第64話 私が好きになったくらいのヒトだから。貴方が選んだ彼女はきっと素敵
「はい、いらっしゃいませぇ! 三年三組は地元の名品物産展だ!」
模擬店から脱出し、ウチの出し物が描かれた看板を掲げ、文化祭にやってきて学内を歩くお客さんに営業活動をかける。
「地元の銘菓、銘酒、民芸品から名産品までなんでもござれ! 協賛してくれた地元商会から集めた、選りすぐりの品を特別価格で取り扱い!」
呼び込みの方が気が楽だ。
なんといっても、俺以外全員が人気過ぎる売り子だから、あの場では肩身が狭かった。
「買わなきゃ損損! いい品いっぱい! 今なら地元老舗温泉ホテルの日帰り入浴割引チケットも配布中だ!」
良いね。のびのびと、自分のペースで仕事ができるっつーのは。
「売り子もウチの、自慢の一つ! 《主人公》に《王子様》! 《政治家》《ショタ》に《縁の下の力持ち》。男子は全員イケメンぞろいっ! お、そこの道行くお姉さん! これチラシです。是非寄ってってください!」
通りがかった来場客の女性にチラシを配る。
最初はおれの呼び込みフレーズに明らかに引き気味だったが、構わない。どうせ、買い物が終わった後は、恋に落ちた
「はい、《眼鏡オッパイ》! 《ロリータ子猫》! 《ツンデレお嬢様》と、美少女たちも負けちゃあいない! お! お兄さん! どうですか!? お安くしておきます!」
もちろん、男性客だって、俺の前を通りすがったなら逃すわけがない。
「絶対に満足できます! いや、満足させます。可愛い子ばかりですから。一度、一度でいいですから、見てって寄ってって買ってって! 今日は特別セールで、ご利用料金によっては、《ロリータ子猫》とアフターもありますから!」
おう、スケベな顔してるぞ男性客。取り乱したのに気付いて、取り繕うように、「時間があったら」なんて言ってどっか行ってしまったが。うん、待ってるね♡
(こ・れ・だ・か・ら! トリスクトさんだけは宣伝できないんだよっ!)
「……な、なんか、夜の繁華街で見たような光景なのだけれど。アンタ」
いい仕事が出来ている。
そんなことを想っていたところで、声を掛けられた。
「あ、トモカさん。来てくれたんですか?」
「物産展にはうちも協賛してるし、他の協賛店とも付き合いがあるから気になってね。でもアンタ、随分堂に入っているじゃない。
待ってました! トモカさんご来場!
今日の朝食の時、遊びに来ることは聞いていた。
「でも大丈夫なんですか? お腹だってあれから大きくなっているのに」
「寧ろここまで来たら、運動もちゃんとしなくちゃね。ママドルや経産婦モデルになるわけじゃないからちゃんとご飯も食べてるけど、赤ちゃん産んだ後、体がだらしないってのも嫌だし」
「そうですか。あ、せっかく来たのでどうですか? 俺、案内しますよ? ちょうど外回り中ですし、案内しながら校内回りがてら宣伝だってできますし」
一応気になったから体調について聞いてみた。
問題はないようだったから、いつもお世話になっているトモカさんに何かできればと申し出てみる。
「うーん、悪くないけど。やっぱり良いわ」
が、お誘いは、サラッと躱されてしまった。
「こんなオバさん捕まえるより、アンタにはやるべきことあるでしょう?」
「え、いやぁ、宣伝活動なら……」
「そうじゃない」
むしろ、呆れられたようにため息をつかれてしまった。というか、額に掌すら充てていた。
顔なんて、それはそれはもう悩ましげで。
「文化祭なんて貴重な学園生活の中でもさらに特殊なイベントなの。思い出に強く残る機会は、いろんなことに効果をもたらすものじゃない」
「は、はぁ」
あの、よくわからんぞ? トモカ姉さん。
もしかして、大人だからわかる感性みたいなものなんでしょうか? ちょっとまだわからない。
「ルーリィは、一体何しているの?」
「トリスクトさんですか? 模擬店活動で売り子にいそしんでいますが」
「どうしてアンタといない!」
「いや、喜ぶべきか。ウチのクラス、俺以外イケメン美女ぞろいで、適材適所と言いますか。接客は、ウケのいい奴が行うべきものと……」
(実際は、お節介しちゃったんだよなぁ……)
「違うでしょうが。朴念仁!」
あれぇ、なんということでしょう。
トモカさんが来てくれたことが嬉しくて、思わず笑顔になって……なぜか説教モードに入っておりんす。
「ルーリィもルーリィで。きっとアンタが模擬店成功を願っているから協力しているんでしょうけど。あの娘もちょっとズレているというか……もう少し、青春っていうものをもっと楽しめばいいのに」
「と、トモカさん?」
「いい? 高校最後の文化祭っていうのはねぇ、好きな……」
「あ、ちょっと待ってください。着信が入っちゃって」
さぁてどうすっぺというところで、着信が入ったのは嘘じゃないぜ?
