第115話 共同戦線。大切な女性から、かつて全てを取り上げたクソ野郎に復讐を(上)

『ささ、もっと行ってもっと!』

「だ、旦那さん。もう2、3杯飲みましたから。っていうか俺、まだ未成年ですよ(滝汗)」

『僕に任せておきなさい。保護者がいれば大丈夫っ! 何よりこの店は気心知れたマスターの経営だし。常連客ばっかり! パパラッチが密かに入店して隠し撮り……なんてことも心配ない!』


(そ、そういうこっちゃないんだよなぁ……)


 あぁ、なんという事でしょう。


『何ならタバコの一本や二本、君が吸ったって多めに……』

「あ、いや。それを勧めるのはさすがに、旦那さんがトモカさんに怒られますよ? 『体に百害あって一利なし』って!」

『そう! そうだよ! だから僕もこれまで一度も吸ったことないんだ!』

「だったら勧めないでくださいよ!」


 旦那さんは、もうシッカリ酔っ払って出来上がっておりました。


『いやぁ。にしても徹君は、ラブワイフトモカさんのことをよくわかってる! ときどき嫉妬しちゃうな。もしかして君は、全男子の夢、ハーレムを実現しながら実は、トモカさんを狙っているなんてことはないだろうねぇ! えぇっ!?』

「な、なんてことを言うんですか。折角赤ちゃんも生まれたばかりでしょうに」

『そう! そうだよぉ! 僕とトモカさんの子供だ! 君の子じゃないんだぞぉ!?』

「あ、当たり前じゃないですかっ! んな大問題!」


(め、面倒くせぇっ! 酒入るところは見て来たけど、ここまで酔っぱらうとこうなるのかよっ!)


 ルーリィが三組連中と、病院を離れてほどなく。入院中のトモカさんの傍にずっとついていた旦那さんが、俺のことを迎えに来てくれた。

 その足で、二人で居酒屋に入ったのだが、一時間もしないうちにゴキゲンになってました。


 そりゃそうだろよ。パカパカ飲んでたもの。

 結構に酒豪だとは聞いていた。だが、未成年の目から見ても、強そうな酒を、凄いペースで行っていた。


(下手したら、鶴聞に逃げ出した時に出逢った止水さんのペースより……って、違うか。あの時のことは、俺の勘違いだったんだっけ?)


『ンフフ~徹君!』

「な、なんでしょうか?」

『きっといいお兄ちゃんになってね! いや、絶対になっちゃうか! なにせ僕とトモカさんの娘だもの。絶対に可愛い娘になるに決まっている!』

「それは、もちろん家族の一員と言ってくれたお二人の娘さんですから。俺だって……」

『いや語弊があったね。すでにウチの娘は世界一可愛い。それが世界一の別嬪さんに今後なるんだよぉ!』

「……旦那さん。俺の話、届いています?」

『あ! でもね、娘はやらないよっ! 僕たちは確かに家族になったけど、君と娘で夫婦家族なったという意味じゃないんだからね! その辺は勘違いしないように!』

「っだぁぁぁ! 面倒くせぇっ!」


 最初は何とか胸に留めていた「面倒くさい」が、ついに俺の口をついで出て来ちゃうほど。


(ま、ただね……)


『いやぁ……くふふぅっ! また、一つトモカさんの新たな一面を見つけてしまったぁ♪』


 顔を酒で真っ赤に、ときに奇声を上げ手放しで笑う旦那さんが、微笑ましくも思えた。


(幸せを噛み締めているというかぁ。本当に旦那さん、トモカさんのこと大事にしてんだな)


 当然と言えば当然か。

 二人は結婚して、だから旦那さんは旦那さんしていて、トモカさんは奥さんをしているんだから。


 いや、別に当然でもないか。

 夫婦でありながら、関係が悪いなんてケースは結構多いかもしれない。


 そう思ったら重畳ちょうじょうだ。


 交通事故で記憶を失って家族を亡くして目覚めた俺にとって、トモカさんは間違いなく人生最大の恩人だ。

 いい旦那さんがいるのはもちろんわかっているうえで、あの女性ヒトには、本当に幸せになって欲しい。

 家族の為なら、人格豹変するほど思い入れが持てるこの男性ヒトが、トモカさんの旦那さんでよかったと、その浮かれようを見て思った。


『んーふふ。今年はぁ……良い一年だったなぁ。人生最良……おっと、違う違う。毎年前年の3割増しで良くなっていきたいねぇ。来年は今年より、もっともっと良い年にしていこうね徹君?』

