第80話 孤立無援の天下一魔闘会。メイドの土産にゃ安すぎるっ!
〘勝者っ! 二年二組一の怪力自慢っ……〙
(あぁ、ひっでぇ。やる気が、出ねぇ)
視線の先の、上半身裸になって筋肉を見せびらかす、両手を天に上げて咆哮する二年坊主(絶対に俺より強いに決まっているが)とは打って変わる。
俺なんぞ、膝に肘をつくような体勢で、ボーっとそんな後輩を眺めながらパイプ椅子に腰かけていた。
ここでボヤッとしているのは、とある仕方ない理由があるから。
これから予定されているイベントに向け、時間を潰しているというのが真実であり、決して、三組の空気が悪くなったことで物産展にいずらかったから逃げた……とかでないという事は、名誉のため言い訳しておこう。
〘それではどんどん次の試合に参りましょう。今年入学。彗星のごとく現れた二輪の
『『『『うぉぉぉぉぉ! ナールナイッ! ナールナイッ! ナールナイッ!』』』』
「しゃぁぁぁぁ! 魔将! ストレーナス将軍が娘の底力、見せて見ろやぁぁぁぁぁ! ナルナイィッ!」
最終日に予定されていた《天下一魔闘会》の、第一試合は近づいていた。
『はは、にしてもさすがはナルナイ。一年だけじゃない。二、三年と、男子からの人気ゴイスー。アルシオーネも大声量って……もっと慎みを持てってあれほど』
俺の試合一つ前の対戦に組まれた為、ナルナイがでかい闘技場に姿を現す。
観戦に訪れていたメイド服姿のアルシオーネと、男たちからの暑苦しい応援に苦笑いを見せて……
(あっ……)
ステージ上から俺に向かって笑顔で手をふってきた。
目をそらしてしまった。その表情を受けられる心地じゃなかった。
実はこの試合のスタンバイ前も彼女は絡んできてくれた。が、その時も、どういう顔をすべきかわからなかった。
(くそ。残ってやがる。長官の、さっきの言葉)
あのオッサンに会ってしまってから、ずっと頭の中にグルグルしたものがあった。
共にいてくれる彼女たちと比べ、遠く及ばない実力。才能と評価。
理解はしている。納得したくなかった。
記憶をなくして目覚め、三組に放り込まれた。
そりゃぁ自分の正体を探そうと奔走したこともあったが、それでも、いまの俺は、三組しか知らない。
それってつまり、彼らしか知らない。
なら、そこが俺の生きている
(だけど本当は俺のいる場所じゃなかった。いつだって足りなかったんだ。ただ優しかったから付き合ってくれただけ。実際は誰も、対等な仲間としては認め……)
「って、違う違う。何をアイツらに対して
危なかった。
この際、俺を認めてくれたとか認めていなかったは重要じゃない。
「全員いい奴らじゃねぇか。英雄の名にふさわしい力、人格者。そうさ。良い奴だってのは知ってるじゃねぇ。だから、記憶をなくして自分のことすらわからない俺を受け入れ、保護してくれた」
そう、それこそが重要。
ここで彼らは俺の為にここまでしてくれた。もう、十分なはず。
『それでは次の試合、スタンバイお願いします。三年三組。山本一徹君』
「へいへ~い。いーま行ーきまーす」
変な考えは払しょくしなきゃならない。
まずは試合には出なきゃならねーのだ。闘技場に立つまで、戦闘成績Cは確定しない。
(試合に集中しろ。開始と同時に負け名乗り。一瞬も気ぃ抜くな? あっちゅー間に間合い詰め切る化け物ぞろいの学院だ。まともに一発喰らったら、負けどころじゃ済まねぇぞ!?)
パンパンと、両手で顔を叩いた。
気合と
『ハイ、続いて対戦相手ですが……』
『はいは~い♡ いーま行ーきまーすわ♡」
(……え゛?)
聞き馴染みのある声。覚えある口調に体が固まった。
ついで、ギッギッギ……とまたも油の差されぬブリキ人形よろしく、声の方へと首を回し顔を向けた。
『この度は、お手合わせお願いいたしますね♡ 山本様♡』
「び、《美女メイド》……さん?」
「まだ敬称付で読んでくださるのですね♡ その器の広さは、ご自分の魅力として覚えおくがよろしいと思います♡」
「ほんぎゃぁぁぁぁあああああ!」
《美女メイド》さんが、笑顔で、後ろに立っていた。
(ちょっと待て。これっていったいどういう事だっ!)
