第58話 梅雨空ハプニング②

 新校舎の一階・・辿り着いた保健室には誰もいなかった。

 保健の先生、いないのか・・勝手に使っていいのか?

 こんな時の女の子の介抱とか全くの知識はない。

 取りあえず、加藤にはベッドに横になってもらった。

 熱がないか、体温を測ったり、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して飲ませたりした。加藤は気持ちよさそうに水を飲んだ。

 ただの貧血だったのか?・・

 貧血の薬って、そんなのあったけ?

 加藤に訊いても「わからない」と言われた。


 このままここにいてもすることがないな・・と僕は部室に・・

「加藤・・僕、もう行くけど・・」と小さく言って立ち去ろうとすると、

 加藤に左手をぐいっと掴まれた。

「鈴木・・こんな所に、女の子を一人置いていく気?」

 加藤はじっと僕の顔を見ている。

 いや、しかし、小清水さんにはすぐに戻ると言ったしな。

 ・・うーん。でも、加藤は僕にここにいて欲しそうだな。

 こんな時、一人の男子として、どうすればいいんだ?


 取り敢えず僕は近くの丸椅子を引き寄せ加藤のベッドの脇に腰かけた。

 10分くらいはここにいるとするか。加藤もただの貧血みたいだから、すぐにいつもように元気になるだろうし。

 少し雑談でもするか。

「部活の兼部・・やっぱり、無理だったんじゃないか?」と僕は声をかけた。

「じゃないと思うよ。今日は朝からちょっと、貧血気味だったし」

 やっぱり、ただの貧血だったのか。

 僕が「だから、無理がたたってるんだよ」と言うと、

 加藤は「そっかなあ」と天井を見ながら言った。


「でもさ、鈴木、私、それくらいは頑張らないと、純子に追いつけないんだよ」

「勉強か?」

 加藤は「ううん」と首を振り「私、勉強は絶対無理だから、他のことでカバーしないとね」と笑った。

 加藤にとって、水沢さんはいい意味でのライバルなのか?

「でも、体を壊したりしたら、何にもならないだろ」と言うと、

 加藤は「もう大丈夫だよ」と言って体を起こした。「みんな、大袈裟なんだから」


 僕は改めて加藤に訊いた。

「加藤がそんなに頑張るのって・・佐藤の・・」と言いかけると、

 途中で言葉を切られ、

「それ、前に言ったじゃん・・もうどうでもいいって」と言った。

 そして、こう言った。

「私ね・・いつ誰かを好きになっても・・」

 そこまで言って加藤は一息つき、

「誰を好きになっても、誇れる自分でいたいの」

 好きになる人はどんな男かわからない。

 勉強が出来る奴を好きになったら、同じ大学に行きたいと思うし、スポーツが出来る人の場合だったら、自分もその喜びを分かち合いたい・・

 そんな意味のことを加藤は言った。

 

 そんな話を聞きながら、文芸サークルに入っている僕、さほど、成績も突出していない僕は加藤の恋愛の対象外だな、と変な安心をしていた。


「でもね、上手くいかないんだよ・・私って、いっつも・・」

 力なく言う加藤に僕は、

「加藤なら、思ってくれる人、すぐに見つかると思うよ」と言った。


 なんて恥ずかしいセリフを言ってるんだ、僕は。

 速水さんに聞かれたら失笑されそうだ。

 まさか、速水さん、透明になって近くにいないだろうな?

 念のため、辺りを見回した。見えるわけはないけど。

 すると加藤は、

「鈴木って、そんな優しいこと、言うんだね・・」と言って「影が薄いくせに」とつけ足した。

 それはよけいだぞ。

 加藤はいつもの元気を取り戻したみたいで、話をし終えると、

「もう戻らなきゃ」と言ってベッドから降りた。

 僕も「部室に戻る」と言って、また加藤と旧校舎に行くことになった。

 いったい、僕は何をしているのだろう?


 道すがら、加藤は、

「ねえ、鈴木は・・誰かから告白されたら、どうする?」と突然言った。

「何だよ、それ?」

「例えばだよ」と言って加藤は不自然な笑みを浮かべた。


 前も考えていたが、僕は「好き」と言われることは苦手なのかもしれない。

小学低学年の頃、こんなことがあった。

「○○ちゃん、鈴木くんのことが好きなんだって」

「もうやめてよ。そんなこと言うの」と○○ちゃんが止める。

 僕はその子のことを何も思っていないし、

 そんなことを聞いても、僕はどうすればいい?

 

 僕は、その女の子、二人を無視した・・

 その時は小学生だったということもあるけれど、

 例えば今、誰かに「好き」だと言われても、僕は何もすることができない。

 ただ、それが、水沢さんだとしたら・・

 いや、それは・・今は思考がそこまで及ばない。


 加藤は「変なこと訊いてごめん」と言った。

「かまわないよ・・加藤のことだし・・」

 僕の返事に加藤は笑って、

「今、言ったことは、忘れて・・」

 僕が「もう忘れた」と答えると、加藤はまた笑い、

「純子に言ったりしちゃダメだよ」と言った。

そんなこと、言わないよ・・


 加藤と手を振って別れ、それぞれ部室に戻ると、小清水さんがお茶を入れてくれた。

 小清水さんは微笑み「鈴木くんって、すごく優しいんだね」と言われた。

 速水さんも既に来ていて、小清水さんに話を聞いたらしく、

「あら、今度は、加藤さんとデートだったのね」と変な嫌味を言われた。

 デートじゃないよ! 相手は加藤だぞ。

 それに僕は誰ともデートなんてしたことがない。


 ・・でも、倒れたのが水沢さんだったら・・どうだったのだろうか。

 あんな風に冷静に保健室で語り合えただろうか? 肩を貸せただろうか?


 小清水さんが僕を庇うように「でも、鈴木くん、すごく格好良かったんですよ」と言った。

「私も見たかったわね。鈴木くんの格好いい所を・・今度見せてちょうだい」

 速水さんはそう言って茶化した。

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