第74話 英雄ぞろいの《人魔の暁》 無能な俺っ!
「なんだよお前たち、もういいのか?」
「ハイ♡」
「いま気づいたんだけど、クラスメートたちから何度も携帯端末充てに着信履歴があってさ」
「あまりにも楽しくて。もう4,5時間以上メイドカフェを離れていることに、今更ながら。フフッ!」
文化祭二日目も16時半を回ったところで、二人はメイドカフェに戻ることを伝えてきた。
「兄さま、ありがとうございました。色々相談が出来て、少しは気持ちが軽くなった気がします」
「そっか? そいつぁよかった」
俺の手をキュッと両手で握って笑うナルナイ。
確かに、表情は少し晴れやかにも見えた。
「アルシオーネ、さっき昼飯後の去り際に行ったこと。「稽古に時間をとる」ってあれ、考えておく。ただでさえ他の小隊と比べて、あまりにトーナメントの試合数が多いしな」
で、そんなナルナイの笑顔に、俺の気は緩んでいたんだろうな。
「しっ……しょう?」
「ふぐはぁっ!?」
そんな中、みぞおちに衝撃が走ったから「く」の字になってしまった……ところでだ。
「今日はありがと。師匠っ♪」
「……は?」
「ふぇ?」
頭の位置が下がった一瞬、アルシオーネは、俺の頬に……
(や、柔ら……)
「あ、アルシオーネっ! 貴女いったいなんてことを!」
「ニヒッ! ニヒヒヒヒッ!」
まず、声を上げたのがナルナイだった。
怒られているはずなのに、アルシオーネといえば「やっちまった」と言わんばかりに両手で口を覆って、目はニッと笑っていた。
うしろにゆっくり下がって……
「んじゃあな師匠!」
「あ、ちょっと待ってアルシオーネ! 兄さま失礼します!」
そして走り去っていった。当然、ナルナイは慌てて追いかけて行く。
「だから、慎みを持てと……アイツらは、全く」
その背中が見えなくなるまで視線を送る。いなくなって、俺も携帯端末を取り出した。
「うげ、俺の方でも何個か履歴入ってるな。なんだかんだ言って楽しかったのかね。ずいぶん時間を忘れていたみたいだ」
(さて、どうするか。いま考えてみれば、俺も午前外回りをするって言ったっきり物産展から離れたままなんだよなぁ)
いやぁ、外回り万々歳かもしんない。
売り子の奴らは、人気があるから持ち場というのもある。休憩や自由時間もシフト表の通りに動いているのだろうが、俺は基本フリー。
たったいままでのように数時間遊び惚けることも可能だった。
(が、ウチのクラスはみんな頭の切れる奴らばかりだし。そういう名目で俺が遊びまくっているのに気付いている気も……)
あぁ、予想できる。
きっと物産展に戻ったそのとき、激務を続けている彼らは、俺に冷たい視線を浴びせるに違いない。
(ここはひとつ、パフォーマンスをしながら戻るか)
何とか回避しなくてはならい……から、物産展へ戻る道中、一際大きな声を上げて、宣伝する。
営業活動に推されている皆に対し、「ね、僕これでも宣伝活動頑張っていたんだよ」オーラを出すために。
「オッパイ! オッパイだよぉ! それともロリの子がお好みですか! まさかツンデレ! それなら三年三組物産展で決まりだね!」
……まぁ、そんな浅はかな策が効果を生み出すわけもなく……
『フン、帰ってきたぞ。俺たちに働くだけ働かせて自身は遊び惚ける怠け者が』
『アハハ……もうすでに、《眼鏡オッパイ》は、単なるオッパイなんですね。性的な部分ばかりが強調されて……』
『ん、昨日のお仕置きじゃ足らなかったみたい。ルーリィ、もうこれは弁護のしようがないね』
「い、一徹。君は……」
わぁ、集まる視線が、冷たぁい。
「や、やぁ皆、お勤めご苦労さん! いやぁ、俺も客引きが大変でさぁ! 道行く人に『この催しを開いたクラスはどこですか?』なぁんて聞かれちゃ……」