「ま、まさかと思いますが、《美女メイド》さんが、俺の対戦相手……っすか?」
『本大会は、外部からの出場希望者も参加可能ですから』
「そうだったぁぁぁぁぁぁぁ!」
『それに、優勝賞品は是非ともこの手に掴みたく』
「石楠さんの為にですか?」
『えぇ♡ 特に混浴温泉の貸切は、熾烈な争奪戦になりそうですから♡ 富緒様に、ネコネ様もとても魅力的ですし……』
「ですし?」
『ちょっと悪戯が過ぎますぅ♡ 山本様なら、女将様にお願いすればいくらでも……』
「ハァ?」
いかん。いかんですよこれは。
昨日の記憶が、蘇ってきたぁっ。
「ハイッ! ハイハーイ! 次戦山本一徹、やもなき理由で試合辞退を……」
『そういえば面白いです武術大会とは♡ 成績に加点されると伺っております♡』
「ふぐぅぅぅっ!」
だからたまらず逃げたくなったのだが、そもそも、絶対に逃げられない戦いがそこにあった。
〘勝者、我らが黒百合姫! ナルナイ・ストレーナスゥゥゥ!〙
『『『『うぉぉぉぉぉ! ナールナイッ! ナールナイッ! ナールナイッ! 』』』』
神様というのはどうにも……悪戯心が過ぎるんじゃないか。
こういうところで、一つ前の試合にあっさり決着付けさせてしまうんだから。
男たちやアルシオーネの歓声。試合に勝ったナルナイの貌には満面の笑み。
彼女は、その流れで俺に目を向けてきて……
『では、お二人の試合を開始します。闘技場に入場してください』
「は~い♡」
やっぱり、その視線に応えることは出来なかった。
入場を告げる係の呼びかけにも答えない。
「……フッ」
ナルナイに対して後ろめたさが無いと言えば、嘘になる。
が、もう一つ、ないがしろにしてはならない私事というのがあった。
(勝率15対85。大衆の期待は、俺に注がれる……と)
それが、闘技場に上がる直前、携帯端末に目を落とす、
「じゃあ、《
やぶさかにはできない理由。
◇
「兄さまっ! 私の試合、ご覧いただけ……」
「あぁ。凄い。見事だった。流石だ」
「最後のあの一撃は兄さまに捧げ……」
「んじゃ行ってくるわ」
「に、兄さ……」
勝ち名乗りを挙げたナルナイと、闘技場ですれ違いざま、言葉を交わす。
ひどい扱いは重々承知。
だが、《美女メイド》さんはとんでもなく曲者。開始同時の負け名乗りをするためにはナルナイに気を取られるわけには行かなかった。
(わかってる。言い訳だよ。そんなの)
いや。言い訳だ。
その証拠に、ナルナイの頭にポンと手をのせている。ないがしろにすることで、この娘から嫌われたくない。
(ったく。そんな強さも立場にもないってのに)
〘続きまして赤コーナァー! 爆ぜろリア充恥じさらせ! 奴はほんとに三組か。《人魔の暁》入れない。奴こそ真の(男子にとって)
『『『『爆ぜろ! 爆ぜろ! 爆ぜろ! 爆ぜろ! 爆ぜろ!』』』』
で、この入場コールはなくねぇ?
