夢見 グレた柔道少年の顛末は……
第52話 勃発!? 兄弟げんかと女の子との和解。青春かっ!
ーオイ、ちょっと
ーあぁ? んだテメェ。人の部屋に入るなりいきなりー
……どこかの一室。
おそらくこの記憶の本来の持ち主。柔道少年である《彼》の自室だろう。
バツが悪そうな顔して、漫画雑誌を開き寝転がっているところに、あからさまに怒りに満ちた青年がやってきたことで、その場の空気は一気に悪くなった。
ーよくもさっきはゲーセンで無視してくれやがったなぁ。あそこで泣いてた女の子、お前のせいだろー
ーは、はぁ? え? な、泣いてただぁ? し、知るかよ俺が! んなこと!ー
ーだっせぇ真似してんじゃねぇよ。なに女の子泣かしてんだオラ。あ゛ぁ゛?
ーうるっせぇよ。テメェにゃ関係ねぇだろうがよ。殺すぞゴルァッ!ー
ーはぁ? 殺す? 殺す……ね。随分な口きいてくれるじゃねぇ。誰にモノ言ってんのかぁ、わかってんのかコラッ!ー
ーそ、それは……ー
《彼》は柔道部にいたから、ガタイもいい。が、声を掛けてきた青年も、背丈こそ変わらないが相当な体躯をしていた。
というより、《彼》よりもガタイがよかった。それに、少しだけ年上のように見えた。
ー兄貴に向かっていい度胸じゃねぇか。やってみろよ。お゛ぉ゛
どうやら、また記憶が浮かんできているらしい。
(なるほど。この人が《彼》のお兄さん……ねぇ)
ーどーした。殺すんだろう? かかって来いよー
ーう……テメェ!ー
ーなんだよビビりかよ。このっ
ーっだとぉ!?ー
始めこそ兄の登場で気持ちが高ぶった《彼》。
しかし兄の方が、「カモン」と言わんばかりに両手で手招きして挑発してからは、《彼》もどうしていいのかわからないように見えた。
ーまぁ、そうだよなぁー
それを目にした兄と言えば……嗜虐的に笑って見せた。
ーお前が、
ーなっ!ー
煽る……
ー俺の学業成績は常に学年一位。大して、お前は五位にも入れないんだったか?ー
ーてっ……ー
ー柔道でもそう。俺は二年の時に個人の部で全国に行ったけど、お前今年、県大会の初戦で敗北だったよな。そういや昔、町道場に通っていた剣道でもぉ? 俺が優勝した大会じゃ、お前は準決勝止まりー
煽る……
ーテメッ……ー
ー
兄は弟を……徹底的に煽った。
ーてんめぇ! 上等だぁ固羅ぁぁぁっ!!ー
とうとう、《彼》の怒りは爆発。立ち上がり、掴みかかろうとした……時だった。
ー怒ったか? いいね。やる気が出てきたじゃないか?ー
それでも兄の方は余裕の笑みを崩さない。
《彼》に、オープンフィンガーグローブ(総合格闘技で使う指だけ出たグローブ)を投げつけた。
対して兄の方は……
ー手加減してやるよ。まぁ、それでもハンデにもならないだろうがー
格闘大会、《キック-1》で使うような、ボクシンググローブ。
ー死に
そうして、あまりにも激しい兄弟げんかが始まってしまった。
弟は兄の横っ面を思いっきり殴りつけた。
兄は、弟をみぞおちに膝蹴りを喰らわせると、「く」の字の体勢になった弟の
ーぶっ殺すっ!ー
ーハハァッ! 来いや来いやぁぁぁ!ー
たまらず尻もちをついた弟は、しかし何とか立ち上がって、体ごと兄にタックルを狙う。その重心を巧みに操って、兄は弟を投げ飛ばした。
投げ飛ばされた先の本棚は、メキメキという音を立て、倒れた。
ーうぉああああああああ!!ー
ーはぁぁぁぁぁぁぁっ!ー
投げ飛ばされた《彼》は、倒れてくる本棚に兄が気を取られる間に、
が、隙をつかれ、下にいた兄の両足に胴体を挟まれ、巻き込まれた形で、今度は《彼》の方が下になり、上から兄の拳を何度も浴びることになってしまった。
(け、喧嘩の域を超えている……)
