第一部エピローグ

第28話 気になるわ。俺だけのけもの心が痛いっ!?

『感謝状の授与は会長と、三組全員でという話なんだが。山本、トリスクトたちは?』

「俺に聞かないでぇ。所要があって下宿に残るって」


 夏祭りの後日。


 《ショタ》の頑張りでホールは無事封印。魔装士官学院生で、転召済みアンインバイテッドをせん滅したことで、状況も無事終了。


 重軽傷者は出た。が、後遺症の残る者は誰一人なしと聞いている。

 そしてこれが重要だ。犠牲者ゼロ。


 アンインバイテッドの出現を認識してからの後手に回ってしまった状況でありながら、速やかで、鮮やかな対応によって、満足いく結果となった。

 それが指揮官、《非合法ロリ生徒会長》と三組に、市から感謝状を贈られることになった理由だった。


『教官は……』

「同じ。それにどうやら、そのまま引っ越し手配も終わらせてしまうんだと」


 で、役場行って、市長からのありがーいお言葉を受け眠くなってる俺の隣には、トリスクトさんも、シャリエールもいなかった。


『確か、看護学院二年生の二人だったか? 山本の小隊に加わるって話を……』

「ねぇなんでかね? 寝耳に水なのよ。小隊の全員が知っていて、俺だけその話知らなかった。今朝市庁舎来るため下宿出たときに、トモカさんから」

『俺も山本と合流してから聞いて驚いたけど、随分いきなりだな』

「決定事項みたい。下宿に住むことも決まっちゃっててさ」


 感謝状授与とかどうでもいい。

 むしろ、知らないところで勝手に話が進んでいる方が気になった。

 ぶっちゃけここにいるより、下宿で俺も待機したかった。


(面倒な匂いがプンプンしてくる。あの日初めて会った二人も、なぜか俺を知っていたし)


『また……女の子の影が増えるわけ? ルーリィをどれだけに不安にさせれば。馬鹿なの? 死ぬの?』


(……もうすでに、面倒な燻りが、点火しちゃったみたいなんですけど……)


 あぁ、お腹が痛くなってならない。



 場所は一徹の下宿。されどいま彼はここにいない。


「……ごめんなさい。貴女にはもう、二度と迷惑をかけないと誓ったのだけど」

「気にしてないわ。私はもう、貴女のことなど・・・・・・・信用していない・・・・・・・のよ・・


 開口一番が、不穏。

 それが、あのトモカ・・・・・による不快からの吐き捨てであることが、場にいる全員を閉口させた。

 そんなトモカが姿を消した後も、金色の長髪を垂らした、背の高く、線の細い女は、深々と頭を下げ、目を閉じて黙っていた。


 最低な始まりを、他の全員は覚悟した。

 この後の話は、きっと穏やかには進行しないのだと。


 ゆえに、今から離れていくトモカに対し、深々としばらく頭を下げる女に対し、この場にいる他の六人は、不安げな表情で見つめていた。


 そして……


「やっと全員集まった。一徹の精神を守る以上、一度に再会させるわけにはいかなかったから」


 沈黙した皆の注目を浴びた女が、やがて静寂を破った。


 ピンと胸を張って直立不動。右手を腰に立ってラフな立ち姿。

 傲岸不遜にも見えるポージングに淡々とした話口調は、者によっては苛立ちを募らせるかもしれないが、それでなお、誰も口を開かないことが、この場にいる誰よりも、その女の立場が上であることわからせた。