すでに《美女メイド》さんは、先に闘技場に立っていた。
彼女の入場時、司会者はとんでもなく褒めたたえていた。俺になった途端これ(笑)。
『ししょぉ~! 頑張れぇ!』
『兄さまぁ! 優勝したら! ナルナイを選んでくださいねぇっ!』
『兄さん! 怪我だけはしないで!』
『一徹。集中を切らすな!』
『一徹様ぁ! カッコいいですっ!』
「は、ははは……運動会で子供の活躍を見に来た
もちろん、登場したことが悪いばかりじゃない。
小隊員全員が、応援しに来てくれたから。
声こそ張り上げないが、エメロードも腕を組んで、真剣なまなざしを送ってきた。
「俺が、お前たちの声援にふさわしいタマかよ」
実は、いまはそれが辛い。
彼女たちには……でも、そんな顔は見せられないねどうも。
「やれやれ、頑張ってもどうにもならない対戦カードだ。頑張るつもりもない。むしろ……」
『『『『消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ!』』』』
「野郎どもの望むとおりになりそうなんだが。さて? 間違いなくそれが、奴らの本心なんだろうが……」
美女美少女たちの黄色い声援がふさわしくない事なんて俺自身がよくわかっている。男性観客の怒りの炎に油を注いだことも。
「いいのかねぇ。叶っちゃったら。ま、俺はかまわねょ? 大勝ちだ。それで?」
声援と、シュプレヒコールを浴びながら、己が実に場違いであることを実感しつつ、観客席に視線を巡らせる。
気づいたことがあった。というか、笑ってしまった。
「クラスの奴らは……一人もいない。当然か。それがあるべき形。ま、来られたら来られたで、恥ずかしいところを見られるだけなんだが」
もう一つ気づいたこと。
朝一で出会ってしまったあの山本長官もいなかった。
(
一応もう一度客席を見回してみて、いないことに安堵からため息が漏れた。
もしかしたらあの手の大人は、予選試合なんて見るだけ無駄なのかもしれない。
それは、ありがたかった。
〘それでは、本試合も時間いっぱい待ったなし!〙
もう、試合の結果は決まっている。決める覚悟も出来ていた。
〘両者構えてぇ……それでは皆さまご一緒に!〙
司会者のアナウンスが聞こえたところでだ。《美女メイド》さんは少し前かがみになり、腰を落とした。
『『『『〘
試合開始は近い。
お決まりのような、司会者の試合開始号令に、観客全員が乗っていた。
俺は右手をスッと上げて、掌を《美女メイド》さんに向けた。
(あとは上手い事、始まるのと同時に……)
準備は出来ている。いつでも降伏は可能。
《美女メイド》さんなんて、俺が降伏することをわかっているのか、きっと優勝景品に近けることに嬉しいのか、ニィッと目を細めた。
『『『『『〘ゴォォォォォォッ!!〙』』』』』
「俺、山本一徹は、本試合を棄権す……」
轟雷のような試合開始の合図。
一秒とも立たず、負け名乗りを上げる……
「ッツグゥッ!」
はずだった。
合図と同時。目の前の《美女メイド》さんがふっと消えた……と思われた次の瞬間。
ゾッとしたものを感じ、思わず顔を両腕上げてガード。鈍くて重い衝撃が、側頭部から襲った。
〘目にもとまらぬハイキックゥ!〙
(なっ! なぁっ!?)
〘殺し屋気取りのメイドさんかぁっ! しょ、少々お待ちくださいっ! ただいま入った情報によりますと……
『『『『『うぉぉぉぉぉぉぉっ!』』』』』
(なんつーの放ってくるんだこの人っ! お、女の蹴りじゃねぇっ!)
司会者の放った内容。いまの一瞬の動き。観客たち(特に男たち)は大きく興奮していた。
とろけるような笑みを普段から見せる、大人綺麗なメイドのお姉さんのハイキック。
ロングのメイド服スカートから黒レース下着とか、反応しないのはむしろ男として恥に当たるのだろう。
気持ちなら、俺だってわかるつもりだ。普通なら心躍る場面。
ガードしていた手前、両腕によって視界が一部ふさがり、お目にかかれなかったことは非常に残念だと思うべき場面。
ハッ! とんでもねぇ。
それどころじゃねぇよ!
『あら、いけませんわぁ山本様ぁ♡ 開始早々の負け名乗り。野暮なことはしないでくださいませね♡』
(こ、この
鋭い一蹴り。その威力たるや、両腕ガードをもって受け止めた俺の上体を、あわやなぎ倒しかけるほどに横にもっていった。
何とか防ぎ切った腕なぞ、ビリビリいって……
『ヒュッ!』
「カッ!」
この人を前に、一部の隙すら見せてはならない。
おそらく、驚いている浮足立つ一瞬も例外にない。
思い知った。
パキィッ! と、耳の奥で何か鳴ったときにはもう、弾かれたピンボールよろしく、俺の顔は真上に跳ね上がった。
両腕を使ったガードの隙間。ほっそりとした腕が突き抜け、顎を打ち抜いた。
「ちょ、待っ……だから棄権……」
蹴りで体は横に持っていかれかけた。
顎を跳ね上げれられては、上振れた頭部の重心は、後方に流れていく。
「言ったでしょう? させませんと♡」
のけぞりを禁じ得ない。
何とか倒れないように、慌て後ろに飛び下がろうとしたところ、ニッコリ笑顔の《美女メイド》さんは弾丸のような突きを繰り出した。
「ひぃっ!」
重心は後ろに流れる不安定な状態。が、顔に向けて鋭い突きの迫る状況。半ば後ろに倒れこみそうになりながら、大きく首を横に振った。
「南無三!」
「っへぇ♡?」
僥倖。
首を横に振って、追撃の一突きを躱すことができた。
後方に重心が流れた俺の頭部に彼女が追撃をかましたのなら、それは徒手空拳を繰り出すために彼女の重心は前のめりになったという事。
俺が拳を避けたいま、空を切った彼女の腕は俺に向かって伸び切り、そして俺に向かって重心は傾き体が流れている。
それは、願ってもない。《美女メイド》さんが見せた隙に他ならない。
(ここしかねぇっ!)
