第46話 彷彿とする記憶。兄弟と少女の残像だっ!

『山本一徹という名前は知らないなぁ』

「そう……ですか」

『これでも五年間ここで勤めているからね。さすがに、昨年一昨年の生徒については、一人残らず把握しているつもりだよ』

「な、なら学校に普段……」

『そして、この学校に不登校者はいないんだ』

「うぐっ……」


 鶴聞駅で、協力宣言にならない協力宣言を見せてくれた止水さんを傍らに(ずっと恋人繋ぎなんですが、美女すぎて手汗ヤバいんですがっ!)、いくつか覚えのある場所に足を運んだ。


 止水さんにお酒を抜いてもらうため、入ったカフェで、訪れるべき候補を幾つか思い出してみた。

 

 鶴聞高校。


 この町で、小学校や中学校にも通っていた気はした。だが、色々思い出した中でも、一番記憶に残っていたのが、この公立高校だった。


「あの、少しだけ校内を見て回ってもいいでしょうか?」

『さすがに、学校関係者以外の人間に、自由に出歩かせるわけには。卒業生なら、教師の一人も帯同させられるんだが……』

「そうですか……」


 十八歳。三年生として魔装士官学院に通っているということ。

 なら、いくら自分の記憶でないといわれても、仮に本当は俺の記憶だとするなら、記憶の強いこちらの高校で、ニ年生、一年生と、短くない期間を過ごしていたはず。


(なのに、こういわれちゃあね。取り付く島もなし。退くしかないか)


 落胆は禁じ得ない。

 本当はもっと食い下がりたいところ。


(止水さんが保護者の名目で隣にいてくれる。だから受付の職員も応対してくれてる。これ以上下手に踏み込んで突っ込まれたら、学校サボりってのもバレるかもしれん)

 

 残念ながら、別の場所に移るしかないらしい。


「受付よ。ならば妾が命じよう。妾と童の、学び舎への立ち入りを」

『いったいなんです貴女は。変な話し方をして……』


 が、状況を、止水さんが動かした。


「童、気をしっかり保っておけよ?」

「え?」


 ふいに俺の首をたぐり寄せたかと思うと、そのぷるっぷるのおっぱいに顔を埋めさせて……


「妾、神奈川県鶴聞市教育委員会所属、祓希止水が命ず。:;@[^pl;:[@pl;@:……」

「ぐぅっ!」


 オッパイに顔が突っ込んだまではいい。その後、彼女が何か口にした瞬間、キィン! という凄まじい耳鳴りに、全身が泡立った気がした。


 そうして、


『……はい。わかりました。お好きに……どうぞ。来客用のプレートと許可証、お渡しします』

「感謝しよう?」

『滅相も……ありません』


 最後、耳鳴りが終わるのと同時。力ある言葉を解き放たれた途端だ。

 あれほどいぶかし気な顔していた30代頃の受付の男は、感情の抜け落ちた声で返した。


「だ、そうじゃ童。よかったのぉ」

「……何したんですか、今」

「何、妾のあまりの魅力に、屈してしまっただけじゃろうて」


 話がまとまってから、俺を胸元から解放した止水さんは楽しそうに目を細める。


(怖っ! 魅力で堕とされたわけないじゃない! どう見てもこの態度急変はおかしいだろ! なんていうか、まるで催眠のかかったように……まさか、そうやって男たちから金品を奪……)


