第27話 必死に逃げ回ってたら、二人の美少女目の前にっ!

『あぁ、たかし。アンタも随分速くなったもんだねぇ。運動会のかけっこ、いつもビリだったお前が、お母さん嬉しいよ』

「たかしって誰ぇ!? っていうかおばあちゃん口開けないでっ! 舌噛んじゃうからっ!」

『うんうん、そうだったねぇひろし? アンタは勝負事が好きだったもんねぇ。賭け事が好きで好きで、借金で首が回らなくなったのを聞いた時にはお母さん、随分心配したんだよ?』

「ちょっと待って!? いまたかしって呼んだ俺にひろしって言いましたっ?」

『そうさ権三郎。お母さんアンタの元嫁のところに怒鳴り込んでいったんだよ? 汗水たらして働くお前の知らないところで、間男なんて連れ込んで。子供が五人もいたから共働きしようって約束だったのにねぇ。嫌な女だよぉ』

「はぁぁっ!? 大問題! おばあちゃん大問題! でもヒロシから権三郎になってる。仰々しい漢字になってる!」


 ドス……ドスドス……ドッドッドッドドドドドドッ! と地面の振動と地鳴りが近づいて来るのが分かった。

 体長二,三メートルはありそうな蜘蛛型。しかし鉱石と見まごう非常に硬質そうな外皮。

 そんなアンインバイテッド一体が、俺に気付いて追走してきたことで……芋づる式に、次々追いかけてくる脅威の数は増えていった。


「のっわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!」


 そりゃねぇ! すんごく怖いのよ。

 さっきから、鉄とか溶かす酸みたいの吐いてくるし。

 一瞬追いつかれたときにふるわれた爪で、甚兵衛の袖口、キレーに裂かれたし。それなのに……


『離婚して、でも元嫁は子供一人も連れて行かず。アンタは一人で子供たちを養おうと……長い長い、マグロ漁船遠征だったねぇ。やっと帰ってこれたんだねぇ。かわいそうに。育成能力不足とみられて、五人とも児童相談所に引き取られて……』

「誰かっ! 誰かこのおばあさんの息子さんを探してくださいっ! 五人の子供との新たな生活、応援してくださいっ!」

『おぉ、もっとお母さんにお前の可愛い顔を見せておくれタカシ。ヒロシじゃったか? 権三郎? 違う……エクスフィア』

「どこから来たおばあちゃん! ねぇ、いきなりカタカナクールな名前、どこから湧いて出……って、やべぇ!」


 おばあちゃんが個性的すぎたのが、致命的。

 ツッコミを入れる際、進行方向にやっていた目を、おばあちゃんに向けてしまった。

 その先に、突然アンインバイテッドが現れたというのに。


(しくじった!?)


 その出現に気付くことに一瞬遅れてしまった。アンインバイテッドは、その進行方向に俺が至るのを、いまかいまかと待っているかのように、爪を振りかぶっていた。


(くそ、こうなりゃやけだ! 攻撃の一発も食らう覚悟で……って、おい! あの脚一振りのパワーは、計測何キロだ? 爪の破壊力はっ? 無理じゃね耐えるの! いやいや、酸みたいの吐かれたらっ!? つか! 防御力ゼロ甚兵衛だぞっ!)


