第32話 海辺の水族館①

 ◆海辺の水族館


 とうとう、昨日の夜は眠ることができず、朝を迎えることとなった。

 服装は、考えた割にはいつもの着古したジージャンとジーンズだ。

 この格好、水沢さんのマンション近くまで透明化して行った時の服装と同じだ。

 鞄も持たず、財布をポケットに突っ込んだだけだ。

 カフェインも多目に持っている。水沢さんもいるし、場所が場所だけに眠くなることはないと思うが、念のためだ。


 そう、その場所というのは水族館。

 水族館は、電車で20分ほど行った所、海岸沿いにある水族館だ。

 周辺には松林の公園もあって、よく家族連れや、カップルが散策しているのを見かけたことがある。


 加藤ゆかりは水族館を出た後、その公園を佐藤と散策する算段らしい。

 そんな軽い事前打ち合わせを加藤と予めしている。


「二組に別れたら、鈴木は純子とお茶でもして帰ってね!」

 と、加藤は軽~く言ったが・・

 そんなこと・・水沢さんとお茶って・・

 どうすりゃいいんだよ!


 それにさ、加藤は佐藤のどこを見てるんだよ。あいつ、おまえのこと、微塵も思ってやしないぞ。むしろ、迷惑そうだったぞ。

 今日は何とかうまくいっても、この先、展望は明るくないぞ。


 そんなことを考えながら、スニーカーだけでもと、玄関で買ったばかりのを穿いていると、

「兄貴よぉ、こんな朝早くから、どこに行くん?」

 ショートパンツのナミが脇腹をポリポリ掻きながら訊いてきた。だらしねえな。

「男友達と約束があるんだ」と答えると、

「そうだよねえ。デートにそんな恰好で行かないよねえ。普通は」

 悪かったな。デートじゃないけど、それに近い。

「おまえも、せっかく天気のいい日曜日なんだから、どっかに行けよ」

 僕がそう言うと、ナミは、

「私、今日は、デートなんだよ。前に言ってた彼氏と」

「おい、まだボーイフレンドじゃなかったのか?」

「兄貴、いつの話をしてんの? この前、『ナミは俺の彼女』だって言われたんだよ」

 そうかそうか。それはよかったな。母も公認だってよ。


 そんなナミの言葉を適当に受け流しながら、僕は待ち合わせの駅に向かった。

 天気もいい。まさに、デート日和といったところだ。厳密にはデートじゃないけど。


 駅の目印の看板前に、加藤ゆかりが先に来て待っていた。

「何だ。鈴木か」

「何だは、ないだろ!」

 胸を撫で下ろす加藤に僕は言った。少しおめかしをしているな。加藤は今日のメインだから、当然か。

 黄色のトレーナーにジーンズの短めのスカート。髪型のせいなのか、幾分ボーイッシュに見える。

 加藤の私服姿は初めてだ。女の子は不思議だ。制服から私服に変わるだけで少し大人びて見える。

 ということは水沢さんの私服姿も・・


 そう思っていると、「よっ、鈴木」といつもの口調で佐藤が現れた。

 佐藤は背後から来たので、びっくりしたが、僕より、加藤が佐藤の登場にかしこまっていた。

「佐藤くん、おはよ」

 佐藤には「くん」付けかよ!

 佐藤の場合は、自宅が二駅前だ。定期券があるからかまわない、ということで、ここで4人待ち合わせということになった。

「加藤もおはよう!」

 佐藤は爽やか青年を気取ってやがるな。髪型もいつもと違うな。

「あ、あとは、純子だけね」と加藤はさっきまでと違う雰囲気を醸し出している。

 

 水沢さんは遅れているわけではない。駅で待ち合わせは9時だ。まだ9時10分前。

「おい、鈴木・・水沢さんが来たぞ」佐藤が僕の肩を叩き、そう言った。

 佐藤が一番最初に見つけた。何か悔しいな。

 加藤が「じゅんこっ」と手を振った。


 淡い水色の花模様のワンピース。まだ梅雨ではないが、湿気を吹き飛ばしてしまいそうなイメージだ。

 そして、服装もそうだが、学校と違って見えるのは、

 いつものポニーテールじゃない。水沢さんは結構髪が長い。セミロングの速水沙織よりも長く見える。

 ふわふわと、気持ちよく風に揺れている。


「鈴木くん、おはよう」と水沢さんは僕に丁寧に挨拶をし、佐藤にも改めて顔を向け「おはよう」と言った。

 一応、僕の方を先に言ってくれた。そんな些細なことで嬉しくなる。

 それは当たり前かもしれない。僕と水沢さんは同じクラスだが、佐藤とは違う。

 今のクラスになるまでに接点があったのかどうかは知らないが、そんなに親しくもなさそうだ。

 あのモテる男、佐藤よりも、僕の方が水沢さんに近い存在だ。


「ゆかりにつき合わされちゃった」

 水沢さんはそう言って、頭を傾け微笑んだ。おそらくこの4人の集まりのことを言っている。「僕もだよ」と言う前に、

「鈴木くんも・・そうでしょ?」と更に水沢純子は素敵な笑顔を見せた。

6月の空の下、水沢さんの豊かな黒髪が光沢を帯びている。


 電車の中は、休日ということもあって、家族連れやらでごった返していた。

 電車に揺られながら佐藤は僕に「何で鈴木なんだよ」と小さく言った。

 佐藤にはどうして僕がこの集まりに呼ばれているのか、腑に落ちないらしい。

 佐藤は僕を嫌がっている風でもない。おそらく引き立て役としては丁度いい、とでも思っているのだろう。

 もし不満があるとするのなら、佐藤がタイプだという速水沙織がここにいないことくらいだろう。


 目的の駅が近づくにつれ、電車の南側の窓から海が見えるようになった。

窓側では、加藤ゆかりと水沢さんは談笑していて、

 二人の笑顔に太陽が当たって、チラチラと明るく見えたり、陰ったりしている。 僕はそんな光と影を見て楽しんだ。


 横の佐藤が、「水沢さんも、結構可愛いな」と言った。

「おまえ、速水さんじゃないのかよ」と僕が不満気に言うと、

「『水沢さんも』だよ。あくまでも『も』だ」と念押しをされた。

「それより・・加藤ゆかりの方はどうなんだよ。この企画を立ててくれた子だぞ」

 思い切って僕が訊くと、

「あ、ああ・・加藤も」

 今、声が言い澱んだな。今の言い方、「・・も、それなりに感」が満載だったぞ。

 そして、佐藤に「鈴木、お前、なんで加藤と仲がいいんだよ?」と訊かれた。

「別に、仲がいいわけじゃない。たまたまだよ」僕はそう答えた。

 やはり、迷惑なんだな・・

「それより、鈴木、おまえ、最近、態度が冷たくないか?」

 そりゃ、訊かれるよな。

「そうか? いつもと同じだけどな」

 僕の方もそう答えて言葉を濁した。


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