第90話 巨乳ウサギと局面支配の《ゲームマスター》
〘それでは、まずは前方のスクリーンをご覧くださいっ!〙
ここに収容されている避難員たちが、どんな思いで駆け込んできたのかはわかっているつもりだった。
それゆえの、どうなっているかわからない困惑気味な気配がムンムン集まっているのも感じた。
構わない。
俺に集中するなら、司会としてマイクパフォーマンスで促し、別の物に注目してもらおうじゃないか。
〘業務連絡~業務連絡ぅ。《ゲームマスター》から《ディレクター》へ。スクリーンへの映像表示どうぞ!〙
高らかに唱え挙げる。
途端だ。
『えぇっ!?』
ワァッと避難員一同が声を上げると共に、隣の《パニィちゃん》が驚きの悲鳴を上げた。
〘ハァイ! こちら三縞市を上空から見た地形図になっておりますっ。二重丸が
『ちょっと待って? これ、現作戦の勢力図じゃ……』
〘本ハンティングダービーは、青丸訓練生が、見事赤丸ダミーアンインバイテッドを打倒し、ダミーホールを封印する
驚かれようが構わない。畳みかけた。
なんというか、《非合法ロリ生徒会長》as《パニィちゃん》も唖然としていて、手持ちマイク持っていることなんて忘れているのか、力なくぶら下げたまま何やら呟くくらいだから。
避難員たちはそれ以上に混乱しているに違いない。
少しでも勢いによって、彼らの不安を押し流してしまいたかった。
〘その中でも選りすぐりの訓練生による、それぞれの討伐総数一番多い小隊を、ゲストの皆様には当てていただきたいと思いますっ!〙
人差し指を上にクイッと上げたのが合図。大講堂内は、またアップテンポなBGMに包まれた。
それを見計らう。
手持ちマイクのスイッチを切って、ピンマイクに切り替えた。
「《ゲームマスター》から三組全小隊へ。聞こえますか? つまりそういう事ですので、皆さんにはこれから、このデスゲームで死んでいただきます」
大講堂の照明は落ち、その中を青や赤の照明が、まるで本当のゲームイベントであるかのような演出によって、音楽と共にパッパッと切り替わる。
暗がりとなり、避難員が俺の姿を見ていないこのさなかに、話を纏めなければならなかった。
【じょ、状況が分からない。突然そちらの様子が、町内放送を通して市内全域に聞こえるんだが。もしかしてこの声、やまも……】
インカムで耳に入ってくる声には狼狽が強く感じられた。
当然だ。
町内放送でこの目論見を垂れ流す。そうして作戦区域とこの学校の空気を、一つに纏めようとしているんだ。
そのために《ディレクター》に手伝ってもらった。
「さて、私は《ゲームマスター》。誰かと勘違いなさっているのでは?」
呼びかけに答えてくれたのは刀坂。
混乱させているのは分かったが、それでも押し通さなければならなかった。
「これから貴方たちの戦いぶりをお客様からの賭けの対象とさせていただきます。三年三組の小隊それぞれの戦果によって、どの隊が一番になるか当ててもらう」
【は、はぁ? 貴方突然、何を言ってるわけ?】
石楠さんの声にも怒りを感じたが、もうここまでやってしまったのだ。俺も引くには引けない。
【命の危険がある戦場だぞ。場合によってはショッキングな結果だって。避難員のトラウマになったらどう責任を取るつもりなんだっ!?】
「責任は取れませんねぇ。ですから私は、本学最精鋭が集う三組のみを賭けの対象にしました。貴方達英雄なら活躍ぶりも凄いでしょうし、万が一のリスクも、他の生徒に比べて低いでしょう?」
【フン、気に入らんな。無責任にもほどがある】
壬生狼の懸念はもっとも。蓮静院の声には苛立ちもあって、一瞬唾をのんでしまった。