「《耳飾りの乙女》、ナルナイ・ストレーナス。アルシオーネ・グレンバルド」


 女は、興味なさげな瞳で、この場に集った彼女たちに視線を向け、名前を読み上げていく。


「《髪飾りの乙女》、リィン・ティーチシーフ。エメロード・ファニ・アルファリカ。そして……」


 しかしながら、四人の名前を読み上げ、残りの二人の名を挙げようとしたところで、その目は鋭くなった。


「《指輪の奥》、ルーリィ・セラス・トリスクト、シャリエール・オー・フランベルジュ」


 それに二人が気付かないわけがない。緊張の面持ちで息を飲んでいた。


「以上、《魂の留め手》六名を前に、《調整者》カラビエリの名において、改めて本世界滞在における契約条件の説明をさせてもらう」


 ピリッと、この場の空気が張り詰めた。いつも騒がしい食事時の居間とは大違いだった


「大まかなところで言うと、一徹が失った記憶の恣意的な回収の禁止。つまりは関係性の強要。他にも、こちらの技術、文化の持ち帰り。あぁ、この世界ヘのあり得た未来への干渉も禁じる」


 その言葉に、誰も納得していないようだった。


「もどかしいとは思うでしょう。けどね……」


 先ほどの、トモカに対するしおらしさはどこに行ったのか。己をカラビエリと称した金髪の美女が、強い態度を改めることはない。


「ストレーナス。決闘形式で直視できないほど残虐に痛めつけ、貴女の父を殺した一徹。愛娘と邂逅した当時の葛藤を、思い出させるつもりかしら?」


 まず、ナルナイの顔面が蒼白した。


「グレンバルド。貴方の父親の親友を、ナルナイの父と併せ、一徹は二人も殺したわ」

「や、やめろ……」

「己が殺した相手に深く関りのある者と、のちに親しくなってしまった時の苦悩は幾許か。その後、ナルナイの父親を殺したわざを、貴女を生かすために教えることになった。矛盾よね」

「やめろって!」


 アルシオーネが激高するのも無理はない。


「我儘放題の害悪令嬢は、ナリをどこに潜めたのか。初めての出逢い。己が公爵家の私兵でリンチを掛けたものだったわね。アルファリカ?」

「うっく!」

「でもそれ以上に許せないことを、貴女はしてくれた。次第に人となりを知り、強さに頼もしさを覚えたところまではよかった。その後。貴女を助けようと必死になったアイツの、なりふりの構わなさに恐怖を覚え……」


 淡々と言葉を紡ぐカラビエリに、エメロードは、恐れの表情。目は、小刻みに揺れていた


「『近寄らないで、化け物』と、直接叩きつけた」


 キュッと、胸の位置でこぶしを握った所を認めたカラビエリは、次の獲物に視線を移した。


「貴女の存在は、忌まわしいトラウマ・・・・・・・・・を呼び覚ます。彼は・・貴女を受け入れられたけど、いまの一徹・・・・・に耐えられるかどうか。壊すつもり? フランベルジュ」

「それを、望んでいると本気でお思いですか?」

「貴女が望む望まないじゃない。望まなかったとして、貴女がいることによって壊れてしまっては意味がないの」


 カラビエリは、一人一人の心をえぐっていった。

 普段なら口でも負けはしないシャリエールですら、彼女を前にすると、黙らされた。


「あの時、『一徹に踏み込むな』と言った。貴女は聞かなかった。そして彼に認められてしまった。だからよ、この世界にまでついてきたのは。退くことができないところまで既に来ているのね」

「絶対に壊させません。私が止めて見せます」

「よく言う。堕ちていくことを、止められなかったくせに」

「くっ!」


 各自それぞれ、一徹とは相当な過去があった。

 そのどれが、自分以外の者に触れられたくないものばかりだった。


 そんなこと、カラビエリには関係がないのだ。

 無神経にも爪を立て、悲しい思い出を、当人の鼻っ面に突き付けた。


「あぁ、トリスクト。ルーリィ・セラス・トリスクト。私は、貴女の顔を見るのが一番嫌い」


 そして、カラビエリの表情がとりわけ厳しくなったのは、ルーリィに呼びかけたときだった。


「堕ちて変わってしまった自分を見られたくないとして、前の自分を知っている貴女と、ティーチシーフを、常に彼は意識してた」

「……カラビエリ」

「だけじゃない。貴女とエメロード・ファニ・アルファリカの誘拐の一件。一徹は、さらなる一層の修羅に身を落とした。貴女は彼を堕とした張本人なのに、なぜ一徹の心を握って離さなかったの? あまりに傲慢」