『ねぇ、山本?』
胡麻化さねば。何とか胡麻化さねば命に係わる。
印象が良くなるように、笑顔でみんなに手を振って近づこうとして……後ろから肩を叩かれた。
「あ、あはー! ど、どうしたのかな
振り向いたら、笑顔の《ヒロイン》が立っていましてですね……
『噂になってるわよ? ストレーナスさんとグレンバルドさんを連れて、模擬店荒しをしまくった貴方たちが、出禁(入店お断り)になったって』
「がっ!」
『へぇ? 随分いろんなところで宣伝活動をしていたのねぇ』
ピシりと、時間が止まった気がした。
『うぇぇぇぇぇん! 女の人怖いよぉぉ! 男の人も怖いよぉぉ!』
時間が止まって、世界が止まって、静寂に満ちた気がした。
纏っている制服がボロボロに乱れ、大泣きしている《ショタ》の声が聞こえる以外は。
『覚悟は……出来ているのよねぇ♡?』
その一言を認めたときに、背筋をゾッとしたものが走った気がした……
◇
『ねぇ、見てよアレ』
『三年三組一のロクデナシだって』
『ざまぁねぇ! ざまぁねぇぜ山本一徹! 俺たちにしでかしたことへの罰が当たったんんだ!』
あぁっ! やめて! 俺のこと見ないでっ!
『……随分人気ですわね。お似合いですわ山本様♡』
「ハハハ……馬鹿にしてますよね《美女メイド》さん」
『ハイ♡』
隣から呼びかけられて皮肉ってみる。だが、そう返されたらガクッと来た(まぁ否定されても困るだけなのだが)。
俺が《美女メイド》さんと並んで歩いているのには理由があった。
時間は、《ヒロイン》による学園ツアー真っ最中。
朝宣言した通り、護衛についている《主人公》と二人、休憩させようとして、《美女メイド》さんに交代してもらっていた。
まぁ、つまりどういうことかと言いますと……
(あぁ、後ろの、ツアー客の視線が痛いぜ。ったくよぉ……)
俺も、ツアーに帯同しているということだった。
《美女メイド》さんが、《ヒロイン》の交代要員だとするなら、俺は《主人公》の交代要員なのだ。
(にしても、実際に経験してみて初めてわかるな。ツアーガイドってのはこんなに視線が集まるのか。やりにくくてならない。それに……)
最悪だ。
サボっていたのがばれて、罰として俺もツアーガイドに帯同させられる……までは良かった。
段ボールとビニール紐で作られた、簡易ジャケットを強制的に着せられ、そこには「サボり魔、女たらし、三年三組一のロクデナシ」と罵詈雑言が描かれていた。
その上、物産展の看板を掲げながら、その状態でツアーに帯同しろと皆から命令されていたんだ。
(し、しどい。トリスクトさんまで)
まぁ、でも、サボっていたのは事実なので、何も言えないのだが。
『フフッ。山本様、あそこまで怒ったお嬢様を目にしたのは、わたくしも久しぶりです♡』
「本当、ありがとうございました《美女メイド》さん。ツアー客全員が、石楠さんに惹かれて金を使ったのに。最初は『山本一人でガイドしなさい』だもの。詐欺もいいとこ。下手すればツアー客に袋叩きにあって殺されるところでした」
『気にしないでください。私は単に、自分で決めたことを遂行しているにすぎません♡ 当初からお嬢様は鉄様と逢引の予定。急遽、私が代役となってはお客様に失礼があると思い、《お嬢様ツアー》を、《お嬢様と私ツアー》にして集客したのです♡』
「あ、あのそれって……」
『もし、私があらかじめ自分をツアーガイドとして含めていなければ、今度こそ山本様一人でガイドしてもらうところでございました♡』
こ、この人……なんという営業スマイルで怖いこと言ってくるのよ。
超絶美人だから様になっているけど。
なまじ見た目が華やかすぎるだけに、その裏の、暗い何かの破壊力が、ギャップと相まって強すぎるんですが!
