第43話 お世話になります愛の巣に! いまの俺、世界一安全な男っ!  

「と……いうわけで、しばらく泊めてもらうことになりましたぁ!」

『な・に・が、泊めてもらうことになりましたよっ! 山本』


 はい、そんなわけで、しばらく泊めてもらうことになりました。

 三縞校に在学中、学生寮として使われている《主人公》のアパート、彼の部屋に。


『鉄っ! いったいこれはどういうことよっ!』

『いやぁ、困っている山本を捨て置けなくてさ』

『困っているのは見ていてわかる。それで理由は?』

『詳しくは聞いていない。立ち入っちゃまずいかと思って……』

『捨ててきなさい! 今すぐっ!』


 ま、彼の部屋っつーかぁ……《主人公》と《ヒロイン》のお部屋愛の巣な?


「いやいやぁん、安心しちゃってだいじょーぶよ? 石楠しゃっくなすぅわ~ん!」

『どこが安心なのよどこがっ!』

「これでも刀坂に恩義を感じてる。NTR……なぁんて気は、起こさないから。起こらないから。ぜぇったいに!」

『ね、ね……寝取ねと……』

『えぬてぃーあーる? 聞いたことがないんだが。一体それって、どういう意味なんだ?』


 まずは安心してもらわなければならない。


「ホ~ラ。俺ぇ、いま世界で一番安全なオットーコ♪」

「うっくぅ……」


 せっかく頼った《主人公》にOK貰って、厄介を許してもらったんだ。迷惑や、二人の関係を壊すようなことは絶対にあってはならないのだよっ(ビシィッ)! 


『ルーリィに連絡するっ! フランベルジュ教官でもいいっ! とにかく誰でもいいから! 引き取りに来てもらうからぁっ! って、キャッ!』

「いやぁん! 許してけれぇ灯理様ぁ! 後生だよぉ!」

『ちょっと、しがみついてこないでよ! 来世の約束を、今生で使おうとしないでっ!』

「頼むよぉ! オラ、いまさら下宿に戻る顔なんて持ち合わせてねぇべよぉ!」

『だ~か~らぁ!』

「おねげぇだよぉ神様仏様石楠様灯里様ぁ。ここにしばらく置いてけれぇ! なんなら、炊事に掃除。洗濯は……パンツまで洗ってやるからほ(よ)~!」

『うぅ~っ! 楽しんでいるわね貴方!』


 楽しんでいるとは失礼な。

 こちとらまったくの本気である。


「安心してくれ。石楠」


 だが、警戒感ビシビシ感じる《ヒロイン》に対して、このままでいいはずがなかった。

 ここまでの表情を改めて、まるで世界一の殺し屋のような、油断なくキリリっと引き締まった顔を作って見せる。 

 ちゃんと俺が超絶真剣な心持で、《主人公・ヒロイン》宅に逃げてきたということを、ちゃんと態度で示さなければならないのだ。


「なんならちゃんと、ゴム風船・・・・も切らさないよう、自動的オートメイティカルに補充しておくから」

『ゴムゥ?』

「ホラ、あの水風船っつーか。水が1リットル入っても破れないっていうか……」

『そ、それって……貴方、まさか……』

「俺の行動が、もはや新婚夫婦にも近い二人の、愛の巣に押しかけている暴挙だってことはよ~け分かってるんだ。必要なら一晩中、俺だって外に出て、朝方までジョギングしてから帰ってくるくらいの甲斐性だって見せるつもりさ」

『し、新婚夫婦っ!? あ、あ、愛の巣ぅっ!?』

「なぁ、頼むっ。帰る場所が必要なんだよ」


 何とか、押し通さなければならない。

 拝み倒した。両手を合わせ、石楠大明神様に平伏しまくった……のに……


(あ、あれぇ~? なんで、全身を、わなわなとお振るわせになって……)


 彼女の顔色をうかがう為に、顔を挙げる。

 火が出たのじゃないかと思うほど、真っ赤になっていた。


『フンッ!』

「ギャビィッ!」


 電光石火。目にもとまらぬ平手打ち……が、クリーンヒット。


 アイドル顔負けのほっそい腕のどこにそんな力があるのか。

 衝撃とともに、一メートルは吹き飛ばされて、壁にたたきつけられた。


 い、いまのは一応……「仕方ないから泊めてやる。でも、二日目を保証するわけじゃないんだからねっ!?」という回答であるということだと信じたい。



「にしても……だ。ウチもウチだが、《主人公》のところもなかなかぶっ飛んでるよなぁ」


 最後まで納得しないまま自室に戻っていってしまった《ヒロイン》を、俺の滞在について何とか頑張って説得しようと追いかけ、《主人公》も姿を消してしまう。

 リビングルームに俺だけ残される状況になってしまった。


 ねぇ、そこの奥さん。

 最近の若者の貞操概念について、少しだけお話しません事?


 ご覧になりまして?

 《ヒロイン・・・・》さんが、《主人公》さんと同じ部屋に住んでいますのよ奥さん?


