第41話 疑心暗鬼は距離を作ってしまいますっ!
『「それじゃ、宜しくお願いします」』
『おうさ! 任せといで。残りの準備期間も頑張るんだよ。鉄君に三泉坊や』
《主人公》と重ねた挨拶に、返ってきたものを耳に入れながら、たったいままで滞在していた建物の敷居を出る。扉を閉めた。
「い、いまのオバちゃん。三泉坊やって……」
『ははっ! 山本は三泉温泉ホテルの手伝いをしているみたいだから。きっと三縞校の訓練生というより、そっちのイメージが強いんじゃないか?』
「否定はできないね」
授業と訓練をこなしながらの、文化祭準備は始まった。
俺と《主人公》は市内で商いをしている店を回っていた。
『うん。にしてもやっぱり、山本についてきてもらったのは正解だったな』
「俺が?」
『俺たちの出し物は物産店舗だ。商品はスポンサー商店から借り受け、販売した売上高をそれらお店に還元する。いわば商店の代理店って扱いかな。となるとどうしても、生徒と商店の強い絆が必要になる』
「強い絆って言ってもなぁ」
『ホテルの手伝い途中、観光やグルメのアドバイスをお客さんにしているんだろう? きっと街の人も助かってる』
「そういうもんかねぇ」
こっぱずかしい。褒めてきやがんの。何も出ねぇぞ?
それとも、女子三人攻略するだけじゃ飽き足らず、とうとう男子にまで手を出そうってか?
抱かれてやるぜ? 《主人公》コノヤロー。
『そういえば、こうして山本と二人になるって初めてだな』
お? これは本格的に俺を堕とそうと? 望むところだコノヤロー。
……《ヒロイン》様からの、のちの怒りを考えたら恐ろしいが。
「なるほどねぇ。恥ずかしいことをサラリと言える。これが《主人公》ってやつか」
『主人? 何を言って……』
「ほどほどにしないと、《ヒロイン》に嫉妬を喰らうぞ?」
『ヒロ? 言っている意味が、分からないんだが』
まぁ、そうだよなぁ。
『……なぁ、聞いてもいいか?』
「んが?」
まさに不意打ちである。
「どうして、この三組に入ってきたんだ?」
朗らかな《主人公》の声が、真剣なものになったから、拍子を抜かれてしまった俺は変な声を上げてしまった。
「なんざんしょいきなり。編入時に、上のセンセー方に采配されたんだろう?」
『それは分かっている。だけど、そうなる理由がつかめない』
「そうなる理由?」
たぶん、冗談は一切混じっていない質問。その空気は肌で感じられた。
『俺たち三組は特殊なんだ。それぞれの家や生い立ちもバラバラ。種族だって。ウチみたいなところは、三縞校どころか他の士官学院にも例を見ない』
「あれだろ? 蓮杖院は有名どころ。鬼柳君はフッツ―の陰陽道だか退魔師の家系(陰陽師の時点で普通とは?)。石楠や牛馬頭はその退魔の者が、かつて倒そうと躍起になっていた妖魔の末裔。かと思えば、血縁なしに突然力を持ったパンピーの壬生狼なんてのもいる」
『気付いていたのか』
「教えてくれたのはトリスクトさん。まぁ、気にはしてなかったけどね」
いやぁ、そのあたりはマジで気にしていない。
話に聞けば、昔は退魔だの妖魔だのが争い合っていたっていうじゃない?
別にさぁ、俺としては、そういうやつらの末裔が、一つのクラスに混同したとして、毎日仲良く宜しく楽しくやれているならそれでいいと思うわけ。
『実はずっと気になっていたんだ。そんなクラスだから、三年生に上がる前の二年間で色々あった。命の危機に瀕したことも一度や二度じゃない』
「そうして三年になって、超強固な絆で結ばれた栄えある三組に、新参者二人。確かに意味不だなぁ。言っちゃ、完成されたクラスに、どうして新しい人間をって奴」
でも、確かにそう考えたら気になっちゃうよねぇ。
「いやぁ、意外に特別な理由もなかったりして」
『そうなのだろうか?』
あれま、《主人公》考えこんじゃったよ。
やめてほしいねぇ。俺のことなんて、とるに足らない事じゃありませんか。
『そういえば、記憶の方はどうなんだ?』
「んん?」
『こういうのは、本当は聞くべきじゃないのかもしれないが。時々気になってしまうときがあるんだ』
「これは、どうもご心配をおかけしまして」
『茶化さないでくれ。記憶を失った山本を中心に、知ってる女子隊員が集まってることも含め。実は三組の所属になった理由はその辺にあるんじゃないかって』
なんだろう。記憶をなくした俺以上に、俺のことを心配してくれる《主人公》。
好きっ! 抱いて! って言ってもやぶさかじゃねぇ。
「さぁて、実は隠されし力があって、
『可能性も?』
「いやないか。学院一の剣士である刀坂から見て、俺がそんな存在に見えるか?」
『剣や刀を振るってきた身体じゃない』
「対人訓練で、ふさわしいとされたのは大戦斧だし。超究極大呪文の線もないか。だって俺には……三組全員、トリスクトさんも誰一人漏れずに持っている、いわゆる《力》っての持っていないもの」
『実はそこも、俺たちの学院に編入できたことに対する、謎なる部分なわけだけど』
「だろうなぁ。一応、
とはいえ、《主人公》が疑問に思う点も、わからないわけじゃなかった。
人ならざる者と戦ってきた退魔の者たちの意思を継ぎ、この世ならざる者、そして異世界からの脅威、アンインバイテッドに備えるのが魔装士官学院生。
《王子》は剣の他に、式神を呼び出す。
《主人公》や他の者達は、武器に霊力だのなんだのを通し、時に術など出力してそれらと戦う。
んで、俺と言いますと……
これまでそんなことができた試しが、ないんだなぁこれが。
いわゆるアレですな。
魔装士官学院のなかでの落ちこぼれって奴でやんす。
『すまない。変なことを聞いてしまって』
「いや、いいんだよ。記憶については、俺もどうにかしなきゃと思ってた」
『そう……だといいんだが』
ああん、《主人公》!