「ハハハ。もう来年の話……って、そうか。なんだかんだ言って、もう12月が近いですね」


 お猪口をくいっと煽って、底をテーブルにたたきつけた旦那さん。

 お酒臭い、熱い吐息を漏らすとともに、焦点のあっていない目と、へべれけな笑顔が俺を捉えるから、苦笑いしか出てこなかった。


『う~ん。来年はぁ、激動の一年になるよ?』

「そーですかね?」

『そうだとも。今年も激動だったけれどね。君が新たに家族になって、娘も生まれた。君を慕って女の子たちが集まった。でもね、君は今年が士官学院最終年だ』

「……そういえば」

『学院を卒業したら、君は正規魔装士官になるのかな? 配属される駐屯地の兼ね合いもあるだろうし』

「もしかして、俺の三縞みしま市から離れる可能性についての話ですか?」

『君が離れて、ルーリィ君もこの町から離れるのかなぁ?』

「まぁそのあたりは……ちょっとわかっていないんですよね」


(俺だけに関しちゃ、全力で《対転脅たいてんきょう》のトップに嫌われてるっぽいし。就職……無理じゃね?)


 何となく言いたいことは分かった。

 

 旦那さんにとって、今年は相当に激動だったに違いない。

 今年に入ってから旦那さんの周囲に、俺や小隊員の彼女たち。そして娘さん。一挙8人増えたのだ。


 生まれたばかりの娘さんとはこれから少しずつ慣れていけばいいだろう。

 問題は俺たちの方か。

 この数か月間で、俺たちと共に暮らし、俺たちがときどきホテルの手伝いに入ることに、旦那さんも慣れていたようだった。


(仮に俺とルーリィがいなくなったとして、エメロードやリィンが、来年新たに入学する一年坊を率いて、小隊を回していくのかな? そうなるとこれまで通りとはいかなくなるか? 温泉宿の手伝いとか。下宿での生活とか)


 もし俺たち三年生が晴れて卒業ができて、そのまま就職の流れによって、三縞市から離れたとするなら、この半年以上で旦那さんもせっかく慣れてきたであろう生活サイクルはなくなってしまう。

 

『徹くぅん?』

「なんです?」

『もし、就職ができなかったら、いつでもウチに戻ってきていいからね。本格的にホテル手伝ってぇ?』

「それなら学院は別として、下宿内の人間関係はほとんど変わりませんし。であれば、やっと旦那さんも慣れてきた今の生活サイクルを維持したまま、スムーズにやっていけますね」

『お? 君、そういうところは鋭いよねぇ。まぁでもね、それ以外にも理由はあるんだ』


 どうやら、俺の予想はピタリだったらしい。

 「バレたか」と言わんばかりにニシシと歯を見せた、酒に酔った赤鬼さん。


「あ、ちょっ。だから俺はこれ以上酒は……」

『ま、いいじゃない。ちょっとね、深い話になるよ』


 不意に、日本酒が入ったお銚子を、俺のお猪口にかたむけてくる。

 その時の旦那さんは、優し気な眼差しながら、表情は寂しげなようで。笑っているようにも見えて。はたまた、何も感情を浮かべていないような貌を見せるものだから。断れなかった。


「君がいるとねぇ、トモカさんは……次々とこれまで見せたことない表情を見せるんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「……先におことわりしておきます。本当に俺は・・・・・トモカさんとそういう関係じゃ・・・・・・・・・・・・・・……」

