第91話 あの方には何か別の将才を感じます♡ 真価を見定める好機かと♡
「そこをどきたまえ」
『あら、それは無理なご相談ですわ♡』
大講堂から場所は変わる。三縞校の学院長室前。
文化祭最大のVIPである《対転脅》の山本長官は、待機していた学院長室から大講堂に向かうために出たところで、ある人物に阻まれた。
「どけと言っている。これほどの騒ぎ、どう収集するというのか」
『何とかいたしますでしょう♡ なんといっても、今回の主役は三年三組になったのですから♡』
大講堂に急ごうとしたのは、《ゲームマスター》の声が、現在町内放送だけでなく校内放送でも響き渡っているのを認めた故だった。
「君は……石楠グループ会長付きのメイドだな?」
『はい♡ 巷では、《美女メイド》さんと呼び慕われておりますわ♡』
行く手を遮るのは、美少女美人に囲まれなれている一徹をして《美女メイド》と言わせしめる、灯里と関係の深い彼女だった。
「《人魔の暁》だけなら私も動くことはなかった。しかし騒ぎの中心は……いや、ここで話していても埒が明かない。それでも立ちはだかるというであれば……」
声に苛立ちをはらんだ瞬間だ。
長官の後ろから、体格も背丈も立派な、黒服サングラスのボディーガードが数人姿を現した。
指の骨を鳴らし、首の骨を鳴らし、圧倒的体躯による立ち姿だけで、細身の彼女を威圧する。
『フフッ♡』
しかし……
『足りませんわぁ♡? まさかたったそれだけの人数で、《天下一魔闘会》優勝者を押し通るおつもりでしょうか♡?』
反対に長官とボディガードの男たちの方が、彼女が声を発したと同時、あたりの空気が5度ほど冷えた印象を受けた。
笑みには違いない。だが、細めた目はさながら獲物を定めた肉食動物かのよう。
テーブルマナーセットを裾から取り出し、構えた彼女の気当たりの凄まじさ。男たちを怯ませるほど。
「通したまえ。君とてこの状況がどれほど異常かわかっているはず」
邪魔者に対し、山本長官は呆れたような、ため息がちに口ずさむ。
それでも彼女の余裕は変わらなかった。
「あってはならない。訓練生の……
『少なくとも、前例はありませんわね♡』
「どうするという。それは避難員たちの恐怖をあおる真似に他ならない」
『意外と、好反応のようですが♡』
「それに訓練生の命がけの作戦活動を見世物にする。不謹慎以外の何物でもない」
それこそが長官が昂り、大講堂へ急ごうとしている理由。
彼の立場からすると、絶対に見過ごせない状況が大講堂で発生していた。
「なぜ私の前を阻む。あの中には灯里嬢もいるはず。見世物にされることを、石楠家に関わる君がよしとするとは思えないが?」
『確かにその問いには、答えにくいところもございますが……』
長官のいう事も一理ある。
それでも、状況が硬直状態から動くことはない。
『三組の作戦ですから。私たち外野が手を出すのは筋違いというもの♡』
「何を言っている。だから先ほどから三組だけならと……」
『いえ、わたくしから見ますと、
「そうは思えないが?」
『私もそう思うようになったのは、
「刀坂君より? まさか」
優雅な立ち振る舞い。
テーブルマナーセットを武器として握る、違和感をまき散らす彼女は、口にしながら一歩前に出る。
『もしかしたらいまがその真価を見定める好機なのではと♡』
「見定める……かね?」
『あのとき、確かにあの方は意識をなくされた♡ にもかかわらず私を倒した♡ 気絶中に表面化したのは、体に染みついた戦いの
「何を言っている?」
『そしていま、そんなあの方は
「言っている意味が分からないな。あれは三組には場違いな落ちこぼれだ」
『そうでしょうか♡? 使命感と、困難を打開し前に進む鉄様とは違う。冴えわたる知略と人望で忠誠を誓わせてしまう、こちらの生徒会長様とも違う。山本様には、何かそれとは別の将才を感じます。
「それは、あり得ないことだ」