「奪ったとは人聞きが悪いのう。皆喜び勇んで財布を差し出すのじゃよ♪ まぁ、かさばってしまうから中身は一つに纏め、財布ガワは、すべて質屋に売ってしまったがの?」


 また、心を読まれてしまった。

 ……やめよう? もうこれ以上この人を詮索するのは。


 ほどなく、受付の人がポーっと上の空のまま許可証を渡してきた。

 一応、慌てて、猛烈に頭を下げまくって謝ったのだが、それすら届いているかどうか怪しい。


 その様を、この女性ひとはとても楽しんでいて、また、おもむろに手を引き、校内に引きづりこまれることになってしまった。


 そう、手を引いて。


 鶴聞駅に到着して、カフェでアルコールを抜いてもらって、ここの受付に声を掛けて、果てはオッパイに埋もれてからここまで。一度も俺たちの手は離れていない


 放してくれない。



ーいようっ! 数学どんな感じよ。今回の定期試験ー

ーいやぁやべぇ。今回全然勉強できてねぇ。ってか、英語がやべぇんだよもっとー

ーオッケ! 同志いたわ。俺は古文もやべぇんだよなぁ。そんで……お前は?ー


 詰襟を着た男子生徒が二、三人。そして……


ー極めたぁっ!!ー

ーー……は?ーー

ー極めたっ! 数学も現代文、古文も。英語も。物理、生物、化学、世界史、公民。ぜぇぇぇんぶ極めたぁっ!ー

-はぁっ~嫌な野郎だテメェ。普通こういうのって『え? 全然勉強できてないよぉ』って、ブルのがお決まりだろうがっ-


 その中の一人が調子に乗ってはっちゃけていて、それがもとか、彼ら同士、じゃれ合っていた。


ー極めたぁぁっ! 今度こそ学年三位は超えて見せるっ!ー

ーどー思うよー

ーたまぁに哀れだよなぁ。コイツ去年から学年一位を目指すって言って、最高五位ー


 明らかに張り切り具合が目立っていて、少しだけ浮いている少年は、他の仲間たちから首に腕を回されていた。


ーまぁ、頑張れよ。優秀なお兄ちゃん・・・・・・・・には届かないながらもー

ーうるせぇなぁテメェらっ!ー


 仲のいい間柄なんだろう。

 からかわれたことで、興奮した男子学生。他の学生たちはそれを指さして笑っていた。


ーねぇ、そこのアンタさー

ーあ? なんだよー


 と、そんな時だった。

 そんな彼ら……というより、張り切る彼に呼びかけたのは女学生の声。


 彼は振り返る……が、その少年の顔も、呼びかけてきた女生徒の顔も、《のっぺらぼう》のように消えていた。


ー出来のいいお兄さん目標にしてるのわかるけど、正直痛いよ?ー

ーな・ん・だ・テメェは! うるせぇな! 関係ねぇだろうが!ー


「……あ……」

「どうした? 童」


 場所は高校内の廊下。


 教室が並んでいて、いまはきっと授業中。

 静まり返っている通路を歩いているところで、ふぅっと目の前に、人影と、場面が浮き上がってきて、いつの間にか見入ってしまっていた。


「止水さん、俺にはさ、兄貴がいたらしいんです」

「それで?」

「いや、そこだけは、どうやら他の人の記憶だといわれたところと、マッチしているらしくて」

「そうかえ? それで次は?」


 妙に生々しいというか、湧きあがった光景に、親近感が湧いた気がした。


 今のように、色々歩き回ったとしたら、場所によって記憶が呼び起こるだろうか?


 そんなことを感じながら、また一歩、校内廊下を踏み出した。



ーやられてる! 熱中症に脱水症状!ー

ーちょっと誰かっ! 保健室の先生連れてきて! 水数本、ボトルで買ってきて! 体を冷やすよっ!ー

ー先輩たち、どいてください! 

ーうぅっクッサァ!ー

ー俺が保健室連れて行きますっ! 先生連れてくるより、直接行った方が早いっすから!ー


 体育館に足を運んだところで、また場面が浮かび上がった。


 締め切った体育館内。

 日差しが強い。おそらく夏場。


 色んな部活がひしめき、活動している中、チアリーディング部で悲鳴が起こった。

 誰か倒れた一人を囲む人垣をかき分けて、一人の男子学生がその場に躍り出た。

 柔道着を着こんでいた生徒は、とんでもなく汗臭かったのだろう。その登場に、この危機的状況にも関わらず、倒れた一人をいたわっていた他のチア部女子たちは顔を歪めて鼻をつまんだ。