「分かってる。そうだったらとっくに叩き出しているし。それに君には、君が絶対に裏切れない・・・・・・・・・・彼女お目付け役たちがいる」


 一瞬、言われたことにドキリとしてしまって、緊張に押されるように注がれた日本酒を飲みほした。

 喉を熱いものが一筋通るのを感じながら、深くため息をついたところ。優しく語り掛ける旦那さんは「まぁまぁ」という言葉と共に、改めてお替りを俺のお猪口に注いできた。


『徹君は、トモカさんのことをどんな女性だと思う?』

「え? 優しくて、明るくて、綺麗で気立てがよくって……」

『そっけなくて、とても暗くて、ノーメイクでね。細かいことに気が付くけど、それが却って『自分は仕事ができる。他と違って』なんて印象を周囲に与えてしまった』

「え? あの、何を言って……」

『それが、出逢った頃のトモカさんなんだ』


 不意に聞かれたから、返した。

 しかし即答で示されたのは、俺が口にしたこととはあまりに真逆だったから、息を飲まされた。


『ちょっと昔話をしようか。3年くらい……前のことかな』


 テーブルに出された料理の、薬味ねぎを箸で摘まんで口に入れて、旦那さんはゆっくり口を開いた。


『まだ僕がホテルを継ぐ前。各地の旅館のサービスや、地方観光戦略を学ぶため、旅行代理店に勤めていた。そこへ転職したのが彼女だった』


 理解できなかった。

 陰鬱なイメージ。「あのトモカさんが?」と思わず口に出そうになった。


『化粧っ気はほぼゼロ。太い黒ぶちの眼鏡なんかかけ、感情表現も乏しい。会社の制服も色が明るい方じゃなかったから、一層暗く映って』


 そりゃ、俺だって曲がりなりにもホテルの手伝いをやっている身。旅行代理店のOLさんで、知り合いだっている。

 それゆえ、その仕事のイメージをするのは容易だった。

 

 そこに、俺は俺の知るトモカさん像を当てはめた。ピッタリじゃないか。

 お客さんがやってきたら、明るく懇切丁寧に、フレンドリーに商品説明や提案なんかしている。

 きっと社内外からの評判だっていいに違いない……はずだった。


(違うだと?)


『僕の会社で4社目だった。何でも彼女は、人づきあいを全くしなかった。興味のあるそぶりすらなかった。でも、キャリアがあったから仕事はできる。人間関係で揉めに揉め、転職を繰り返した」


 絶句を禁じ得ない。

 

 というか、ベイビー誕生に俺も浮かれまくっていた。

 そこでこんな話、気分を急転直下させるものだ。


『で、その問題は、僕の会社でも起きたわけだけど。それがねぇ、僕がらみだった』

「……あ゛?」

『うん、徹君? 行けないよ? そんな目で保護者を見るのは。完全に僕の心臓射抜くレベルだよ?』


 話を聞いて、俺がトモカさんを心配しないわけがない。

 その流れで、いきなり旦那さんが問題発言かましたのだ。視線向けないわけがない(知らずのうちに目つき悪くなったのは申し訳ないが)。


『何を隠そう。僕は前の職場でモテて……うん、もう一度言うよ? そんな目で保護者を見るもんじゃないよ?』

「これから紡がれることと内容次第では、旦那さんの見方が変わっちゃいそうなので」


 いかんいかん。

 知らずのうちに悪くなってしまった目つきは、一層悪くなったようだ。


『手当たり次第女の子にちょっかいかけてたとか、そんな君みたいな感じじゃないよ・・・・・・・・・・・・僕は。会社で交際に発展したのもトモカさんだけなんだ』

「グファッ!」


 とか思ってたら、やり返されてしまった。

 って言うか「俺みたいって」、旦那さんも、酷くね?


『数年勤務して、各地の観光戦略をあらかた学んだら、ホテルに戻ろうと考えてたから。ホテル御曹司と思われたんだ。そういうステータス目的の女子社員が多くて』

「それとトモカさんの人間関係が悪くなったってのは……まさか、交際状態に発展したからですか?」


(いや、もし旦那さんの言うとおりなら、当時のトモカさんが誰かと付き合うこと自体、想像できないんだが)


『僕が仕事で、あまりにもトモカさんを頼っていたからなんだよねぇ』


 自分の盃が空になると、間を置かずお銚子を傾ける(手酌)旦那さん。一飲みし、ため息をつき、再び盃を満たしていた。

 そして開いた手で頬杖をつき、遠くを見やった。


『仕事が早くて丁寧で。僕より二つトモカさんは年上なんだけど。そういうところもあって、社歴は僕の方が上なのに、凄くお世話になった。仕事で絡むことも多くなって。それを、他の女子社員たちは勘違いした』


 面倒くさい話。


『……会社内いじめが始まってね』


 きっとそういう事なのだ。

 思い出している旦那さん。彼の見せる表情が、それをありありとわからせる。

 俺にはそれに対して何も言えなくて、ただ、お猪口の中身を少し舐めただけにとどまった。


『でも彼女も4社目だ。三十前半にも至っていたことで、なんとかその会社で頑張ろうとしていたけれど。無理が祟って倒れてね」


 ……酒より、水が欲しい。

 あの女性ヒトを苦しめる存在がいた。耳にするだけで、体は熱くなった。

 血の巡りがよくなっているのだろうか? それは、アルコールによるものもあるのだろう。


『目の前で倒れたとき、慌てたよ。上司に無理言って、彼女の自宅まで送って。恥ずかしい話、僕もまだこの時まで、いじめにあっていることを知らなかった。そして……見てしまった」