「そう思われるでしょう♡ 一回戦、貴方様も三組の皆様も客席にいませんでした♡ 知っているのはフランベルジュ教官と小隊員の皆様だけ♡ 誰も知らない
話ながら、彼女はまた一歩前へ出た。
『邪魔をなさるというのであればまず、この私を倒してからにしていただきたく♡ 如何でしょう♡?』
「ぬぅ……」
そのプレッシャーに押され、長官をはじめ、その前に出ていたボディーガードたち全員が動くことは出来なかった。
◇
〘あぁっとこれは凄いっ! 《王子・ショタ》小隊! またもや合計討伐数が一位だぁぁぁぁ!〙
【やるな《王子》!】
【フン。大会での借りは、いまこそ返させてもらおう《主人公》っ!】
〘どうやら《王子》様。先ほどの大会で《主人公》に負けたことが腹に据えかねたご様子! なんとも肝っ玉が小さいですねっ!〙
【後で覚えとけ《ゲームマスター》。貴様の代わりに、俺はクラスメートに八つ当たりしてやる】
(うげ、それマジ勘弁)
会場に対するアナウンスは、校内放送や町内放送で広く届く。
しかしそれに対する反応は、インカムを通して俺だけじゃない、全訓練生に聞こえてしまう。
ゆえに辛辣な言葉は、俺にとって公開羞恥、吊し上げを食らっているようで、結構胸に来た。
(でも……それでも……)
〘おぉぉぉっ! 皆さんいまの《猫・縁の下の力持ち》小隊の場面をご覧になりましたでしょうか!? 《ディレクター》! リプレイとか……マジッ!? 出来んのかよヤバくねっ!?」
『ねぇ……あれ……』
『すっご……5体一斉にとか……』
(それでも、少しずつ……)
それでも、俺の思惑は少しずつ、避難員に届いているみたいだった。
〘スィー・セニョリータス・アンド・セニョリールス(見ましたかお嬢さん方お兄さん方)! マッソー《縁の下の力持ち》とマッソー《猫》の連係プレイ! これです。これがあるんです! ムムゥッ!〙
【ん、ゲーム開始から40体撃破、今どんな感じ?】
【暫定3位といったところか。《主人公・ヒロイン》と《王子・ショタ》の争いが激化してる】
【フン。まぁ俺たちの小隊には、優秀な二年生が揃っているからな】
盛大にアナウンスをかけて、それに対して三組連中の反応が返ってきて、そして……
『綾人様。綾人様頑張って……』
『怪我しないでぇネコネたぁん……』
『か、かっこいい……』
男性だけではない、女性も、子供も。
それこそ、俺がはじめに言った「レイディ―スエンドジェネメン! ボーイズアンドガールズ! お爺ちゃんそしてお婆ちゃんも」の通り。
ゆっくりと、だが、確実に、会場内の老若男女すべてに、英雄三組連中の必死な活動について染み渡っているようだった。
【トリスクトから《ゲームマスター》へ。《主人公・ヒロイン》小隊の映像はちゃんと届いているかい?】
【《ゲームマスター》様へ。《政治家・委員長小隊》によって、新たな討伐をたったいま確認しました】
【アルシオーネ・ナルナイ班。《猫・縁の下の力持ち》小隊の二人の動きが激しすぎて、カメラに収まらねぇ。どうすりゃいいかな《ゲーム師匠》!?】
【《ゲームマスター》さん、エメロード・リィン班よ。《王子・ショタ》小隊を撮影しながら私たちも討伐してるけど、周囲は片付いた。次のポイントを指定してちょうだい】
……これが、俺の大きな目的だった。
ただ彼らの手で、アンインバイテッドを討伐するだけじゃない。
実際にその姿を避難員に、スクリーンに転送した映像として見せることによって「魔装士官は強いんだ。だから皆さんは心配しなくていいんだ」という事を伝えたかった。
だから競走馬に仕立て上げた三組連中に、トリスクト小隊を解体して隊員それぞれ撮影員兼、討伐協力者として随行させた。
『い、いけ……マッソー《委員長》』
『頑張って。マッソー《主人公》』
さながら、勇気を奮い立たせて戦う彼らの後ろ姿が、子供たちには特撮戦隊のアクションムービーにも見えているかもしれない。
(少しずつ、この避難所の空気は、変わりつつ……あるか?)