「あぁ畜生っ!!」


 車は急に止まらないと申します。

 この場を脱出するために、全力疾走している自分も例外にないのでございます。

 じゃあもう、突っ込むしかないじゃないですか。


 しかし、旧ストップは出来なくても、んな、あらぬ方向に90度カーブとか変に色気さえ出したりしなければ……


「ッツ!」


 慣性の力にあまり逆らわず、左斜めに足を出す。

 待ち構えていたアンインバイテッドの爪がピクリと動いた。


「グゥッ!」


 前方に傾いた慣性が少しだけ左方向に逃げたのを利用する。一気に逆側、右足を踏み抜く。

 これで、上半身も降ることで、最初の見せた小刻み左フェイントは、本格的に左サイドステップへと移行した。

 見せかけからの本移動。


 瞬間だ。小刻みの最初のフェイント状態の範囲より、大外に出たことで、アンインバイテッドは爪を慌てて突き出した……が……


「MA・GA……REEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!!」


 それこそが、一振りを誘い込むための本フェイク。

 左サイドステップなら、着地時に左足にストレスがかかる。このまま、衝撃を吸収緩和しきる前に、そのストレスにさらに力を加えて反対方向に向かって地面を蹴った。


 つまりは、雷をイメージするわけないが、左重心ずらしからの左サイドステップ、瞬間右サイド大幅ステップ。

 走法カットとでもいえばいいのか。

 行く手を遮る妨害者を抜き去るため、どんな動けがいいか。


 フェイクを見せるときも、本フェイクから一気に逆サイドに跳んだときも、アンインバイテッドとは距離が詰まったこともある。

 当然ながら俺を間近にとらえる視界は狭くなっていたはずだから、俺の急激な逆サイドへのステップに、姿を見失ったようにも見えたならありがたい。


 爪を突き出し、脚を伸ばしきった一瞬に、隙が生じたこともある。

 ぶっつけ本番というか、直面して半ば本能的に動いたのだが、思いのほか、うまく行った。


(ぐぅっ! とはいえ婆様抱えてサイドステップ思いっきりって。めっちゃ脚に負担が……)


「って、おいっ!」


 はは、確かに急激な方向転換で一体は抜けたのだよ。

 ……その後ろに、もう一体が控えていることも気付かず。


 一体目を抜き去った俺は、おあつらえ向きな獲物だったようだ。

 後方一体は、既に脚を振り上げている。

 猛ダッシュは続けていて、しかし足の痛みでさっきの方向急転換も効かない。


 なら、振り下ろした先に、俺が走っていく形か?


 じゃあ……串刺しっ!?


(やばい、やばい、やばいっ、やばいっ! ヤヴァイッ! 死んだぁっ!!)


「ッツ!」


 慈悲も何もない。

 俺の命を穿つ振り上げは、振り下ろされた。

 最悪だ。人生最後の光景が怖くなって、思いっきり目を閉じてしまって……


「……えっ?」


 何もなかった。

 痛みも、衝撃も、何一つ。

 しかし一瞬のち、とんでもない爆音と突風が突き抜けたのか、流されて、体ごとなぎ倒された(ゴメンお婆ちゃん!)。


「なっ!」


 目をつぶっていた間に起きた異変に、目を開けて状況の把握に努めようとして、絶句した。


 轟轟という音を立てながら、俺の視界のすべてを埋め尽くす、《白》が過ぎ去ったのだ。


「……あ?」


 そして……それが・・・過ぎ去った後には、何も残っていなかった。

 何もだ・・・

 朽ちて火の手が上がっていた屋台も。瓦礫も、そしてたったいま、俺を終わらすはずだったアンインバイテッド・・・・・・・・・さえも。


「ちょっと。話には聞いていたけど。それにしたってこれは、あまりに脆弱すぎるじゃない。これなら出会った頃の私でも、小指一本でねじ伏せられたわよ?」


 ……声。

 

 たった今まで俺を害そうとした脅威は一掃された。一度に騒ぎの元が消失したから、一瞬静けさが下りる。ゆえか、その音色はよく通った。


 この危機極まる場には、あまりにも場違い。

 優雅。いや、優美という表現がピッタリきた。


(なんだこの娘……)


 後ろからの意識に振り返る。目に貼った瞬間だった。

 ぶわっと、圧倒する何かが体を押し、吹き、突き抜けたようなような感覚。


(住む世界が……違う?)


 キャラメルブラウンのロングヘアをフワッとかき上げ、冷めた目を俺に向けながら近づいてくる美少女に覚えたのは、際立つ品と匂い立つ高貴さ。


「貴方、私に話してくれた十八歳の頃の思い出と、乖離しすぎじゃない。私が想像していたのより、はるかに冴えない顔をしているのだけれど」


 そういう意味ではトリスクトさんがいる。

 しかし、彼方は騎士のような凛とした雰囲気を立ち上らせるが、こちらは……


(おいおい、コイツぁどこかの「ええとこのお嬢さん」なんてのとは格が違うぞ!)