だが、避難所一面の彩りが、
「私と《パニィちゃん》の司会、および会場の状況は町内放送で。作戦内容及び、皆様への直接的な相談は、ピンマイクとインカム越しに行います」
【ねぇ、この通信チャンネルって、全訓練生設定しているよね。全員に聞こえているってこと?】
あぁ、鬼柳キュンが驚いているみたいだが、そんなこと、私の知るところではないのだよ。
ピンマイクから今度、手持ちのマイクに切り替える。
その瞬間だった。色付きの照明の明滅は終わる。またスポットライトが俺と《パニィちゃん》に降り注いだ。
〘それでは、本ダービーで戦う勇者たちはこちらっ!〙
スクリーンに振り返りながら指し示すように手を向けた。そうして避難員たちの注目を集めてやるのだ。
〘普段は地味だが頼れる兄貴! 質実剛健! 《縁の下の力持ちぃぃぃ!》〙
【お、俺か?】
パッと、最初にスクリーンに顔写真が現れたのは、牛馬頭のものだった。
これに対する三組彼らの反応は、避難員には聞こえない。
(ま、鬼柳の言った通り、ピンマイク越しで全訓練生が聞いているはずだが……それでいい)
〘緩急自在の凄技で、翻弄しますよ敵味方! 《猫》ぉぉぉぉ!〙
【ん、どことなく悪意があるよね】
次に表示されたのは猫観さんの顔写真。
〘冷静沈着超優秀! それでも無茶ぶり弱いんです! 《政治家》ぁぁぁっ!〙
【無茶ぶりの下りは余計だ!】
壬生狼の顔写真が表示されたくらいからか、会場が少しずつざわつき始めてきた。
(いい……これでいい……)
〘安心できますその笑顔! 包容力は雰囲気か、はたまた身体なのか! 《委員長》ぉぉっ!〙
【だから、どうして私だけそこばかり目が行くんですか……】
正面スクリーン。禍津さんの写真が表示された瞬間だった。
デデン! という効果音(ナイス《ディレクター》)と共に、大きく胸元がはっている画像が現れたこと。男性避難員の一部から「おおっ」という声が上がったのを感じ取った。
(もっとだ……もっと……)
〘頭はクールに、ハートは熱く。ツンデレなのが玉に
【おい、やっぱりわかってきたぞ。《ゲームマスター》とやらのふざけた正体が】
今度「わぁ」っと声を上げたのは、写真を目にした女性避難員の一部。
(来い……もっと来い……来やがれ……)
〘フェロモンには気を付けな。ノンケだろうが呼び覚ます! 内なる獣欲呼び覚ます! 《ショタ》ァァァ!〙
【も、もはやただの悪口だよぉ……】
そうして、鬼柳の顔写真は、男女かかわらず、全体の一部を沸かせた。
(ハハッ! 鬼柳で……少し弾けやがったな!?)
〘愛する人とどこまでも。応えて見せます修羅場でも! なのにどーして気付いてくれないのっ! 《ヒロイン》!〙
【ねぇ、町内放送で流す紹介が……それ?】
あぁ、やめよう。
スクリーンに、石楠さんの写真は表示された。
なら次だ次。帰ってくる声に、冷たい感情がこもってい過ぎて正直怖い。
〘そして……内に秘めたる正義の心。英雄の中の英雄! 伝説を生きる男ぉ!〙
刀坂の顔写真がぱっと表示された。
……これぞ俺の大本命。
〘《主人公》ぉぉぉぉぉっ!!!!〙
【お、お前の中では、俺のことが一体どう見えているんだっ】
人差し指を天に、「アイアムナンバーワン」的な姿勢で大きく吠えあげえてやった。
複雑そうな声色がインカムで俺の耳に帰ってきたが構わない。
俺にはわかる。彼は英雄。英雄なんだ。自然と、その様に振舞うようにきっとなる。
〘続いて、最後の挑戦者ぁ!〙
さぁて、最後だ。
残り一人。トリスクトさんを、紹介しなくてはならない。
〘最後の挑戦者は……えっと……〙
って、あれ?