(あ……)


 冗談抜きの表情。机挟んで向こう正面から、俺の目を見据えていた・・・・・・・・・・

 話し始めたのは旦那さんの方からだ、だがどこか、「覚悟して聞いてくれくれ」と言われている気がした。


『ゴミ溜め部屋』

「……えっ?」

『その名の通りゴミにあふれた、およそ女性の住む場所に似つかわしくない、異常な光景』


 あまりに衝撃的な発言。

 俺は言葉を失っただけじゃない。キーンと、耳鳴りすら覚えた。


『おかしいと思った。送る途中、『ここまででいい』と拒絶されて。彼女の腕を離す。でも立ち上がる力はない。また腕を引っ張り上げる。繰り返しながら彼女の自宅に近づくにつれ、錯乱すらし始めて』

「あ……え?」

『申し訳ないというのを承知で最後まで送り届けた。彼女の、部屋に、立ち入った』

「そんな……」


(あのテキパキしたトモカさんが。あり得ない! ゴミ屋敷!?)


 炊事洗濯家事掃除。なんでもござれなのが、トモカさんの印象だった。


『洗い物の溜まったシンク。いつから放置されたのか、食べ物の残りカスからは腐臭が……やめよう。食事中だ。コンビニ弁当なんかのプラスチック容器は、ゴミ袋に入ったまま……」


 作ってくれるご飯なんて、すっげぇ美味しくってよ。

 旅館で女将としてバリバリ働いて、その合間の時間を使って、母屋内の家事を手早く、しかし確実にするような人。


『締め切ったカーテン。洗濯物なんかは、下着ですら適当な部屋干し。部屋中黴臭さが漂って。仕事とは打って変わった堕落しきった生活環境。あの落差、干物女子の範疇をとうに超えていた。女性らしい部屋とは……いや、それ以前かな』


 いつもの、ハツラツとした笑顔のトモカさんの顔が思い浮かんだ。

 一方で、話に出てきたゴミ屋敷もイメージしてしまった。


『生きてる人間の部屋には思えなかった。活きていない・・・・・・といった方がいいね。人は生きるため、食べるため、プライベートをより充実させるため仕事をするはずなのに』

「トモカさんは……私生活で死んだような……」

『というより、生きることを放棄した・・・・……』

「う、うっぷ……」


 そんなことを考えてしまったら、突然胃から胸に、喉元にこみあげるものがあった。

 慌てて手で口元を抑えにかかる。あと少しでもショックを受けたなら、せりあがったものを噴出してしまいそうになった。


『ゴメン。ごめんね。部屋についての話はここまでにしよう』


 それに慌てたように、旦那さんが身を乗り出す。俺の肩に手をのせた。


『いつも仕事で頼ってしまっているトモカさんには強い恩があった。そのような光景を見せつけられた。気になってしまった。この女性ヒトを、このままにはできないって』


(あぁ、そうか。この人……)


 先ほどの、酔っぱらいの浮かれた顔はいまはない。


『別に、プライベートなら仕事ほどにきっちりしなくてもいいとして、限度がある。思ったよ。『何か理由があるんじゃないか』って』


(それでトモカさんを、意識し始めたのか)


 真剣な顔の中に、覚悟を決めた色。


トモカさんを好きになって・・・・・・・・・・・・トモカさんが・・・・・・……旦那さんを好きになって・・・・・・・・・・・……)


 何だかな、この感情。

 今日、旦那さんと飲み始めてから、喜怒哀楽は、目まぐるしく移り変わった。


 そしていま、感じるのは、ポッカリと胸に穴の開いたような……


(二人の……始まり……)


 多分・・そういうことなんだと思う・・・・・・・・・・・・


 俺の周囲には、いまの俺を俺として認めてくれる、ルーリィやシャリエールたちがいてくれる。

 だから、これまでとても良くしてくれたあの女性ヒトを、無意識中に仲のいい、一保護者として見ることができた。


(本当に、節操ないよな俺って。ルーリィがいてくれて。シャリエールがいてくれて。あんなにナルナイは俺のことを慕ってくれる。小隊アイツらが、俺のことを心配してくれるっての、わかってる上で、そんなこと、想っていたんだな)


 それ故、ここまで改まった話を、しかもルーリィたちがいないところで聞いたからか。今更ながら、俺は、叶うはずのないの気持ちに、気付いてしまった。


(俺、トモカ姉さんの事、好きだったんだ……)


 この寂しさが、きっと、失恋と言うものなんだろうか。

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