 まだ十八歳の時分に、思春期真っ盛りの高校三年生の男と女が、同居ですのよ同居っ!


 えぇ、えぇ。それはもう、この私、山本一徹ですら驚きに飛び挙がってしまいましたわ?

 

 いやぁ、当たり前だろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!


 あんなことがあって下宿にいられなくて、夜を過ごす充てもないのに衝動的に飛び出したんだ。

 慌てて俺を泊めてくれそうなクラスメートがいないか頭巡らせたよ。


 《主人公》なら必ず助けてくれる。

 そう思って、その足で、ここまでやってきたんだ。


 全力で走って走って、息も切れっ切れ。

 ゼェハァしながら、何度ドアチャイムを押して、外から扉をドンドン叩いたことか。


 俺はそのとき、驚きキョトン顔で「ど、どうしたんだいったい!」みたいな彼の登場を想像していたんだ。

 なんだよ。「うるっさいわねぇ! 何度も何度もぉっ!」って、鬼の形相したツンデレ美少女が飛び出てくるって。


 表札には刀坂の名札。

 しかし出てきしは、石楠灯里。


 お前さん、驚いたのはそれだけじゃないぞ?


 ピッタリ夏服で、スタイルがいい美少女だっつーのは分かっていたはずだった。

 《委員長》には負けるが、細身ながら結構に胸もあることだって。


 オイ。想像してみてくれ。

 ブラウンカラーのツインテール。色白のツンデレ美少女がそこにいます。


 胸元がガッツリ開いたタンクトップ。

 ショートパンツなんて腰つきやお尻の形までくっきり際立つホットパンツタイプ。スラァッと、細いのにいい筋肉にく付きした白い脚なんて、滅茶苦茶に眩しい。

 そして上下のはざま。お・ヘ・ソ出し。

 学院では見たことのない、黒フチ幅広フレームの眼鏡。


 完っ全に隙だらけの格好したクラスメート美少女が、クラスメート男子の部屋から出てきた事実。

 それが、くつろげるだけの関係性があるからこそと思えてはばからない予想。


 そんな《ヒロイン》さんは、俺の顔を見るなり顔を真っ赤にして、オッパイガードが如く自分を抱きしめた。

 極めつけは、何か俺が口にする前に、俺のみぞおちに拳を叩きこんで。そこから先は、ボクシング漫画も真っ青な、左右両拳の交互の連続殴打である。


 ……ヒュドンッ! チュドンッ! って、インパクト時にそんな衝撃音がとどろいた。


 最近の《ヒロイン》は、俺だけには良く手が出るようになっていてつらたん。


(頭蓋が粉々になる前に、慌てて《主人公》が制止して、この状況を説明してくれたのはいいけど……なんだよ。入学時に空きがなかったから同じ部屋になったって)


 俺みたいな三縞市に引き取られ、学院に通うような奴こそイレギュラー。

 大半の学院生は、皆遠方から三縞校にやってくる。

 そういった奴らは、学生寮に住むというのが当たり前なのだが、どんなラッキースケベか、彼ら二人には、割り当てられる部屋が足りなかった。


(いや、だからって。男女二人を同じ部屋に住まわせるかね普通)


 「同じ屋根の下」という意味でも、俺と彼らは少し違う。

 俺が住んでいた下宿は、三泉温泉ホテルの、いまでは宿泊に使われなくなった旧館をそのまま使っていた。

 住人一人一人は、当時の客室をそのまま使うから、当然それぞれの部屋ごとで施錠ができる。


 対してここは性格が違うんだ。


 廊下に一室一室、別室として連なるのがうちの下宿。なら、こちらは一つの大部屋に、それぞれ個室があって……「世帯」という言葉を使えばよいのかな。

 ルームシェア。風呂もトイレも共用だろう(ウチの下宿も風呂は共用だが)。


「まぁでも? あの分なら《主人公》も童貞ディフェンスタックルだねぇ。ちょっと安心したわ。昼と夜の顔がまるで違うカップルの部屋だったら、流石の俺もごめん被るっての」


 先ほどの、《ヒロイン》に一宿一飯を頼み込んだ時のことを思い出してみた。

 遠回しの言葉の牽制に気付かない《主人公》の朴念仁っぷり。顔を真っ赤にあたふたしていた《ヒロイン》の様子を思い起こせば、いまだその一線は超えていないらしい。


 いや、というか……むしろ心配にすらなってきた。


(どう見ても二人はデキてる。なのに、同じ部屋で三年も暮らしてなお、いまだ何もないっていうのはむしろ異常じゃねぇかな)


 真実なところを話してしまおう。

 別に男子訓練生と女子訓練生が同じ一間で寝泊まりすることは変なことじゃない。


 任務になったら、そういう緊急的な状況はあるだろうし、そういうこともあるから、男女混合の学生小隊は、夏合宿だって最初の3日間同じ部屋で、残りの四日間は身を寄せ合うことになる。