〘挑戦者は……〙
【……なぁ《ゲームマスター》。たぶんこの通信を聞いてるみんなが、お前に対してある一つの確信を抱いている】
何か言葉を紡がなくてはいけないのに、頭に浮かばない。
そこに、刀坂が問いを差し込んだ。
【私たちの知り合いに、貴方がたったいま紹介してくれたあだ名と、
【それで……
【ん、気付いていないだけで、
「さ、さぁ、私には、一体何のことかさっぱり……」
石楠さんと鬼柳、猫観さんのなんて鋭いこと。
い、いや。駄目だ。決して悟られてはいけないのだよ。
【確か、初日の夜。
【フン、彼女には悪いがたった三日の間に忘れるたとはな。阿呆が】
「グゥッ!」
ねぇ、やめて。壬生狼と蓮静院。
なんで普段、いがみ合ってるお前らっていつも……
【あの、《ゲームマスター》さんはもしかして、やっぱり山も……】
〘い、以上八名を持ちましてっ……!〙
アカン、このままでは俺の正体に気付かれてしまう。
あんな空気が悪くなったアイツらに、こんなことを山本一徹が強制しているなんてばれてしまったら、死あるのみだ(冷や汗)。
〘以上の8名をダービー馬としてご紹介させていただきます!〙
だから避難員に向けて、逃げるように声を上げた。
〘彼らこそ、普段は
【【【【【【【おい/ねぇ/あの】】】】】】】
聞こえない。俺は何も聞こえない。
いまだけは、彼らが鬼の形相で迫ってくる光景をイメージしてはならない。
自分のやるべきこと、自分の果たすべき役割を……
【……トリスクト小隊から《ゲームマスター》へ】
「ッツ!」
開場の盛り上げに徹しようとして、しかし、その一言が黙らせた。
【それが、君の戦い方なのかい?】
「あ、えっと……」
声が聞こえて嬉しいのは事実。だが、まともな反応は出来なかった。
【もしかして、こうすることを予定してあの小隊編成を……】
「そ、それは……」
【【【【【【【【それはない】】】】】】】】
どのように答えるべきかわからなくて、それを、他の奴ら全員が断言しやがった。
【あら、違うわよね。だって貴方は《ゲームマスター》であって彼ではないものね】
「うぐっ!」
【そうですね。ここでいずれかの反応をしたなら、ルーリィさんの大切な方だってことになってしまいますもの】
……なんだろうこの流れ。
俺はコイツラを使って、避難員たちに遊んでもらおうと考えていたのに。
【ん、もしそうだったなら《ゲームマスター》は死んでたね】
【当然よっ。あの後、私たちのルーリィを、いや小隊の彼女たち全員をすっごく落ち込ませたんだから! 絶対に謝ってもらうんだから。泣き叫んで這いつくばってでも謝ってもらうんだからっ!】
【ん、ジャンピング土下座の勢い】
【あ、あはは。ジャンピングの時点で、這いつくばることは無理だと思いますが……】
(俺が、いつのまにか遊ばれている……だと?)
【それで……私たちは何をすればいいんだい? 言ってくれ。リィンやアルシオーネたちも、待ってる】
それでも、やっぱりこの声は染み込むね。
ありがたくて、心強くて……
【《主人公・ヒロイン》小隊からダービー競走馬全隊へ】
「なっ!」
感慨深く思う暇もない。
刀坂が《主人公》を自称した。
たぶんそれは、彼が俺の目論見に乗ってくれたのと等しい。
【よくわからないがご指名だ。俺と《ヒロイン》は乗ろうと思うが、皆はどうする?】
(来たっ!)
【こちら《猫・縁の下の力持ち》小隊。俺たちは……】
【ん、乗らないわけないね。《ゲームマスター》の正体も気になるところだし】
【君たちは、こんな状況でこんな会話。不謹慎だぞ!】
【フフ、嬉しいんですね。《政治家》さん、笑っていますよ?】
【か、解説しないでくれ《委員長》君! せっかく通信は顔が見えないんだから!】
【アハハ♪ 《政治家・委員長》小隊も乗ったようだね。僕たちはどうしようか?】
【愚問だな。《王子・ショタ》も貴様の思惑に乗ってやろう。勝負と討伐か。趣味と実益が兼ね合ったいい機会だ】
「お、お前ら……」
【フン、ゲームマスターとやら】
「さて、なんでしょうか?」
【俺たちのクラスには、無茶な目標設定を掲げ、全員をがむしゃらにさせるはた迷惑な奴がいる。だがゆえに、
「……ほぅ?」
【
「お望みとあらば」
(はっ! バッチバチじゃねぇか蓮静院! やらせるのは、危険なことだってのに)
ー相手の気持ちを確かめてからでも、遅くないんじゃない?ー
「あ……」
一つ、パシンッ! と脳内を電気が駆け巡った。
この状況を前にして、カラビエリさんの先ほどの言葉がよぎったんだ。
『ね、ねぇ山本君。ここまで来てやっとわかってきたんだけど。もしかして貴方……』
隣で《パニィちゃん》がぼそぼそと
胸の奥から色々あふれ出して、全身隅々まで行き届く感覚。
体が打ち震え、熱くなった。
「それでは、《ゲームマスター》からトリスクト小隊へ、オーダーをいたします」
その気持ちを、魂の色を、言葉に乗せて、ピンマイクに向けて声を絞り出した。
『《
隣のパニィちゃんはまた何か言っていたようだが、やっぱり何言っているのかよく聞こえなかった。
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