127話 妹デート! 兄は望まぬ。妹の遠慮と配慮。
「に、兄さん。いったいこれは何?」
「え? バッティングセンター。そしてここはバッターボックス。相手どる正面のアレがピッチングマシンと申しましてだな」
「そういう事じゃなくって。なんで私たち、こんなところに来ているの?」
喫茶店を出てから、30分も経っていない。
リィンの恨めしそうな視線を浴びながら、努めて冷静を装った。
「強いて言おう。リィンのせいかね」
「私の?」
この回答が意外だったようで、驚きを見せていた。
「だってリィン。どこに行きたいか、何したいかって提案、なーんも出してくれなかったもの。なら俺が決めるしかねーべ?」
怒りではない。困惑。
そんなリィンを前にして、どうにも、俺がハラハラしそうになった。
(こうなるとは思っていたが。リィンの悪い癖だねどうも)
恋愛感情への応え方なら、承諾か拒絶かに分かれるだろう。もしくは先延ばし。
しかし、妹へ兄として心配するやりかたは、実際のところよくわかっていない。
仕方ないじゃない。
俺には交通事故で亡くなった実兄がいたと言う。が、血縁に弟や妹がいたというのは聞いたことがない。
兄である経験がない。
それなのに、リィンが姉と慕ったルーリィが、俺の婚約者になったという事実。紐づき、リィンが俺の妹分であることが現実だ。
(つまるところ、兄妹ってぇのはいったいどうやって付き合っていきゃいいんだ?)
実はいまバッティングセンターに来ているのだって、手探り感満載。
「もう20時になるよ。帰った方がいいよ。兄さん昨日遅かったんんだし。二日連続夜更け帰りになったら姉さまだって心配して……」
「ハイ、ワンプレー300円ね?」
「あ、ちょっと、勝手に機械にお金を入れないで!」
とはいえ、だからといって俺が不安しているのをリィンに気取られるわけにはいかない。余計に心配させる。
あくまで健気で可愛い妹を引っ張る、強いお兄ちゃん宜しく。
リィンのクレームも聞き耳持たず、バッティングゲームを押し通すのだよ。
「ちょっ……」
「ちゃんと正面のピッチングマシンを見るように。よそ見してのデッドボールは、痛ってぇぞぉ?」
「もうっ!」
言いたいことはありそうだ。それでも、少しだけ怒ったように声を挙げたリィンは、やがて諦めを見せ、バットを構えた。
(うっはー。複雑。下手打ったんじゃなかろうか? 趣味が何か、何が好きかも定かじゃない。強引にバッティングゲームで押し通させたが、それで気分を害されたら今日の目的は本末転倒もいいところ)
ピッチングマシンに視線を送り、放球を待つリィンの背中を眺めるにつれ、悩みが深くなっていく気がする。
「あーもう! なかなかうまくいかねぇ!」
なかなか目論見通りに進まないことに、好き放題物事を推し進めちゃっている俺が本来イライラしちゃいけないのだろうが、頭をガシガシと掻きむしった。
「勝負だっ! リィン!」
「えぇぇっ!?」
で、結局、リィンがバットを振る背中を眺めるだけというのも手持ち無沙汰感が強くって、我慢ができなかった。
「あ、あの、兄さ……」
「ルールはとっても簡単! 胸の内に秘めた思いの丈を叫びながら、前方ネットの高いところにある的、ホームランボードに、先に打球をぶつけた方の勝ち!」
あ、リィンが頭抱えてやがる。
本当に俺をどう扱ってよいものか悩んだ顔をしている。
うん、お兄ちゃんは悲しいですっ!
「勝った方が、負けた方に好き放題命令ができるってことで! 因みに俺が勝ったら、今後10年、俺のことを『兄さん』ではなく『お兄ちゃん♡』って呼ぶこと。ハートマーク。そこが重要だ!」
「ま、また訳の分からないことを……」
「んじゃあ、勝負……開始っ!」
俺も俺で機械に300円投入する。
俺がバットを構えたところで、リィンのため息が聞こえて気がするが、うん、気ッと気のせいだよね?
