第44話 触れ合った手と手①

◆触れ合った手と手


「なあ、鈴木、この前の日曜日・・あれからどうなったんだ?」

 

 登校時、そう声をかけてきたのは、佐藤一郎だ。

 本来、水族館のダブルデートは加藤ゆかりと佐藤が主役のはずだった。

 僕と水沢さんはあくまでも傍観者、サブキャラに過ぎない。


 それなのに佐藤の奴は主役の一人であるにも関わらず退座した。

 加藤ゆかりの気持ち、恋心など考えもせずに。


 説明が込み入りそうなので、その日の昼休み、僕は佐藤と校舎の裏庭で落ち合った。

「何だよ。鈴木、わざわざ、こんな場所で。歩きながらでも話はできるじゃないか」

 佐藤は、僕との会話はほとんど、登下校時にしかしない。

 そんな関係を僕は友達だと思っていた。こんな影の薄い僕に話しかけてくれる人間は希少だと思っていたからだ。

 だが、佐藤にとっては休み時間を僕のような人間に割かれるのは非常に迷惑なのだろう。


「ここなら、立ち聞きされることもないからだよ」

「別にいいじゃないか。聞かれても・・たいした話じゃないだろ。俺が知りたいのは水族館の結果だけだし」


「加藤は・・泣いてたよ」

 イルカショーが始まる前、加藤ゆかりは僕と水沢さんが見ている前で泣いていた。

 こんなはずじゃなかった・・そんな加藤の気持ちが伝わってきた。


「おいおい、鈴木、それ、冗談だろ・・加藤は俺が途中で帰ったくらいで」

「違う・・」佐藤は全然わかっていない。「佐藤が加藤の前で、他の女の子の話をするからだよ」

「は?・・俺は加藤に普段通りに接していただけだぞ」

 普段通り・・

 佐藤は、曲がりなりにも加藤から告白を受けているんだ。どんな告白だったかは知らないが、「友達からスタート」という話になっていたはずだ。


「それに・・俺、すぐに泣く女の子は嫌いなんだよ」

 すぐにじゃない・・加藤はそんな女の子じゃない!

「なあ、佐藤・・もうちょっと女の子の気持ちを察してやれよ」

 僕の戒めるような言葉に佐藤は不機嫌な表情を浮かべた。


「だから、俺は加藤が、友達に、って言うから、俺の友達のような感じで接していたんだよ・・それのどこが悪いんだ?」

 まさか・・

「まさか、僕に対していつも話すような・・」

「ああ、そうだよ。鈴木といつも話してるような内容だよ。昨日見たテレビの話とか、野球やサッカーの話とか・・」

「せっかく、水族館にいるのに、その話は・・」

「いや、あんまし、魚なんて興味ないしな」

 ああ・・デリカシーがないっていうか、なんというか。

 僕も魚にはそれほど興味もあるわけじゃないが、そういう問題かよ。

 ああいうのは、見て、それから興味を持てばいいんだよ。

 佐藤はモテる奴だから、そのへんはしっかりしてると思っていたのに。


「それで・・加藤のいる前で、他の女の子の話もしたのか?」

 僕の質問に佐藤は、

「ああ、そういえば、そんな話をしたなあ」とうろ覚えのように言った。

 加藤からある程度の話は聞いている。

 佐藤は無神経にも、加藤の前で、水沢さんや速水沙織の話をした。

 普通ならそんな話はしない。


「せっかく、水沢さんも来てくれていたのに、もうちょっとましな対応があっただろう?」

「そんな義務が俺にあるのか? それに俺は水沢さんの話はしたけれど、別に彼女には興味はないぞ。あんな勉強ばかりしてる女」

 さすが、モテる男は違うな。そういう無神経の方がいいのかもしれない。僕はふとそう思った。

 けれど・・今は、

「だったら、断ればよかったじゃないか」と言って「佐藤、ちょっとは、加藤のことを考えてやれよ」

 そう僕は強めに言った。

 別につき合ってくれ、とは言わない。せっかく、ダブルデートとはいえ、加藤はあんなセッティングをしたんだ。それに応じた接し方もあったはずだ。


「鈴木・・おまえ、何か、偉そうだな」

 佐藤の顔が険しい。「態度が悪くないか?」

 僕の口応えがまずかったみたいだ。

「僕は・・いたって、普通だけど」

 佐藤にとって、僕は引き立て役の人形に過ぎない・・人形は口答えはしない。

 けれど、もう僕は佐藤の引き立て役でもないし、ましてや友達でもない。


「だって、鈴木、おまえ、おかしくないか?」

「何がおかしいんだよ?」

 おかしいのは佐藤だろ。陰で僕のことを引き立て役扱いにしたり、加藤ゆかりのことは、迷惑女と他の奴らに言っていたじゃないか。


「鈴木の入っている部活・・あれ、なんて言ったっけ?」

「文芸サークルだ」

 佐藤は加藤ゆかりの話を忘れたかのように他の話に振った。


「そのサークルに、俺がタイプだって言っている速水沙織・・」

「速水部長がどうかしたのか?」

「速水さん、サークルの部長なのか?」

 知らなかったようだな。


 そして、佐藤はこう言った。

「鈴木、おまえ、速水さんの話を全然してくれないじゃないか!」

「は?・・」

「俺が速水さんに好意を持っているのを知っていて、わざと速水さんの話をしないのか」

「いや・・そんなこと、訊かれなかったから・・」

 何のことだ? 佐藤は何を言わんとしているんだ?


「俺は水沢さんとはクラスが違うから、彼女のことを鈴木に色々教えてやれないが、鈴木は毎日のように速水さんに接しているんだろ?・・だったら、少しくらい速水さんのことを俺に教えてくれてもいいじゃないか? 速水さんは何が好みだとか、つき合っている奴はいないのか、とか・・」

 それって、佐藤に報告しないといけないのか? 

 僕は佐藤と距離を置く、と決めている。そんな相手にわざわざ、速水さんのことを言う義務はない。


 次に、佐藤は、

「俺たち、友達じゃないのか?」と言った。

 一体、佐藤は何を言ってるんだ?

 佐藤は友達じゃないし、僕に友達はいない・・もう欲しいとも思わなくなった。 それはお前のせいだよ。

 だが、それをどのようにして伝えたらいい?

 まさか、透明化している時に、佐藤が僕の悪口や、加藤のことを頭の中には汗しかない、とか仲間に言っていたのを聞いたとも言えない。


 佐藤の寝言のような言葉に、何だか眠くなってきた。昼休み中だからカフェインも飲んでいない。

 まずいな。何か言い訳でもつくって、この場を去らないと・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る