「もしかし怒ってます?」
『ハイ、とても♡』
だから、そこを笑顔で言うんじゃねぇよっ! 少なくともハートを付けるところじゃないだろっ!
『お嬢様をここまでかき乱してよい方は、お嬢様のお父様でいらっしゃる石楠グループ会長。鉄様に、私の三名だけなのですから♡』
はぁ、つらたん。
《ヒロイン》と《主人公》は、既にこの場を離脱しているから、《美女メイド》さんの存在でこの場は何とか持っている。
しかし、ガイドの《美女メイド》さんと俺が話しているから、後ろからの殺気がやっばい! 加えて、《美女メイド》さん自身も激おこぷんぷん丸。
『ですが、もしかしたら山本様には、人の心に触れ、かき乱しす才能が、生来からあるのかもしれませんね♡ いい方にも♡ 悪い方にも♡』
「褒められていない……」
『いいえ、最大限の賛辞です。二年間で他人の入る余地ないほど完成された三組に、難なく溶け込めてしまったのですから♡』
「買いかぶりすぎです。それは刀坂(クラス外の《美女メイド》が相手だから名前を呼んでる)や石楠さんが俺たちを諦めてくれなかったからで……」
『いいえ。普通の人間では、本来あのクラスになじむどころか、同じ場にいるのも苦しいはずなんですよ♡』
……風向きが、変わった。
怒っているのか怒っていないのかわからない(言葉にしてもらってやっとわかる感情)笑顔の《美女メイド》さん。
はじめは、いやいや俺とツアーを実施しているはずだったのだが、いまは確実に意識を向けてきていた。
『編入前、鉄様たち三組。旧二年三組がなんと呼ばれていたかご存じですか?』
「は? そんな通り名なんてものが付くほどの御大層な存在なんですか?」
『《人魔の暁》』
「な、なんですかその拗らせた中学二年生の香りは……」
クソッ! クソッ! 話に集中したいのに、後ろのツアー客が、「俺たちのガイドを独占しやがって。死ね!」とブツブツ言うから気になってしょうがない。
『古の都。現在の宮、その中心となるこの
「京都と東京?」
『もはや異世界からの危険進行頻度の増加の一途。同じ世界内での争いより優先しなければなりません♡ ですが、保守的な考えの者は当然ながら多い。その新たなる概念に、過激な手段をもって反対する一派も現れました♡』
「まぁ、そっすよね。退魔師と妖魔はかつての敵同士。それも悠久から争っていると。まさか、その垣根を越えて絆ができたからその通り名が?」
随分と御大層なあだ名が付けられたものだとも思った。
が、かつての憎しみを忘れようとして互いに歩み寄った結果が、あの素晴らしいクラスだというなら、それもうなずけた。
《美女メイド》さんは、その言葉にニコリと笑って、ゆっくりと首を横に数回振った。
『一般的には知られていない世の裏で、妖魔と退魔師たちの大規模紛争が勃発。いえ、もはや戦争でございますね♡ 今から約一年半前。昨年度末まで続いた激しい事件でした♡』
「それって、いや、まさか……」
『えぇ、お嬢様や鉄様は、この学院に入学してから、山本様たちが編入する直前まで、約二年ほどその中で活動してまいりました♡ 人と魔が争う中、人魔の絆に結ばれた自分たちは何ができるかと。命を懸けて♡』
え、えぇぇぇぇぇ?
お兄さん、意外過ぎるお話聞いちゃったよ? ちょっと自分でもイメージできないよその真実。
『そうして見事、異世界からこの世界を守るためには、人魔の絆が不可欠だと示しました♡ それこそが、守るための可能性なのだと♡ 《対転脅》関係の人間は、その重要性を思い知り、その考えに対し理解し始めました♡』
「人と魔の協力関係。二大勢力不和に対する夜明け……《人魔の暁》」
『ゆえに、三年三組は異世界対策に有効な、
はぁぁぁぁ。英雄。いいね英雄。
「えぇっと、ってことはぁ……棚ボタラッキー。俺も、実は英雄認識貰ってたりします?」
『山本様……』
なんだよ。ってことは、そんな奴らと一緒にいれるってのは色々、有効利用ができそうな立場にいるってことなんじゃないか?