◇
(今更だなぁ私)
強引に勝負に巻き込まれ、バットを構えたリィン。
ネットに仕切られた、隣のバッターボックスにいる一徹の雄たけびを耳にしながらため息をついた。
先ほどからボスッ! という強くて鈍い音が聞こえるから、どうやら一徹は空振りしまくっているようだ。
リィンと言えば、初球ジャストミート。打球はホームランボードに突き刺ささる。
それでも一切喜びはない。
(思えば、兄さんと二人で何処か行くことも、何かすることも、私、全然慣れていない)
かつての思い出を呼び起こす。
一徹を兄と慕い、妹として強く想う気持ちには偽りはない。むしろ一徹の妹であることを誇りに思うくらいだ。
(私たち、兄弟になってもうすぐ10年が経つのに……)
優しくて、面白くて、頼もしい山本一徹という兄。
それはもちろん、
(打ちのめされる。兄弟になってからの7、8年、ずっと離れ離れになっていたってことを、こういう時まざまざと思い知らされる)
二球目、三球目に続き、ホームランボードに叩きつけられる自らの4球目が落ちていくのを眺めながら、リィンはぐったり気落ちした。
いま一徹は、自分が姉と慕っているルーリィと婚約した実績があるから、リィンが彼の妹をやっていると信じているようだ。
当然だ。その様に皆と口裏を合わせて彼を言い含めていた。
本当はまるで違う。
言わないだけで、本当はルーリィなど関係ない。
寧ろ彼がルーリィと出会うよりももっとまえに、兄弟の関係になっていた。
隣のバッターボックスから、「ゴイスー! リィン! 6級球連続ホームランって! ゴイスー過ぎんだろ! ちょ!
(何が妹よ。私なんかより、シャリエールさんやナルナイ。アルシオーネの方が兄さんと長くて。私なんて本当は、小隊の中で誰より兄さんと一緒にいれた時間が短いのに……)
だから戸惑っていた。自分が、許せなかった。
妹であるということ。一徹は兄であり家族。
エメロードにもシャリエールにもナルナイにもアルシオーネにだってない。婚約者ルーリィに続いて、一徹に近い立場であるはず。
本来なら二人でいることに緊張を感じるなどあってはならない。なのに……
(私をどう扱っていいのかわからない兄さんと、兄さんに正直になれない私)
長い間離れていたのが実際だったから、二人きりの状態では、お互いどう振舞っていいのかがわからない。
(とんだお笑い。こんな兄妹がある?)
現状と現実に、嫌気がさしてならない。
(あぁ、嫌だなぁ私。変なこと考えちゃったから思い出しちゃった。兄さんを、私が殺したあの時のこと……)
「オイッ! リィン!」
「……え?」
いつの間にか自分の世界に行ってしまっていたリィン。
気を取り戻したのは、肩を思いっきり揺さぶられて、一徹に呼びかけられてからだった。
「兄……さん?」
「すっげーなお前! ワンプレー20球全弾ホームランとか! なんだ! 漫画か!? ラノベか!?」
興奮がちに笑っていた。
その言葉に、じっと彼を見つめる。次いでホームランボードに目を向けた。
「あ……」
更に、周囲に目を向けてみる。凄い数の人数が集まっていた。
「やべぇ! 20球全部ホームランってプロでも無理だろ!」や、「もしかしてソフトボールのオリンピック選手候補とか」など口々にしていて、注目してきていた。
視線に耐え切れず、グッと俯き、リィンは唾を飲み込んだ。
「リィン?」
声に対し、改めて顔を挙げる。目に入った兄の表情は少し狼狽えがち。俯いていたリィンを心配して、顔を覗き込むことで、感情をすくいあげようとしたのだろう。
「勝負は……私の勝ち?」
「あ? 打球は申し分なかったけど、叫びが足らねぇなぁ。俺は声だけは滅茶苦茶出したからな。引き分けっつーことで」
(……いけない。何やっているの私)
しかしリィンが問いかけた瞬間、急にこっぱずかしそうに、苦笑いを浮かべる。後頭部を指でかきはじめた。
『いや、どう見ても引き分けじゃないだろ』
『カッコ悪。ホームランどころか、何球空振ったのよ。やっとこさの打球だってそのうち何球が前に飛んだ? しかも全部ゴロ』
「うっさい! 外野は黙ってろ!?」
周囲から飛んでくるヤジ。一徹の反応はあからさまに大げさだ。
兄として、不安な気持ちを妹に伝えないように努力しようと取り繕っているということがありありと分かってしまう。
それが、無意識にリィンが自らの胸にあてた拳をギュウっと握らせた。
(気を遣わせちゃってる。兄さんは、私を心配して……)
「……兄さん、想った以上に楽しかったね」
勝負の結果を押し通そうとする一徹と、勝負の結果に不満の湧きあがる周囲で状況がてんやわんやになりそうだったこともある。
どうして気を使ってくれているのか、いまだわからない。
しかし、自分の為に悪戦苦闘する一徹を、リィンは見ていられなかった。
一徹の肩に手を置く。彼が振り返ったところで笑顔を見せてそう言ったのだが……
「あぁ、そういうこっちゃねぇんだよ」
それこそが空振り。
不完全燃焼。どことなく納得のいかない表情で、一徹はあらぬ方向を眺めるにとどまっていた。
◇
場所はバッティングセンターからイタリア料理店に移り変わる。
イタリアンと言えば聞こえはいいが、そこは高校生。俺の手が届く激安ファミレスタイプのイタリア料理店になる。
おいそこ、美少女と入るならもっと気の利いたところはなかったのかとか言わない!