ー部長さん。保健室までついてきてもらっていいっすかっ!?ー

ーい、いいけどって……おいおい。柔道少年っ! 君一体なんてことを!ー

ー時間がありません。先行きます。すいませんっ! 通してくださいっ!ー

ーうっはぁ、おっとこくっさぁい柔道部。女の子の憧れお姫様抱っこを、汗臭い柔道男子にっていうのはどうなの……って、速ぁっ! 人一人抱えて、あの子めっちゃ速ぁっ!ー


 それでも、柔道少年の表情は危機迫っていたから。

 周りの反応など気にしない。何が一番必要なのかを瞬時に判断したうえでの、お姫様抱っこ。

 他のチア部員の戸惑いをよそに、熱中症で倒れた女子生徒を抱え、保健室に全力疾走していった……


「……どうしたのじゃ? コメカミに、指など添えて」

「添えて……いますか?」

「なんじゃ、気づいとらんのか?」


 声を掛けられて、気付いた。

 換気の為か、体育館は全扉が開いていて……そしてその中はがらんどうだった。

 

 たった今までは、凄く騒がしかったはずなのに。


 あの騒がしかった危機的状況と、誰一人いない、いまの寂しさを対比して、何か心に来るものがあった……が……


「次、行きましょう」


 言えるのは、それくらいの物だった。



ーたるんでるぅぅぅっ!ー


 体育館の裏手にあるのは、武道館だった。


ー最近、お前たちの生活には目に余るものが多すぎるっ!ー

ーーーうぅぅぅっす!!!ーーー


 一際ガタイの凄まじい、使い込まれた柔道着を纏った壮年の男が喝を飛ばしていた。


ーこんな話を聞いた! 柔道部、並びにチア部が、集団交際をしているとっ!ー


 壮年の男に檄を飛ばされ、最初は緊張していた面持ちの柔道部の面々。


ーお前たちの中に、まさかそんな色恋ごとにうつつを抜かすような軟弱者はいないだろうなぁっ!ー


 一喝。のち……全員が全員、シレェっと壮年の男から目を伏せた。


(お……い……)


 また、光景が湧きあがってしまった。

 柔道は男臭い。そんなイメージが俺にもあったから、現れた人影の数々が、照れた恥ずかし気のある笑顔を見せ、壮年の男から視線を外すのを目に、胸の中でツッコんだ。


ー図星なのかぁっ! お前たちっ!ー


 壮年の男は、きっと監督なのだろう。

 その、狼狽えぶりと言ったら。


「ハハッあったあったそんなことも。アイツを・・・・保健室に連れて行った一件で、部同士が近くなって、先輩同士でカップルになった件が、結構あったっけ」


ーいったい何なんだ! 前回大会の成績はっ! 我が校は、ここ最近ずっと強豪校で鳴らしてきたんだっ!ー


 部員たちの反応に打ちのめされたような監督は、苦しそうに声を荒げた。


ーお前も、弟として悔しくないのかっ!ー

ーッツ!ー

ー部が弱体化したんだぞ! 全国大会で、決勝にまで行ったお前の兄が引っ張った。せっかく強豪にまで押し上げたこの部を、弟の代で弱小にしていいのかっ!ー

ーそれは……ー

お前の兄は・・・・・、俺から見ても凄い選手だったよ。弟なら気合を入れなおせ!ー 

ーはい……すいませんー


 キュッと、俺の胸の中が引き絞られた気がした。


 誰かの記憶を自分の目で思い出している。浮かんだ光景は、きっとそのはず。

 監督の訴えに、どうしようもなく、心は揺れてしまった。


「届かなかったんだ。結局最後、神奈川大会準決勝止まりで……って、え?」


 もしかしたらその記憶こそ、俺の記憶なんじゃないかと思ったから、いま俺はここにいる……はずなのに。


(いま、なんて言った俺? 最後の年? いや、でもそれは……)


「あり得ない。最後の年って三年だろ? 俺は、三縞校三年生だぞ?」


 少しずつ、ズレが生じているのが、気持ち悪かった。



-好きですっ! 付き合ってください!-

ーえ?ー

ー入学した時から、ずっと先輩が好きでしたぁっ!ー


(……なぁんで俺、甘酸っぱい物見せられてんの?)


