第101話 水沢純子の不思議な体質①
◆水沢純子の不思議な体質
そして水沢純子は話を始めた。
僕は静かに水沢さんの声に耳を傾けた。
初恋の女性とこうして二人、
場所は図書館のラウンジ、
そんな夢のような時間・・
僕の知らない水沢純子・・
僕は彼女についてほとんど何も知らないに等しい。
けれど、目の前で少しずつ霧が晴れていくように、
彼女の姿が・・僕のとっての水沢純子のイメージが変わっていくのを感じていた。
「私・・時々だけど」
あくまでも、時々・・そう前置きして水沢さんはこう言った。
「・・私、人の思いが見える・・というか、わかったり、聞こえたりするの」
そう言った彼女は少し悲しげに見えた。
人の思いが見えたり、聞こえたりする・・一体どういうことなんだろう?
僕の表情を見て、水沢さんは「ごめん。鈴木くん、いきなりで、何のことかわからないよね」と苦笑した。
ここで、「水沢さんの言っていることが、わからないよ」と言ってしまえば、せっかく縮まった水沢さんとの距離が遠のいてしまうような気がする。
だから、僕は、
「それは、どんな風に見えたり、聞こえたりするの?」と訊ねた。
僕の問いかけに落ち着いた表情を見せ「それが、私にもよくわからないの」と言って、
「感じる・・頭の中に入ってくる・・そんな感覚かな?」と続けた。
感じる・・頭の中に入ってくる、だって?
いや、ここで、話を聞くことを投げ出してはダメだ。
もっと聞くんだ。水沢さんの話を、声を!
「つまり、具体的に見えるとか、聞こえる・・そうじゃないってことだよね?」
僕は、話を詰めていく。
水沢さんは少し頷き、
「私、この話をするの、初めてじゃないの・・最初は両親・・お友達や先生・・いろんな人に話したわ。でも、誰も信用してくれなかった」と言った。
誰も信用しなかった話を僕は信用できるのか?
たとえ、それがどんな話でも。
僕はそう思いながら話を聞き続ける。
「そのことに、初めて気づいたのは、近所の幼馴染の男の子だったの」
僕は頷きながら水沢さんの話を聞き続ける。
「確か、一緒にブランコに乗っている時・・急に男の子の声が何かの形みたいに頭の中に入ってきたの」
「具体的には・・わからないの? どんな形なのか・・とか」
「形・・って言うと何かの物みたいだけど・・そうね、やっぱり声なのかしら」
「その男の子の声が何て言ったかわかったの?」
僕は水沢さんの話の続きが聞きたくなった。興味が沸いた。
水沢さんは少し恥ずかしげな笑みを浮かべ
「・・『純子ちゃんが好きだ・・結婚したい』・・って」と言った。「そんな気持ち、というか、声が頭の中に入ってきたの」
具体的な思い・・それにしても、結婚だって? ずいぶんとませたガキだな。
「怖かったわ・・だって、横でブランコを漕いでいる男の子を見ても、何も話してないんだもの・・私が『今、何か言った?・・結婚とか・・言った?』と訊いたら、その子は慌てて、首を振ったの」
「その子、頭に浮かんだことを言いあてられたような感じがしたのかな?」
水沢さんは「そうかもしれないわ・・私も怖かったけれど、その子はもっと怖かったと思うの」と言って、少し寂しそうな表情を見せ、「その男の子、もうそれっきり、私と遊ぶことはなくなってしまったわ」と続けた。
幼い頃の水沢さんはそんな寂しい体験をしていたのか・・もしかすると、その体験は近所の男の子だけではなくて・・
「水沢さん・・さっき、声が聞こえるのは、『時々』だと言っていたよね」
水沢さんは「ええ、時々なの」と返した。
「僕の推測だけど、水沢さんのご両親の声も、時々、聞こえたりしたのかな?」
たぶん、推測は当たっているはずだ。
「両親の声も聞こえたわ・・鈴木くんの言う通り、時々だけど」
やっぱり・・
水沢さんは「私、今は成績はいい方だけど・・」と言ってコーヒーに手をつけ、外の緑を眺めた。
僕が「水沢さんの成績はいつもトップだよ」とまるで自分のことのように誇らしげに言うと、
そんな僕の言葉に水沢さんは少し笑みを浮かべ、
「私、小学生の頃はそうでもなかったの・・むしろ、成績が悪かったくらい」
信じられない。成績の悪い水沢さんの姿をうまく想像できない。
「父や母も、私の成績について、特に責めることはなかったわ。それが水沢家の方針とでも言いたいくらいに私を自由にさせてくれていたの」
「でも・・」何かあったんだな。
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