「いよっし! たらふく食うぞリィン! 今日は俺の奢りだ! なんでも好きなものジャンッジャン頼んじゃってよ」
思いっきり開いたメニューを両手で差し出す。後はリィンが商品名を口に出してもらうという簡単なお話。
これが意外にも簡単じゃなかった。
リィンはずっと悩まし気な顔をして俺の表情をうかがってる。それに対して俺は気にしないようニッカリ歯を見せてやった。
「兄さん悪いよ。お金だって、せっかくアルバイトで頑張って稼いだのに」
「いーからいーから。んなもんなぁ、お兄ちゃん♡に任せとけってなぁ! あ、ハートマーク。これ重要だから」
「もうお店出よう? 夕飯なら下宿に戻ってからだって……私が作るし、それならお金だってかからないから」
大変に食い下がるリィン。俺への配慮は嬉しいにゃ嬉しいんだが……今日くらいはご遠慮いただきたかった。
背筋ビシィっと正して、バッと勢いよく手を挙げる。店員さんの『はい喜んで!』という声を聞いた時、リィンは目に見えて慌てていた。
「兄さん!?」
短い悲鳴。メニューをがっしり開いている俺の両手首に自らの両手で握ってくるくらいだが……ハッ! そんな呼びかけ、右の耳から左の耳へってもんだ。
「とりま、ここら辺全部お願いします」
『はい喜んで!』
ドリヤだパスタにピザなんか。腹に溜まる物オールスターズとでも言えばいいか。アルコール。デザート以外のすべての料理を一息でオーダーしてやる。
上客とでも思われたのか、注文を取りに来た店員さんの笑顔も浮足立っているように見えた。
「兄さんっ!」
定員が厨房にオーダー伝えるため姿を消したところで、改めて叩きつけられた強めの呼びかけ。
「なんでそんなに! お金だって無駄になって!」
「強いて言おう。リィンのせいかな」
「さっきも聞いたよ! ちょっと待ってよ。いったいどうして……」
「だってリィン。何が好きか、どれを食べたいかって提案を、なーんも出してくれなかったもの。なら、俺が決めるしかねーべ?」
「だからって全部は非常識じゃない!」
(お?)
「怒った怒った!」
「なんでそんなに笑って……もうっ!」
いんやぁ、あれね。こう、女の子に無理させて怒らせる。特に相手が美少女なら、その怒った顔は胸に来る。
……今日の俺にとっちゃ、その限りではないのだよ。
「いーじゃないいーじゃない。俺がしたくて金出してるんだし」
「それが私のせいだというから……もういいっ!」
寧ろウェルカムと言っていいはずだった。
「……また、耐えたか」
リィンはまた、耐えちゃった。耐えなくても別によかったのに。
やっぱり俺の見立ては正しいと思う。
こんな俺の妹分を務めてくれるこの娘は、きっと……
『お待たせしました! 骨なしフライドチキンのポテト盛り合わせ。Genovaエスカルゴ。チョリソーとハーブソーセージのハーフ&ハーフに……』
「お、きたきた! 早速頂こうぜ!」
少しだけ憤慨して、抑え込んでからしばらく。
釈然としない表情で俺を睨みつけるリィンとの気まずい空気を、
とはいえ逃げ場もないことでやるせない気持ちは募るというもの。激安イタリアンファミレスの御馳走がやってきたことで、それに飛びついた。
「なぁに我慢してんだ。家帰ったところで、もう10時は回ってる。そこから飯食うつもりか?」
「兄さんがそれを望むなら」
「俺のせいにするなよ」
「なっ!」
(俺が望むなら……か。ま、そういうだろうと思ったよ。なんてったってリィンだからな)
「お前はどうしたいんだ?」
「私なんかどうでもいい。トモカさんだって今は赤ちゃんも生まれてつきっきりになって。私たちに食事を作ってくれる時間もない。だったらルーリィ姉さまやエメロード様だって今日夕食をとれているかどうか……」
「そうだな。確かにトモカさんが赤ちゃんに手を取られてからというもの、下宿の厨房はリィンの領域になりつつある。とは言ってもなぁ」
(当たり前のように自分を犠牲に出来る娘だから。常に俺や誰かを優先できる娘だから)
「下宿に帰る。食事を作ってもらう。なら11時か? いや、それよりももっと遅く……いや、考えすぎか? やめようぜこの話」
「そ、そういうわけにはいかないよ!」