偶然にも、俺が思いっきり首を横に振ったのがミソ。
強引に自らの重心を、横へスライドする余地が生まれたから……
「相手の勢いと形勢を利用し、脚をさばきますかっ♡! それも重心の不安定な状態から♡ なんというボディバランスと柔軟性っ♡!」
後ろに倒れきる一瞬、拳を避ける為に首を横に振った反動で体を捻った。
同時に、軸足とは反対側の脚で地面を踏みしめ……
(呼び水は完璧。袖口を取った!)
〘な、なんとこれは……っ!〙
(俺の方へと向かう《美女メイド》さん重心を……さらに俺の方へと巻き込むっ!)
避け切ったことで、空を切った宙ぶらりんの《美女メイド》さんの腕。これなら……
〘一本背負……いいいいいいいいっ?〙
「っつ! はぁぁっ!?」
タイミングは完璧。力の入れ方も。
呼び込みから、彼女の力の流れを殺すことなく腕を取り、慣性の力そのまま俺の力として投げ込んだことも。
無我夢中ながら、その流れは結構にスムーズだったと言っていい。
「なっ! なっ!」
投げ……きれはした。したのだが、闘技場床に叩きつけるところまで行かなかった。
『少々、見くびっておりました♡』
投げの途中。しゅるりと俺の掴み手から腕を抜いた《美女メイド》さんは、そのさらに上を行った。
投げの力を利用し、空高く飛んだのだ。
『ですが考えてみるなら、決して可笑しいことではありませんでしたわね♡ 異能力を使わぬ基礎体力向上訓練、格闘訓練なら、曲りなりとも英雄たちに食らいついてこられたお方♡』
「う……うそん(泣+震え声)」
そうして、空高く舞い上がって……空中で一度くるりと転身し、ふわりと地面に着地する。
『たった3手交えただけで、私にわからせますかっ♡ 過小評価、誠に申し訳ございませんでした♡ ただいまの出来事を私の反省ごととして……』
(な……んだこの感覚。《美女メイド》さんの中から、何かが少しずつ解き放たれているような……)
「ヌック!」
一層なる寒気が身を包む。
ブルッと体は震える。鳥肌すら立たされているんじゃないかと思わされた。
確信する。
いま言われた言葉が決定打。
僕フルボッコへの
ジャッコァ! という音とともに、袖口から現れたのはハンバーグやステーキを切るテーブルナイフだった。
「どれだけ持ってんねん」と突っ込みたくなるほどの数。
たった一瞬で、両手全ての指と指の間に、
『これよりは私も、山本様に敬意をもってお相手差し上げます♡』
「け、結構ですぅっ! 審判! 司会者っ! 降参だ降参!」
『うふふ♡ 参りますわ♡ 今度はもう少し、速度を上げて♡』
「ひぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ただでさえ格闘技術で差を見せつけられ、ただでさえついていくことができなかったスピードは、さらに速くなるとかいうじゃない?
その上、武器まで持ち出すとかさ。もう、逃げるしかなくない?
臆面も何もない。
恥も掛け捨て、《美女メイド》さんに背を向けて思いっきり逃げを開始する。
あぁ。観客共(ほとんどが男)の「腰抜けー」だの「臆病者」だのという罵声が辛い。
……ちなみに、俺も《美女メイド》さんが投げから着地したとき、目にすることができた。
なまめかしい白い太ももに、灰色のガータベルト。
そして秘密の園を覆い隠しているであろう黒のレース下着。
眼福でございました。
でも……
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