わからないよ」とわけの分からないことを言い始めた。


 その時、僕たちの背後でジャリッと砂利を踏みしだく音が聞こえた。

「じゃあ、部をやめれば?」

 振り返ると、そこには胸元で両腕を組んだ仁王立ちのような速水沙織がいた。

 つけて来たな・・

「速水部長!」僕と和田くんが声を揃えてそう言うと、


「もう一人いるのよ!」

 速水さんは得意の眼鏡くい上げをして、そう言った。

 僕が「速水さん、さっきからそこにいたのか?」と訊ねると「お二人さんが揃って連れ弁などと、お似合い過ぎることをしているから様子を見に来たのよ」

 まさか、さっきまで透明化していたんじゃないだろうな。

「それより、小清水さんがもう一人って・・どういう意味だ?」


 僕の投げた質問に速水さんはもう一度、

「沙希さんはもう一人、いるのよ」と再度言った。

 もう一人?・・

「速水さん、どういうことだ?」と僕がまた訊いた。「小清水さんがもう一人いるって・・ひょっとして、そっくりさんか?」

 和田くんが「意味がわからないよ。ありえない」と言った。

 対して速水部長は、

「果たして・・和田くんは、どっち派なのか、と思っていたのだけれど、予想通り、そっち派だったのね」

 どっち派? そっち派?・・全くもって意味が分からない。

「速水部長、和田くんが、そっち派、ってどういうことだよ。全く意味不明じゃないか」

 僕の小さな怒りを込めた質問に、

「そうね、私の説明が悪かったわね」

「悪すぎだと思うぞ」

 しばらく、沈黙・・速水さんは何やら考えているいるようだ。

「教室と、部室にいるのがいつもの沙希さん・・ということよ」

 きっちり言い切った速水さんに、

 僕は「もう一人って言うのは?」と訊いた。

「そうね・・」

 と速水さんは何やら熟考し始めた。

 速水さん、考えてなかったな。


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