 でもそれは、プライベートではない。あくまでオフィシャルであり、ミッションだ。


 しかし、誰からの干渉儲けない、強制力も働かない。

 一年も二年も経って、学生寮に空室が生まれたかもしれないであろう中でも、自己決定でこの状況を選んだというなら、プライベートで双方とも選択したという事だった。


「こりゃ、《ヒロイン》が焦るわけだわ。ハッ! まさかタマ無しっ!? なぁんて冗談は置いておこう。考えれば考えるほど、この部屋と、二人の雰囲気を観れば、やっぱりお邪魔虫になっちゃってるなぁ俺」


 頭ぁいたくなってきた。

 いまさらながら、随分幼稚な暴挙に出たことも理解してきた。


「あ~あ、せめて宿を決めるまで携帯端末は持っておくべきだったなぁ」


 携帯端末は、下宿に置いてきた。

 GPS設定を掛けられていることで、追いかけられても、合わせる顔がない。まぁそういうことで、実は二人の愛の巣に駆け込んだのだって、アポなしだった。


「ミスった。考えてみたら、蓮静院のとこに転がり込めばよかった。お手伝いさんと一緒に、屋敷一棟自分専用の学生寮として使ってるし。部屋に余裕ありそうだし。いっそアイツのお手伝いさんになって、厄介になるって手は……」


 やっぱり、申し訳なさは募っちゃうねぇ。

 あらかじめ連絡を入れて、お伺いを立てれば、こんなに迷惑をかけなかったはず。


(また、迷惑をかけちまったなぁ……) 


『山本。灯里のOKが出たぞ』


 そんなことを思ったところで、《ヒロイン》の部屋から、疲れた笑顔を見せた《主人公》が帰ってきた。


 うぅわぁ。

 その表情を見て、思ってしまった。


 やヴぁい。俺、実は自分が貧乏神なんじゃね? って。


『で、明日なんだけどさ。何か考えはあるのか?』

「え? 考えって、何の?」

『いや、だから明日の学校について。きっとトリスクトたちと何かあった。だからうちに来たんだろうけど……』


 しかしながらだ。

 《主人公》の問いを耳にして、


『どちらにしても、明日学院で会うことになるだろうから、大丈夫かなって』

「……あっ!」

『もしかして、何も考えていないのか?』 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」

『何も考えていないんだな……』


 自分自身が、どれだけ考えが足りていないか自覚した。

 誰を頼って、何処に寝泊まりするとか、そんなことは重要じゃなかった。


(どーしよう。そういえば結局、明日学院でどっちにしろ会うことになるじぇねぇか)


 あぁん。僕の馬・鹿・野・郎♡


 呆れた顔してため息をつく《主人公》のその様子に、俺は「この阿呆め」と言われている気がした。



「ふっふ~ん。何度経験してもいいもんじゃわい。風流じゃのっ♪」


 地方都市の三縞市の中では、一階に大手チェーンスーパーが入ったその高層マンションが市内随一の高層ビル。


 最上階と屋上を所有するとしたら、所有者はとんでもないお金持ちに違いない。


「月かぁ。眺めながら湯につかり、酒をる。覚えおこう。妾の世界には無いからの」


 屋上は、露天風呂になっていた。

 素肌をすべて晒した褐色の肌の美女は、その中に体を投げ出しながら、月を見やり、右手のなかのぐい飲みを一気に煽った。


「さて……世話が、焼けるのぅ?」


 そうして、ぐい飲みを適当に放り投げる。ガチャンッ! と割れる音と共に、湯から上がった。


「あぁ、安心せぃ。それは大量生産品の激安物じゃよ~? もしかしたら、陶芸の銘品とでもいう触れ込みで、購入したかもしれぬがな」


 彼女が、視線を向けた先には、ボウッと呆けた顔した身なりの良い男が立っていた。


 笑いながら、惜しげもなくその艶やかで美しい、豊満な裸体をさらして近づく美女は、そっと男の耳元にささやいた。


出撃るぞ? 財布をだせぃ。ミツグ君A」

『……ハイ』


 本来なら、目が飛び出して、涎を垂らし、鼻血を出すような光景。

 しかし男は、魂が抜けたように、美女の言葉に頷くのみ。


 女はそれに対して、ニィッと目を細め、右手中指と人差し指の二本で自分の唇をぬぐう。そして、唇が触れた指を男の口に滑らせた。


「いい子じゃ。せめて褒美として、良い夢くらいは見せてやらねばのぅ。それを励みとし、精は仕事に出す・・・・・・・のじゃぞぉ? このマンションも、決して安くはないのじゃろ? 働きによっては、加護の口利き・・・・・・もしてやるでな」


 瞬間だ。


 唇を触れられた男は、そのままその場に、仰向けに倒れてしまった。「う~あ~♡」と呻きながら、倒れたまま、腰を空に向かってにヘコヘコ振る。


 クスクスと笑った美女は、そのまま、最上階の男の部屋の、男が所有しているはずの、キングサイズベッドのある部屋へと、軽やかな足取りで向かっていった。

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