 敵意の質が、他とはあまりに種類が違った。


「貴女は彼を手離さなかった。だから彼も貴女を手離せなかった。その後の動乱において、もし一徹と貴女が完全に切れていたのだとしたら、どれだけ彼は楽だったか」

「ッツ!」


 すべて、思い当たってしまう節がある。

 ゆえに彼女にも返す言葉なかったく。


「そして……ティーチシーフ。貴女が一番、彼の隣にいてはいけない。頭のいい貴女のことだもの。分からないわけではないわね」

「一緒に救われたもの。兄さんが初めて愛・・・・・・・・した姉さん・・・・・と一緒に、私は救われた」

「すでにその時、その女は身中に呪いを抱え、結果彼は喪うことになった。貴女を目にするだけで、かつて守れなかった、アイツにとって何より大事だった存在を思い出す。それは……呪いよ?」

「だからこそここにいる。その一件こそ、一徹さん・・・・が私の兄さん・・・となり、別れ、そして壊れ堕ちいく・・・・・・すべての始まりだから。兄さんから姉さんを失わせたのは、私が姉さんを守れなかったから。姉さんの異変に、気付けなかったから」

 

 皆が、弱腰になる中で唯一。

 最年少の少女は、正々堂々と、正面から鋭い視線を受け止めた。


 カラビエリはこれに、納得いかなさそうにため息をつき、額に手を当てた。


「本来記憶をなくして若返った一徹が、この世界に来たなら、守るのは私だけでよかったの。何が『一徹を守りたい』なのかしら。本当は、そんな立場にない癖に」


 そして、全員に吐き捨てた。


「本当に私は、貴女達全員が嫌い。一徹を壊したすべては、貴女達の世界によるものなのに」


 リィンと、シャリエールと、ルーリィだけが、カラビエリに強く視線を向ける。

 逆に言えば、他の三人は心苦しそうに俯いていた。


「人間族とエルフ。魔族と獣人族。《白》の側と《黒》の側が対立する世界。その双方ともに、一徹と心重ねた貴女達が存在したから。一徹は第三勢力を作らざるを得なかった。そうして、世界をまたにかけた大戦は勃発する」


 そんな中、カラビエリは自嘲気味に笑った。


「人間族の神に心蝕まれ、ことごとく敵軍を蹴散らしていくトリスクト。何を、アイツに強制させた?」

「一徹はシャリエールに……命じた」

「貴女は手加減してどうこうなる存在じゃない。止められるのは、フランベルジュしかいない。殺し合いの始まりよね・・・・・・・・・・。そうなることも予想できた一徹の、決断時に入った心のヒビの大きさは」


 徹底的に、彼女たちを糾弾していた。一切の慈悲を、カラビエリは持っていなかった。


「《白統姫はくとうき》ティーチシーフ並びに《聖姫ひじりひめ》アルファリカは、《闇の足音》にして《筆頭夢見監察官》の称号を持つストレーナスとグレンバルドと衝突した。そうして、貴女達は……」