 学校の屋上に、柔道少年は呼び出したらしい。

 可憐な女生徒は、その告白に、ハッと目をいていた。


ー先輩、頭もよくて皆にも優し・・・・・・・・・・いし・・生徒会長なんて・・・・・・・責任ある仕事も任され・・・・・・・・・・てますし・・・・それに……ー


 その先を、彼は何も言わなかった。だが、見せられている俺は、何となく理解した。


 容姿褒めようとしている。


 しかしそれを浅はかだとでも思ってるんだろう。言い出せない。


(だが俺は気付いてしまうのだよ。その辺の、《主人公》みたいな超絶鈍感男じゃないんだからね)


 とか、想いながらも、《》が好きになってしまう気持ちもわからないでもない。


 まるでウチの、《非合法ロリ生徒会長・・・・・・・・・》のようにパー璧なようだから。


 ちょっと《彼》の趣向と違うとしたら、彷彿した記憶に登場した生徒会長美少女は、どちらかというと三組の《委員長》のように大人びて、落ち着いた雰囲気の美少女であるということ。


(あの、手を出してはいけないような、ロリリが醸し出す背徳感こそ魅力であることを、コイツは分かっていないようだな)


ーごめんっ!ー

ーえ゛っー

ーその、付き合っている人がいるんだー

ー付き合ってる……人っすかー

ーうん。実は……お兄さん・・・・とー

ーッツー


 ハハハ~。そう、そうなんだ。そいつぁ《彼》にとっちゃ辛い。


ー先輩、何度も学校で一位の成績を収めて、柔道でも全国決勝に行って。それでいて凄い気さくで、明るくて優しくて、楽しい人で……ー


 おーい。生徒会長とやら、やめたげて~。


ー卒業前、生徒会長職を引退するその時に、私から告白したんだー


 お兄さんを褒めたたえているだけのつもりだろうが、すっげぇ柔道少年の心えぐってる。


ーだから私、先輩が好き。ごめんね。君は、弟みたいな感じでー

ーそっすか。そーすか……なら、納得です。俺にとっても自慢の兄なんで仕方ないっすね!ー


 あれまぁ柔道少年? 無理しちゃって。


ーでもね、告白されたことは嬉しい。これは、本当ー

ー兄のこと、宜しくお願いしまっす!ー


 なぁにガッツポーズなんて浮かべちゃってんの。

 好きな先輩を、不安にさせないようにしてるんだね。


(コイツァ、キツイね。生徒会長先輩が、その場を離れる時も、背中を目で追っちゃってまぁ……)


ーなんでだよ。いつもー


(ん?)


ーいつも、いつも……いつもいつもいつもっ、俺の前に立ちはだかりやがって! 邪魔しやがって! クソ兄貴っ!ー


(ま、そっかそうなるわな)


「当然と言えば、当然じゃろうの」

「止水さん?」


 最後、強い憎しみを柔道少年が発したところで、浮かんだ残像は消えた。

 止水さんが口を開いたのは、それと同時。


「時に、学年一位の学業成績をたたき出す兄。常に五位止まりの弟。全国に柔道選手として名をはせた兄の弟は、地方大会で柔道選手を終えた。すべての面で弟は、兄の下位互換。好きな女すら、兄に獲られた」


 ……本当に性格悪い。

 俺の見た残像を、心を通してこの人も見ていたようだった。


「必要以上にこだわらぬことじゃ。いまだそれが童の真の記憶だと、童自身が確信できておらぬのじゃろう?」

「一度学校を出ましょう。すべて回ってみて、ここで浮かぶ記憶は、ひとしきり浮かんだみたいですからって……止水さん?」


 ちょっと気分が沈んだところ。

 キュッと、これまでずっと握っていた手に力が入った。


「チート級の兄御殿じゃの。じゃが、きっと弟には弟にしかできぬことがあろうて」

「そうですかね」

「そんな例を、妾は最低一人知っておる」


 この人、本当に楽しんでやがんな。


 そりゃ、この湧きあがる記憶に出てくる柔道少年は、俺と別の奴って可能性はあるが。

 それでも心中は複雑で、そこまで楽観できる余裕はなかった。

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