そんなタブーに触れてしまって申し訳なかったぁみたいな顔しない。こっちがいたたまれなくなっちゃうでしょーがっ!
「なぁ、刀坂」
『なんだ?』
本当に、記憶については、俺にとっても直面した問題だった。
「面白いんだぜ? 文化祭の準備をすればするほどさぁ、思い起こされるものがあるんだ」
『思い起こされるもの?』
「女の子が、隣を歩いてんの」
『女の子? それはトリスク……』
「日本人なんだなぁこれが。名前も顔も思い出せないのに、明るくて活発で。一緒にいて、凄い楽しかった」
『や、山本?』
「
『ッツ!』
「いや、そんなわけがないか。ハハッ。自意識過剰乙」
本当に問題じゃない? これって色々。
「リィンたちは、俺が記憶を失う前、トリスクトさんと婚約したって言ってたけどさぁ。どんなに探しても俺の記憶の中に、トリスクトさんはいないのよねぇ」
『そ、それって……』
「思い起こせば思い起こすほど、出てくるのは、もっと遠慮がなくて、ぶっきらぼうで、人懐っこい女の子の輪郭」
『だけど、それは……』
「あぁ、俺の記憶じゃないかもしれない。どういうわけか、違う人間の記憶を俺が所有しているって話。トモカさんからは、そう聞いている」
そう、そのように聞いている。
別に、編入したての四月とか五月とかはそれでもよかった。
でもさ、九月に入ってから。一気に変わってしまった。
記憶を失う前からトリスクトさんと婚約をしていたと聞いて、それまで彼女たちの《大切な人》繋がりで、優しくしてくれていたのだと思っていた自分が、急に当事者であったと知った時、彼女たちを見る俺の前提条件は変わってしまった。
水脈橋に遠出した。
知らない街に立ったあの時、確かに見覚えを感じて……しかし、一方で、俺の中の景色とはかなりの部分で違いがあった。
それが、もしかしたら他人の記憶を持っているゆえに起きた現象かもしれないが、俺の心は動いてしまった。
「ちょっと、考えちゃうときがあるんだよなぁ」
『考え事?』
「もしさ、俺が他人の物だって思っていた記憶が……いや、それならさ。トリスクトさんやアイツらは、一体俺のなんだったのかなってさ」
『山本?』
「そもそも、本当に俺にとっての何かだったのかなぁって……」
『ッツ!』
他人事では、いられなくなってしまったというか。例えば、その記憶こそが……俺の本当の記憶だったとしたら?
俺の記憶には、一度も出てこない、小隊メンバーの面々。
だからこそ、誰かの物の記憶の方が、親近感が湧いていた。
皆が、
知らせようとしないのは、本当は、彼女たち誰もが俺と何一つ繋がりがなくて、何らかの理由で構っているだけなのかなと。
トモカさんから聞かされているだけで、本当はその記憶こそが俺の記憶。
そして、もし、彼女たちに俺との繋がりが無かったら、話は一番最初の前提に戻るんだ。
すなわち、トリスクトさんと俺は、婚約者ではない。
きっと、やっぱり何処かに、かの《旦那様》がいるんだ。
いまはね、実はその方が気楽だったりする。
キャンドルサービスやケーキ入刀。どう見ても、俺が説明したとして、話を聞くと二人の結婚は間近だったようにもうかがえる。
(『お預け』……かぁ)
気にするなと言われたけど、気にしない方が無理ってものだ。
本当に、婚約者じゃない方が気楽だと思うよ。
せめて、少女たちに対してだけは、俺は当事者にならなくてもいいんだから。
真実を知ることができないから募るストレス。せめて、婚約や少女たちの関わることについては、和らぐような気がしていた。
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