気づかないだけで、結構の履歴があった。
「もしもし? どーした《主人公》……なにぃっ!? あの商品が売り切れぇっ!? ちょ、おまっ! 待ってくれ! まだ開場してから一時間だぞ!? え? 呟きアプリのチャッタラーがなんだって!?」
「一徹!」
トモカさんには申し訳ないが、目の前で受信し、携帯端末を耳に押し当てる。
入ってきた情報を認め、思わず声が張りあがってしまった。
そこに、駆け寄ってきたのがトリスクトさんだった。
「いまトリスクトさんと合流した。わかった。詳しい話は彼女から聞いておく。売り切れ品と、現在までに品切れになりそうなアイテムについて、メールで送ってくれ! 調達の任、確かに受けたぞ《主人公》!」
とんでもない情報に、トモカさんと出会ったときのほっこり感はなくなって、体は熱くなってしまった。
「たったいま《主人公》から話は聞いた。状況は! 品切れが発生したって聞いたけど。チャッタラーがバズッたって」
「論より証拠というのがいいだろうな。まずはこれを見てほしい!」
通話を切って、矢継ぎ早にトリスクトさんに語り掛ける。
彼女は答えると同時に、彼女の携帯端末画面を見せてきた。
「『《速報!》三縞校の文化祭。物産展1万円購入者全員に、綾人様による学園ツアー実施』……だと? 『さっき風俗店客引き顔負けな学生に押し付けられたビラ見て物産展行ったら、可愛い娘ばかりで、俺得な件について』って……なんだよこれっ!」
「他にも、『ステマ乙』に、『《ロリータ子猫》とJKサンポのお知らせについて』や、『三校筆記試験成績一位の壬生狼が教える正しい学院の歩き方』など、私たちの模擬店の情報が、次々とアプリ内で取りざたされているようだ」
「バズるって、そういうことかよ!」
速攻で理解だ。
どうやら模擬物産展現場では、一対一で俺の声は通らなかったが、あの時のお触れや客引きは、爆発的な呼び込む力を生んだらしい。
「ただでさえ、売り子一人一人が美男美女だ。営業力は高い。そこに、クリティカルな宣伝効果が合わさったから……」
「『《ロリータ子猫》とJKサンポ』というのは正直心配なのだけど。もう、希望者は全員男で100人を超えた」
「ひゃ、ひゃくぅ!? じゃ、じゃあ最低でも初日の売り上げは100万円かよ!」
(と、とんでもねぇな。が、それも《猫》の美少女スペックの賜物かっ!)
「いいじゃんいいじゃん! じゃ、護衛に《主人公》を付けようかね。奴のそばには《ヒロイン》がいるってのは、広く知られているみたいだし。売り場から離れたとして、がっかりするような
「まったく君という男は……記憶をなくしてもやっぱり山本一徹だね」
「それって、褒められてる?」
「最大限の賛辞だよ。突然何をしでかすかわからない。だからこそ傍にいて、いつまで見ていても飽きることがない」
「そ、そういうことにしておこうか」
「くく……クッククク……アハハハ!」
状況を理解し、褒めているのかけなされているのかわからないトリスクトさんの評価に青筋を立てる。
それを見ていたトモカさんが噴き出した。
「トモカさん?」
「ごめんね。やっぱり若い。思い切った決断。ちょっと青いモノの見方。突然思いもしなかったトラブルの連続発生。貴方たちがうちの下宿に来たから、久しぶりに高校の文化祭に来てみたけど、昔のことをちょっと思い出して。こうだったなぁって」
「トモカ殿も文化祭にかかわった経験が?」
「当たり前でしょルーリィ。これでも女子高生時代は可愛かったんだから。あ、いまはJKっていうのか。体育祭に文化祭。いつも毎日が充実してた」
「これは珍しい。トモカ殿から昔話を聞く機会はなかなかなかったから。文化祭では何を?」
えぇーっと、トリスクトさん?
