第54話 くすぐっているのか、それとも揉んでいるのか①

◆くすぐっているのか、それとも揉んでいるのか?


「・・と、そんなわけだよ」

 僕は中学時代の話を速水さん、そして小清水さんの二人にし終えた。

 そもそも、こんな話の発端は・・

 部室に入ってくるなり、速水部長にこう言われたからだ。

「あら、鈴木くん、今日は、一段と影が薄いわね」

 速水さんはいつもの冗談のつもり・・というか、透明になっていないことの確認でそう言っている。

 つまり、僕が返事をしなかった場合、

 小清水さんに「あら、鈴木くんは席外しね・・わからなかったわ」と一人で言う。

 僕が「いるよ」返事をすると、速水さんは「あら、失礼、影が薄すぎて気がつかなかったわ」と答える。

 速水さんには僕が透明化している時、どっちかわからないからだ。


 だが、今日は、速水さんに対して僕は、

「速水さん、そのセリフ、けっこう傷つくんだ」と答えたので、

「あら、何か、『影がウスイ』の言葉にいやな思い出でもあるのかしら?」と速水さんに訊かれた。

「あるよ、大ありだよ・・」

「ぜひとも訊きたいわね、鈴木くん」

 小清水さんも読みかけの文庫本を閉じ「私も聞きたい」と仏のような笑顔を見せた。

「いいのか、僕の思い出話で、貴重な黙読会を中断しても」

「いいわよ。本より面白い話であれば」

「保証できないぞ」

 小清水さんが「私も影が薄い方だから、ちょっと興味ある・・」と言った。

 うーん。少し、小清水さんと共通する話のネタかもしれない。


 そんなわけで、中学の女先生の悪口みたいな形になったが、ちょっとスッキリした。この話は妹のナミはもちろんのこと両親にも話していない。いや、仮に話したとしてもよくわからないだろうな。こういう心理状態になったことない者には。


「でも、その女先生、ひどいですよねえ」と小清水さんが僕を見ながら言った。

「悪気がないぶん、始末が悪い、っていう奴だよ」と僕。

「言われてみれば、私が小学校の時にもそんな先生がいた気がするわね」と両腕を組みながら言う速水部長。

「どんな先生だったんだよ?」と訊く僕に、

「・・・話すのは止めておくわ」と速水さんは言った。

「何でだよ! 僕は話したのにっ」と少し声を荒げる僕に速水さんは、

「私の話で鈴木くんが眠気をもよおしたりしたら、洒落にならないもの」と答えた。

 ・・そりゃ、そうかも・・小清水さんがいる前で、また僕の体が透明にならないとも限らない。

 でも話には興味がある。

 小清水さんが「ええ~っ、速水部長、聞かせてくださいよ」と言った。

 可愛い部員の小清水さんのお願いに観念したのか、

「でも、この話、健全な青少年に聞かせるのはどうかと思うわ・・18禁かもしれないから」と速水さんは淡々と言った。

「おい! そんなこと言われたら、訊きたくなるだろ! 別の意味でっ」と僕は声を荒げた。


 速水さんの話は小学6年の時の男の教師についてだった。

 教師・・仮称A先生は、宿題を忘れたり、点数の低かった生徒たちを叱る代わりに、

 生徒たちをA先生の教卓の前に列を作らせ並ばせる。つまり、順番に生徒にあることをするためだ。

 A先生は、教卓の椅子に座ったまま、一人ずつ生徒の体を上から抱え込む。

 生徒はA先生の大きく広げた両足の付け根に顔を突っ込む形になる。早い話がA先生は生徒の頭を両足で挟んでいるのだ。


「鈴木くん、先生は何をしていたと思う?」

「わからないよ」

「両手で生徒の脇腹をくすぐっていたのよ・・男女問わずにね」

「その先生、自分がくすぐりやすいように、生徒の上半身を押さえ込んでいたんだな」

「くすぐると言っても、こうやって揉む感じよ」と言って速水さんは両手でA先生の仕草をした。「一人、2、3分くらいかしら」

 小清水さんは、「それって、何かの体罰になるんですか?」と訊いた。

「ならないわね・・そこがミソなのよ」

 なるほど・・


 速水さんは「生徒たちはくすぐったくて我慢できなくて笑う子や、堪える苦痛に顔を歪める子、いろいろいたわね」と言った。

 僕が「速水さんはどっちだったんだよ?」と訊くと、

 速水さんは「そんなこと、私に言わせる気?」と眼鏡の奥の鋭い目で睨まれた。

「それに、私がそんなことされたのはあとにも先にも一回だけ、宿題をうっかり忘れた時だけよ」

「速水部長もそんなことがあったんですか」と驚愕の目を開く小清水さん。

「あるわよ、私だって人間だもの」

当時は速水さん、小学生だしな。

 僕は、

「その揉む・・じゃなかった・・くすぐるのって、宿題を忘れたことの罰になるのか? くすぐられて喜んでいる生徒もいるかもしれないしな」と言った。

 続けて僕は「それは教育として、間違っている!」と断言した。

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