さながら怪獣大戦争とでも言っていいほどの、激しい戦い。
そして、やはりというか、途中からずっと、兄の方が優勢になった。
ーラリアットォォ!ー
ーがはぁぁぁっ!ー
ーブレーンバスタァァッ!ー
ーガッ! テメェ、首逝ったらどうすんだよ!ー
それでも……
ーキャメルクラッチ! ギブ? ギブ?ー
ーロープ! ロォォプッ!ー
ーんなもんねぇんだよっ! ガッハハハ!ー
いつの間にか、兄弟ともに、凄い笑顔で戦っていた。とは言っても、空恐ろしい野生と暴力に満ちた、凄みが半端ない笑みなのだが。
小さい子供どうしてジャレついているかのように。楽し気に。
……どれだけ時間が経ったかわからない。
凄い濃密な場面を見ているから十分十五分も経った気もするが、もしかしたら四,五分もたっていないのかもしれない。
結局、喧嘩は二人の父親が部屋に乗り込み、《彼》を羽交い絞めにして止めるまで終わらなかった。
ーうーし! 俺の完っ全っ勝利っ!ー
ーまだ終わってねぇ。終わってねぇよ! 放せよ親父。放せぇぇぇっ!ー
達成感に満ちた笑顔の兄とは打って変わって、《彼》は負けを認めていない。
が、俺の目から見ても明らか。
顔の腫れ具合、ダメージの度合い。どこからどう見ても《彼》の負けだった。
ちなみに、二人の大げんかは相当に激しく、五月蠅かったようで、家の周りには近所の者たちが集まっていた。
何処かの家が通報したのだろう。
臨場してきた警察官を、玄関に立ちはだかり、立ち入りを食い止めていた二人の母親は、必死に「民事、民事ですから!」と訴え続けていた。
◇
ーひどい顔ー
ーあぁ?ー
ーボッコボコにされたんでしょ。ざまぁー
ーうるせぇ。お前だけには言われたくねぇ。目、赤く腫れてんぞー
場所は移る。
俺が今日、記憶を頼りに足を運んだ鶴聞高校の屋上だった。
どうやら、兄弟喧嘩の翌日には、最近サボり気味だった学校にも顔を出したようだった。
ーって、俺が言えた口じゃねぇな。俺のせいなんだろ。その
屋上で風にあたっていた《彼》に声を掛けてきたのは、ゲームセンターで諫めてきた少女……だと思う。
のっぺらぼう。だけど、話の流れではそうに違いない。
ー兄さんから聞いた。泣かしちまったみたいだな。その、ごめんー
ーまずは、合格。謝罪の一つもなかったら、もう一発、今度は私がぶん殴っていたところー
気まずそうにしている《彼》のことが面白いのか、少女はそのまま《彼》の隣に立った。
ー《兄さん》って呼んでいるんだ。殊勝じゃない。喧嘩に負けたから、そう呼んでるの?ー
ーもとから兄さんって呼んでたんだよ。皆に慕われて、何でも出来て、完璧で……憧れの存在だったからなー
ー『だった』って、過去形?ー
ー昨日喧嘩の後に、兄貴に街まで連れ出されてさ。居酒屋で、いろいろと貰ったー
えっと……突っ込みたいところがあるんだが。
確か兄の方はまだ大学1年生。だったらまだ十九のはずだよな。
ーまぁ、親もびっくりしたようでさ。思えば俺たちが喧嘩したのって、初めてだったから。兄さんは親にとっても自慢の息子だったし、制止も聞かずに俺を連れ出したときにはもう、『この世の終わりだぁ!』って顔してたー
ーアっハハ! ふぅん? それで?ー
ー……『お前にゃ、絶対俺には勝てないよ』だってー
ーえ゛!?ー
ーなんだよー
ーいや、なんか、別のことを期待していたからー
あれぇ? うん。
少女の言いたいことは何となくわかった。
こう、少年漫画だとよくあるじゃない? 拳を交えた後は、お互いを健闘し合って、絆は一層強固なものになる的な。
あの後居酒屋に行って、さらに皮肉を言われたのかよ。
それはちょっと、その兄貴も人が悪すぎ……