 だからここにきて一つ、大きく息を吸って……


「《白》と《黒》のはざまに立つ、《灰》に生きる者達を率い、まとめ上げ、奔走して生きた一徹を……殺したのよ・・・・・?」


 ……いつも、一徹を取り囲んで、活気のある居間は、完全に凍り付いた。

 全員の表情に、戦慄が張り付いていた。


「あんまり、小娘共をいじめるもんじゃないわい。一徹は結局死んで・・・・・おらんかった・・・・・・じゃろう? 大人げないのうカラビエリ」

「ッツ!」

「それに、随分自分を棚に上げたものじゃのう。真なる始まりは・・・・・・・、主じゃったろうが」


 が、この場で主導権を握りきったカラビエリに対し、軽口が飛び出す。

 耳馴染みがあるからだろう、認めて、カラビエリはグッと歯を食いしばった。


 言われっぱなしだった他の六人など、その声の主を一目見て……


「お? よいよい。あまりかしこまるでないわ。いまはわらわも主らと同じ、異界に飛び出た漂流者プータローニートのようなものでの」


 瞬時にひれ伏した。

 もとの世界での《白》や《黒》など関係なく。六人全員が三指を畳に、首を垂れていた。


「創造主ヴァラシスィ様……」

「ご挨拶が遅れたこと、誠に申し訳なく」

「まさか、こちらにまでおいでになっているとは……」


 明らかに声を震わせているのが、シャリエールとナルナイ、アルシオーネ。


 普段、豪放磊落ぶりを見せつけるアルシオーネがここまでの反応を見せるのだから、その存在の意味は、彼女たちにとってとんでもない。


「ええい、他人行儀で気持ちが悪い。小娘六人に関しては、別に気にせんと言った。たったいま出たその名も、もとは母様・・・・・を示しておるのじゃし。面を上げぬか」


 全員が、促されて顔を上げる……ため息をついた。

 視界に入るのは二人の女性。


 カラビエリ。

 黄金色の絹を、何千何万と束ねたか知れないような、光を反射させる長い髪。

 同色より少し明るい金色の瞳。白磁のような肌。

 ミニのTシャツとスキニージーンズが、スレンダーなスタイルを際立たせる。


 ヴァラシスィ

 褐色の肌は本来、日に焼けたようにも見せ、活発な印象を与えるはず。

 が、光沢のある艶やかな長い髪が、吸収、反射させた光によって白い輪のようなものを浮き上がらせるから、天使の輪のようにも見え、神秘的。

 豊満なグラマラスプロポーションは際立ち、加え、同じく黄金色の瞳はとらえたものを吸い込んでしまうほどの魔力を持っていた。


「……神が造りし造形美」


 誰かが、二人を目の当たりに、惚けたようにつぶやいた。

 それだけの美しさを我が物とするのが、カラビエリとヴァラシスィ。


「嬉しいが、妾には合わぬの。妾が神そのものじゃからのぅ。彼方の世界のじゃが」

「私の世界に神はいない。因果律を成型して作られるのよ。これくらいの容姿、うちの世界じゃたくさんいるもの」


 一徹をして、圧倒的美女とまで評価する彼女たちに、ここまで言わせしめる。

 とんでもないことではあるが、言われた二人は、特段感慨深げな反応はなかった。


「どうして、貴女がここにいるのかしらヴァラシスィ様」

「決まっておろう。主だけじゃと、小娘共を徹底的にいじめると思うたからの」

「帰ってください。速やかに。貴女は貴女の世界があるでしょ? 世界の存在が異世界に転移するならまだしも、世界の神そのものが、別世界に行ってどうするのよ」

「ま、怒るな」


 ……どうやら、圧倒的なカラビエリのストッパーを、ヴァラシスィが務めているようだった。


「それに、この妾に、モノが言える立場かえ? 一徹を殺しかけた小娘共に逆上し、他人の世界を消滅・・・・・・・・させようとした・・・・・・・主が?」

「グ……」


 これで、役者はそろった。


 一徹のいない下宿内。

 彼女たち一徹と、つながりの深い者たちとの密談は、これより一層深くなる……



『本当に信じられないのだけど。山本』

「な、なにを?」


 感謝状をもらってから三組全員でファミレスに向かった俺たち。

 なぜか俺だけ、危機に瀕していた。


『結局、貴女は誰を選ぶわけ? ルーリィでしょ? ルーリィでいいのよね』

『まどろっこしい。ちゃっちゃと吐かせるべき。拷問は得意』

『フォローが一つもできませんね。どうしましょうか?』

「だから何のことを言ってんのぉぉっ!」


 みんなで、ファミレスに入ったはずなんだ。


 なのに、男子は全員別の席。

 俺は一人だけ、テーブル挟んで反対に座る、《ヒロイン》だの、《委員長》だの、《猫》に、「あり得ない」とか「サイテー」だとか言われて説教を食らっています。


 ねぇ、男子ども。

 お願いだから助けを求めて視線送ってるんだから、顔を背けないで、

 心が痛い……よ?

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