就職とか、就職とか、就職とかぁぁぁぁぁ!
『いつまで道化でいられるおつもりですかっ♡』
なんて、捕らぬ狸の皮算用をしていたところだった。
突然隣を歩く《美女メイド》さんが俺の足を払った。
(投げっ!?)
景色がぐるりと転じる。
「かっは……!」
瞬間となく、地面に背中を叩きつけられて、肺の中の空気を吐き出すことになってしまった。
『おぉっ! どうしたんだ!』
『なんだいったい! ガイドのメイドさんが……』
『きっとあの野郎が失礼なことでも言ったんだろう? 人でなしらしいからな!』
(ロクデナシな。っていうかこの人……)
仰向けに転がされた。
その上から、《美女メイドさんは》胸に膝を落としてきた。重心を掛けられ、身動きを取らせてくれない。
『ここまでされて、まだ、本来の力を出すところまで至りませんか? いまの貴方様は、私を
「何のことかさっぱり……くっ!」
さらに、乗っかったまま……右掌で首を……絞めてきた。
ちょ、え? 絞めてきたってどういう……
『実のところ、山本様とこのように二人になれたのは、我が意の至りなんです♡』
「《美女……メイド》さん?」
『学生の身で紛争中に活躍していたのは、三年三組位とはいえ、魔装士官学院の人間であれば、生徒のすべてがその功績を知っております♡ そんな中で、そんな英雄だけしかいないクラスに、どうして貴方のような方を編入させられましょうか?』
「い、言っている意味……が……」
『考えてみてください。おかしいことばかりなんです。貴方は魔装士官になれる力がない。力を出力し、具現化することができない。三組以外でも、得手の武具に力を通すことくらいできるのに。それすらできない無力な貴方が、英雄クラスに所属する』
「がぁっ!」
あれ、これ、ガチで絞まってる……気が……
『ですが、その英雄すらおそらく軽く凌駕する力を持つトリスクト様は、貴方と同じタイミングで編入し、貴方を知っています。それに教官、シャリエール・オー・フランベルジュ様の存在です』
ちょっと、冗談が過ぎない?
いくらサボっていた罰だったとしても、こんなドッキリ、笑えな……
『生徒全員が、すでに教官クラスどころか正規魔装士官すら超えるあのクラスで、いままで話題にも上がらなかったあの方が、なぜ教官に成り得たのか。不自然です。先の事件で名前が挙がってもおかしくない、秘めたる強さを感じますのに♡』
あ、あれ……おかしいぞ? 冗談……だよな。視界が……ぼやけてきたたような。
『無能な貴方に強者のお二人……だけではありません。全国九校、新人キャンプでワンツーフィニッシュを誇る、一年最強のナルナイ・ストレーナスと、アルシオーネ・グレンバルド。どうしてでしょう。なぜ、それだけの者達が貴方の元に集うのか?』
「た、たす……」
『どうしてでしょう。
こ、これ……もしかして冗談では……ない?
『リィン・ティーチシーフ。エメロード・ファニ・アルファリカも同様。逆地堂看護学校に、経緯不明で入学しています。ここまでくると、ただのミスではもうありませんよね♡』
だ……駄目……だ。堕ち……
『……貴方は、一体誰ですか? 山本一徹?』
(あ……)
目の前が……
『このクラスへの編入が、お嬢様方に危害を加えるためだとしたら、私は貴方様を殺してでも……』
「……何を……
真っ暗……に……
最後、感覚として機能しているのは聴覚なのだろう。
シャリエールの声が聞こえて、それにとても安心して……
「答えろ? 何をしていると聞いている。
でも、あまりの普段の違い様に、恐怖を……
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