一歩間違えれば、アンインバイテッドによって訓練生が殺されるショッキングな映像が映ってしまうのは分かっていた。
それをおしても、敵勢力を圧倒する場面をもって、避難員たちを勇気づけかった。
リスクヘッジさ。
だから
正直自己嫌悪が酷い。
大切な存在であるトリスクトさんたち、憧れの存在である三組全員。
俺に、あんなに良くしてくれた彼らの命を俺は弄び、死の淵で踊らせている。
そんなことはわかっていて、吐きそうだった。
『うん、いま大型スクリーンの勢力図表に更新入ったのを確認したよ。また逐一情報をお願い。それで……《パニィちゃん》から《王子・ショタ》小隊へ。ポイントB17に急行をお願いします!』
【《王子・ショタ》小隊。了解した!】
『生徒会から35小隊へ。《王子・ショタ》小隊掃討済みのポイントC18に向かってください。付近のホール封印をお願いします』
それでももし、避難員のストレスが爆発してしまったら、パニック現象が起きてしまったら、作戦展開中の訓練生たちにとって後顧の憂いになりかねない。
そのために、まずは不安の火種が大きく燃え盛ってしまうリスクを、なるだけ早めに何とかして断ってしまう。
思い残しは、彼らが存分に力を出し切る際の邪魔にしかならない。
『生徒会から、討伐・封印作戦を展開中の全小隊に通達。敵勢力密集地に三組小隊を向かわせます。掃討完了後、三組小隊は別密集ポイントに移動させます。その場に残されたホールの封印を三年一組、および二組小隊で行ってください」
その空気の変わり目を、《パニィちゃん》も感じ始めていたようだった。
はじめこの場に立たされ、不安する避難員たちを遠慮がちに見ていた彼女は、いまや討伐作戦の指示を出すことに集中していた(腕でオッパイはガードしたままだし、三組以外に対しては《パニィちゃん》ではないんだが……)。
(と、ただ指揮に専念してもらうなら別に、生徒会室でもよかったんだが。
〘あぁ! 凄いっ! 凄いぞマッソー《政治家》! どうして普段はそのカッコよさが見えないのかっ! マッソー《委員長》のサポートも冴えわたる! 《政治家・委員長》小隊も負けていないぃぃぃっ!〙
【色々っ異議を申し立てるぞ!】
【《委員長》から《パニィちゃん》へ。次の密集地をお願います】
《政治家・委員長》小隊の活躍も煽ってやった。
どうやら彼らも、現在いるポイントのアンインバイテッドを軒並み討滅したようだった。
『あぁもう、何てこと。悔しいなぁ……』
「あん? 《パニィちゃん》なんだよ」
『何でもないよっ♪』
《委員長》からの報告を耳にして、《パニィちゃん》はなぜか俺をジッと見つめ、悔しそうに笑っていた。
『《パニィちゃん》から《政治家・委員長》小隊へ。それでは次は、ポイント……』
そして大型スクリーンの勢力図を目に、ピンマイクに向かって指示を出した。
【こちら生徒会対策本部大講堂スタジオから、会長と……クソ野郎へ】
「く、クソォッ!?」
と、そこでだ。
討伐状況情報の収集と、報告を担当する生徒会の人間の声が、俺の耳を刺した。
【展開中全ホールの25%の封印が完了。討伐スピードが、アンインバイテッド転召スピードを越えてきた】
『討伐進捗はどうかな?』
【現時点で、総転召数の40%強ってところだ。三組の小隊だけじゃない。一、二組の小隊も、討伐スピードが上がってきて……】
(いいね。三組全員、気持ちが乗ってきてる。そしてアイツらからの報告を聞いて、他の全小隊が触発されているのか? 俺の目論見も、少しずつ機能してきた。だったら……)
入ってきた情報は、間違いなく状況の好転だった。
「《ゲームマスター》より、トリスクト小隊全メンバーへ……」
だからこそここで、彼女たちに呼びかけるためにピンマイクを取った。
そろそろ……目論見の第二フェーズに移るときが迫っていたのだ。
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