第25話 本屋さんで透明化①

◆本屋さんで透明化


 教室の席に戻っても、加藤ゆかりの恋心・・更に、うわの空状態は続いていた。 おそらく授業もそれほど聞いていないのかもしれない。

 不思議と隣の席というだけで、そんな加藤の気持ちが伝わってくる。

 人の恋だから放っておけばいい・・そうも思う。

 けれど、加藤ゆかりは僕が初めて女の子と喫茶店に行くという僕の大々的なセレモニーの相手の女の子だ。

 初恋とは別として、これも何かの縁だと思う。

 僕が小学生だった頃、よく父が言っていた。「人の縁はどこかで繋がっている・・大事にしろよ」と。

 加藤とは、友達というほど仲もよくない。ただ喫茶店に行っただけの子。 

 だが、どうすればいい。

 加藤に直接告げるのか?

「佐藤はやめとけ、ひどい男だぞ」とでも忠告するのか。

「鈴木って・・もしかして、佐藤くんに妬いてるの?」とか言われるに決まっている。

 それに、加藤からしたら、僕と佐藤は仲のいい友達同士ということになっている。

 佐藤をおとすのは矛盾が生じるな・・


 それでも加藤ゆかりのために、何か行動をしないといけないのか・・

 

 そんなことを考えているうちに日は過ぎていく。5月も三週目だ。

 予想はしていたが、何もできない、影の薄い・・かつ時々透明になる僕だ。

 加藤ゆかりのこともほったらかし。

 速水沙織と個人的に透明化について話す機会も訪れず。

 相変わらず、窓際の水沢純子を眺める日々が続いた。

 

 そんな頃だった。部活・・六月第一回目の読書会の本・・課題図書? 選びをしなければならない。

 読書会というのは、担当になった部員が一冊の本を選び、後日・・決まって土曜日なのだが、その本について議論したり、感想を述べ合ったりする。


 本、小説の分野は、いわゆる推理小説等の大衆娯楽本は除外、絵本、漫画ももちろん外して選ばなければならない。

 同じ本は本でも専門書、学術書、哲学、心理学、倫理学なども外される。


 ちなみに、速水さんの憶えている限りのこれまでの読書会の対象になった本は、

 

 サリンジャーの「バナナフィッシュ」・・短編集の一編らしい。


 読書会用の本は短ければ短いほどいい。長編小説だと論点が多くあり過ぎて話がまとまらないらしい。かといって、詩は対象外らしい。


 他には・・

 村上春樹の「風の歌を聴け」・・有名どころだな。

 ジッドの「狭き門」・・古典だ。

 夏目漱石の「こころ」・・小清水さんが、僕が本屋さんで買っているのを見たという本だ。

 五木博之「遥かなるカミニト」・・絶版で短編なので、小清水さんがコピーしたらしい。

 高野悦子「二十歳の原点」・・日記らしい。

 テッド・チャン「あなたの人生の物語」これはSFということだ。

 等々・・

 知ってる本もあれば、全く知らない本もある。


「鈴木くん、推理小説は除外と言っているけれど、ポーや、ホームズ、乱歩などの有名どころは別よ。あと随筆などもね」

 眼鏡をくい上げして話している速水さんの言葉を「そうなんですか」と適当に流していると、

 速水さんは続けて、

「それと、早川書房の出している翻訳SF小説も十分対象になるわ」と言った。

 そんな速水さんの言葉に小清水さんが、

「そうなんですよぉ。PKディックさんや、レムさんのソラリスなんか、本当に文学ですよ」と水を得た魚のように楽しそうに話しだす。


 SFの、ピーケーディックさん? それにレムさん?・・全然知らないんだけど。

 けれど、まだ知らない世界・・すごく興味が沸いてくるのも確かだ。


 そして 今度、課題の本を選ぶのは小清水さんだった。

 放課後の部屋に僕と小清水さんの二人きり・・


「今度の本・・何にしようかなあ・・」

 小清水沙希は、独り言を言ったかと思うと僕に、

「鈴木くん、読書会の課題の本・・何の本にしたらいいと思う?」と訊ねた。

「それって、自分で考えるものなんじゃないのか」

 僕はあっさり即答した。


 僕の応え方に小清水さんはショックを受けたように見えた。仏の笑顔に陰りが見えた。そんな感じだ。

 ちょっと冷たい答え方だったな。女の子とろくに会話もしたことがない僕は小清水さんの問いかけをもっと有難がらないと。

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