ー『俺の真似をしているうちには、絶対に勝てない』ー
と、あの兄に俺もガッカリしそうになったところで、話はまだ続いていることを知った。
ー何でもかんでも、俺は兄さんの真似をしているんだと。確かにそうだった。兄さんが剣道をやったから剣道を始めて、高校じゃ柔道部に入った。勉強でも……何とか一位を取って、そしたらさ……ー
ーお兄さんのようになれると思った。周りはデキのいいお兄さんばかりの名を挙げて、アンタは比較されてきた。だからお兄さんになりたかったアンタは、それでもいつも届かないから、焦ったんだ。いいよ。聞いてあげるー
お、そこのところは俺も聞きたい。どうだったんだい柔道少年。
ちょっとグレかかっていた《彼》を学校に戻し、普段の生活へ立ち直らせようとする。たぶん貰った言葉はすごかったに違いない。
ーとんでもねぇ。全世界の高校生柔道最強の男を目指したんだと。
ーと、とんでもないね……ー
ちょ、本当にとんでもねぇ兄貴だな。化け物じゃねぇか。
ラノベにしか出てこねぇぞ。そんなキャラ。
ーだろ? したら、その間の実績によって、生徒会長の役が付いてきちゃったんだと。こっちからしたら、そこでさらに評価されて、先輩が兄さんを好きになっちゃったぁなんてのは、複雑極まりないんだけどー
ー……
ーは? なんか変なこと言ったか?ー
おっとぉ? この反応……
ー何でもない。続けてー
そういえば昨日の今日で、話しかけてきたってのも何か変だ。もしかして、この女の子……
ー結局、兄貴は世界最強にはなれなかったし、京東大にも入らなかった。だが俺は、そんな上を見続けて際限のない兄貴を目標にしていたー
ー目標設定が違うんだ。目標のレベルがお兄さんとアンタじゃー
ー兄貴は百点取ろうとして九十五点だった。俺はその九十五点を目標にしていた。だから七、八十点しか取れなかった。なんか納得しちゃってさー
いまは、この女の子のことを考えるのをやめよう。
こっちの話の方がきっと重要に違いないから。
ーそれに、これまで兄さんと争ってきた連中は、兄さん対策がバッチリ出来ていた。兄さんになろうとした俺は、その対策にシッカリ阻まれた。柔道面は、そういうことなんだろー
あぁ、晴れやかな顔を見せていた。
兄への憧れが、いつしかコンプレックスになっていただろうに。
きっとそこから解き放たれたのかもしれない。
ー『勝てるわけがないんだよ。俺のコピーをしているだけのお前じゃ。だから、だからお前は……』ー
あぁ、そうだ。そうだった。
心にその言葉が刻まれて、だから俺は、その後初めて、自分の人生を歩めた気がしたんだ。
たしか、たしかあの時、兄貴が俺に掛けてくれた言葉は……
ー『お前にしかできないことを貫いて、いつか俺を驚かせて見せろ』ー
(『お前にしかできないことを貫いて、いつか俺を驚かせて見せろ』)
そう、それだ。
回想の中の《彼》のセリフと、頭によぎったのは同時だった。
ー兄さんの後に続くんじゃない。俺自身、もっと興味がある物は何かを突き詰める。それは、兄さんも歩いたことがない道。それを突き詰め、兄さんを驚かせることができたその時、俺は兄さんの後ろを歩いていただけの自分と決別できるー
そうだ。そこで新たな目標ができたんだ。
未だ見ぬ未来を見つけようとする兄さんの背中を追い続けるんじゃない。俺は俺の道を見つけらたその時初めて……
兄さんの隣に立つことができるんだと。
ーうん、いいじゃん。それー
あぁ、覚えている。
確かその時、彼女は、俺に向けて、凄く楽しそうに笑ってくれたんだったか……
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