興味は俺も沸くよそりゃ? でも、品切れの状態ってのわかっているよね。お話にのめりこんでいる気がするんですが。
「大正ロマンカフェ」
「大正……ロマン?」
「ま、メイドカフェと同じよ。大正時代に若い人が着ていた服着て、和式茶房を開いたの」
「トモカ殿はいまや温泉宿の女将なんだ。なら、きっと似合っただろうな」
「どうだかなぁ。公立高校だったけどピアスは開けてたし、髪も染まってたし、スカートも短くてこう、キャピキャピギャルしていたから。はは、でもね、それ以上に場違いな格好してたやつもいて」
(キャピキャピって……)
トモカさん、時々発言から年齢が出ちゃうよなぁ。いや、実年齢には見えない若さだけどさ。
「一人だけ柔道着なの」
「フフッ!」
「ね、面白いでしょうルーリィ」
あぁ、盛り上がっちゃってるねこれ。
つっても、この状況ほっぽり出して、俺がどこかに行くわけにもいかねぇよな。
にしても大正ロマンっつったら、
(で、柔道着。ズレてるねぇそいつも)
「『俺は大正の嘉納治五郎(戦国時代の殺人術だった古流柔術を近代スポーツ柔道に体系化した人物。柔道の父と呼ばれる)だぞぉっ!』ってね」
「誰も何も言わなかったのだろうか。一人だけ、その場からはみ出していると思うのだが」
「正直、みんな呆れていたけどね。でも誰も怒るやつはいなかった。面白いことしようとして、滑っていることに気付いていたからね。それに、そいつには変な安心感があったし」
「へぇ。安心感っすか」
他とズレまくってるのに安心とはこれ如何に。
(ちょっと聞いてみようかな)
たぶん三組とはいろいろズレまくっている突飛なアイディアばっかだしている俺にとって、その人の話は、その後に起きるかもしれないトラブルとか、回避するための参考になるかもしれなかった。
「クラスの中心人物だったのよ」
あれま、速攻で俺とは違う人種だと思い知った。
トモカさんは目を閉じて、きっと過去を思い出しているのだろう。
鼻で大きく息を吸った。
「真面目で紳士的な鉄君が纏める、アンタたちのクラスとはちょっと違う。私がかつていたクラスは……バカが回してたから」
へぇ。馬鹿かぁ。
って、トモカさん、もしかして俺を見てそれを発言するってことは……俺のことをおバカさんだと言っているってことじゃない?
「さて、話は終わり。色々、品物が足りていないんでしょう。ウチのホテルの送迎バンに乗ってきたから。それ使ってちょうだい。調達の足」
「い、良いんですか?」
「まぁ、私も帰るときは使うけど、どうやら他の協賛商店の社長も来場しているようだから挨拶もしていくし。すぐ帰らないから、アンタはシッカリ集めてきなさい」
「うぃっす!」
「あ、鉄君から品薄リスト送られてきたら、私にも展開すること。私の方でも他の協賛店に話は通しておくから!」
「ありがてぇ! トリスクトさん!」
「あぁ、行こう!」
最後まで黙って話を聞いたのは良かったかもしれない。
こうして快く、協力をトモカさんが申し出てくれたんだから。
トモカさんにがっちり頭を下げて、送迎バンが停められていると聞いた駐車場に向かっていった。
トリスクトさんもサポートにも入ってくれて、こんなに心強いことはない。
◇
「あ~ハハッ! 私がイメージした文化祭デートとは、ちょっと違うんだけどなぁ。まぁ、結果良ければすべて良し……なのかしら。にしても、やっぱりこういうとき、出てくるのはルーリィなのね。フフッ! そんなこと、わかっていたけど」
「きえぇぇぇぇっ!」と奇声を上げながら、三泉温泉ホテルの送迎車へ全力疾走する一徹と、「来場者にぶつからぬように気を付けてくれ!」と、そんな彼に注意して続くルーリィの後ろ姿。
「
場に残されたトモカは眺めるだけ。
「にしても、良いなぁ一徹。人生二度目の高校生活。文化祭とか。あ、大丈夫だいじょ~ぶっ♪ 私の、パパへの愛は不変だから♡」
一つため息をついて、トモカはその場を後にする。
お腹を優しくなでる彼女は、柔らかな笑顔を見せていた。
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