「言ったろ? 今日はお前以外のことを考えるの禁止って」
「だけど!」
「みんなの食事のため、下宿に帰ろう……か。今度は小隊皆のせいにするつもりか?」
「ッツ! そんなつもりは……」
「それにアイツラだってガキじゃないんだ。腹減ったなら食い物くらい何とかできんだろう。って、どーかな? ルーリィの料理は旨いし。計量をきっちりこなすから時間はかかるけど。アルシオーネとナルナイは味覚が違うし。エメロードみたいなお嬢様然に料理が出来るとは思えんか。シャリエール……教官仕事の後に料理させるのは気が引ける」
「ホラ、だったら……」
「ま、でも皆カップラーメンくらいなら危なげなく作れるわけで……」
「……どうしたの? 今日の兄さん、言い過ぎ」
言い過ぎとか言われてしまった。
正直なところを言おう。AKYで、その様に振舞っていた。
どのタイミングでこんな突拍子もなく極端な目的が生まれてしまったかわからないけれど、俺は、どういうわけかリィンの事を怒らせたかった。
怒らせたいというか、怒らせなきゃならないかなぁなんて思っていた。
さっきから俺の計算通りに上手いこと物事が進まなくて、俺が感じ始めた若干の焦りとイライラが、リィンを煽るいいスパイスになった。
一応これらすべて、俺にも考えがあるつもりだ。
俺たちは兄妹であるはずなんだぜ?
兄妹なはずなのに。どこまで行っても今日の俺たちはすれ違ってばかり。
というか、今日だけじゃない。もしかしたら俺たち二人は、あの夏祭りの事件で出会ってから今日まですれ違ってばかりだったんじゃないかとすら思っていた。
お互いを理解できていないというか。
記憶をなくす前の俺が結んだルーリィとの婚約に、いまの俺が混乱しなくなったことで、リィンを改めて妹としてみることにしたからとかそういうのじゃない。
出会ってすでに4か月。俺もリィンを妹としてみようと、誇れるとまではいかないが恥ずかしくない兄でいようと思うところまでは来ていたんだ。
とはいえ、俺が記憶を失う前から俺のことを知っていたリィンは違うかもしれないけれど。少なくとも兄貴であるはずの俺は、妹であるはずなのにリィンのことを全く理解できていなかった。
当然だ。
これまで俺は、リィンから
ルーリィのために。エメロードのために。俺のために……
自己犠牲? 奉仕の心? ご立派だ。
だけどさ、家族や兄妹を自称するなら、その関わり方は限界があるようにも思えた。
俺や誰かのため、
今日はクリスマス週。
折角のリィンとの一日。笑顔で楽しくよろしく過ごせるならそれはベターだ。だけど、そうならないならそうならないでも構わなかった。
(感情が爆発するならそれでもいい。そうしてやっとリィンの胸の奥に隠れているものがさらけ出されるから。本心が、俺にもわかるはずなんだ)
やりすぎ。
確かにそう取られても仕方ない。
ただ、こうまで来てしまったとき、とある一つの記憶について、変に納得したことがあった。
(あぁ、だから……あの時、《柔道少年一徹》のお兄さんは……)
かつて夢の中で見た記憶。
《柔道少年一徹》は、突然殴りこんできたお兄さんと殴り合いの喧嘩に発展した。
(普通にやったら、弟である彼が本心を明かさないと考えたから……)
きっと弟に喧嘩をけしかけたお兄さんの行動は、お兄さんにとってもいっぱいいっぱいで最後の手段だったのかもしれない。
(結果的には上手い事収まったみたいだけど。さて、同じような流れが、俺とリィンの義兄妹という間柄にも生まれるといいんだけど……)
俺の行動も、記憶のなかの《柔道少年一徹》のお兄さんの行動も少し似てる……けれど、だからと言って同じ結果に至る保証はない。
最悪、関係壊滅というリスクだってないわけじゃない。
(あぁ……ったく、リィンの奴。俺の魂鷲掴みにするような思いつめた貌見せやがって)
折角の妹とのデートの日。
しかしこれまでの流れは最悪だ。
もし、本当に喧嘩に発展したら、俺はどう感じるだろうかいまだに予想できない。
美人はどんな顔しても美人ともうしませう。だけど、それでもやっぱり、リィンのそんな顔、俺だってみたかぁねぇ。
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