 本当に、大だろうか超が付きそうな家格。いや、もはやどこぞの国のお姫様といって過言じゃないほどの。


 絶対的なオーラが、「下民が」とでも言ってそうな冷めた視線と共にビシビシとぶつけられる気がした。

 だから「たかしや、ヒロシ? どうしたんだい?」と、そばで狼狽えるお婆ちゃんにも意識を向けられない程、目を捉えて離さなかった。

 

「君が、助けてくれたのか?」

「き、君って。あの皮肉屋シニカリストな貴方が君って。気持ち悪」


(い、いきなりこき下ろされた……)


 交わしたのは二言三言。属性はツンツン。なるほど、見た目通りの御性格のようだ。


 (すっげぇ綺麗なのに勿体ねぇ。まだ《ヒロイン》の方が可愛げが……)


「……何?」

「いや、何でも」


 属性にツンが少しでも掠ってる奴はアレなんだろうか? 容姿的傾向が似ているというかぁ。

 きめ細やかな白い肌×カケル少しキツめな瞳イコール傲慢高慢チッキチキ。


「そうだ。お礼がまだだった。ありがとう。助かったよ」

「でも、その正直さはもう、アイツにはなかったな。素直じゃなかったもの。考えや感情をさらけ出すとき、いつだって裏に思惑があった」

「は?」

「だから、いまの貴方が眩しい。でも当時十八だった私が、いまの貴方に出逢ったとして、気になったかどうか」


 よくわからない女の子だな。

 「礼を言われるほどじゃない」的な、気まずそうな顔を見せるんだから。


 (まだ、「わかってりゃいい。この恩、一生忘れるんじゃねぇぞっ!?」とか言いそうなアルシオーネの方が、わかりやすくていいんだがなぁ)


「ねぇ、辛かった? 私たちの世界。私の存在が、貴方の手を血に染めさせたこと」

「いやぁ、手を血に染めたってなら、俺を助ける為、アンインバイテッド消滅させた君のことだと思うんだけど……」


 最近のトレンドかぁ?

 ミステリアスな女性は魅力的と聞くが、相手に絶対にわからない謎を際限なくまき散らすのは流行りなんじゃなかろうか。

 小隊員のメンバーたちや、目の前の彼女を見ると、そんなことが浮かんだ。

 

「山本一徹?」

「えっと……」

「やっぱり貴方が、山本一徹なのね」


 うーん。わからん。

 どーして今度は落胆するのか。


「ん? あれ? なんで俺の名前を……」

「エメロード・ファニ・アルファリカ。逆地堂看護学校の二年生よ」

「逆地堂?」


 校名には聞き覚えがあった。

 三縞市には、大きい学校が二つある。


 一つが魔装士官学院。そして逆地堂看護学校。


(確か学院の小隊によっては、逆地堂から医療小隊員として協力している看護学生もいるって聞いたことが。医療小隊員の養成専門コースもあって……)


「そして彼女の親友よ。私に、届かせてくれなかった男性ひとが、最も大切に想っていた愛妹の」

「う、うぅ~ん」


 彼女って誰やねん。

 誰が誰の妹やねん。つーか、「その人」って誰?


「来たわよ?」


 謎問答が続いて、いい加減辟易したところで、ふいにエメロードと名乗った性格が悪そうな美嬢様は、不意に空を仰いだ……


「来たって……っ!」


 瞬間だった。

 全身がゾワリと波打つのを感じた。

 獣気。殺気。周囲一帯全方面から、俺たち二人に集中させたもの。


「取り囲まれた!」


 ハッとするような華やかさに見惚れていたことが、随分隙を作ってしまったのだ。

 それこそ、死を確定するような。


 (十? 二十? 違う。そんなんじゃ効かねぇぞ!)


「クソッ!」

「あら、貴方何しているの?」

「見てわからないかっ!」

「分からないから、聞いているのだけど」


 アンインバイテッドの群れが、俺たちを中心としてじりじり詰め寄ってくる。

 我に返る。

 お婆ちゃんを抱き上げて立ち上がった俺は、出来ることはないが、美嬢様を背に、敵を睨みつけるしかできないでいた。


「まさか、私を守っているつもり? そんな力で?」

「うるせぇっ! なけなしの根性をこき下ろすんじゃねぇ! 泣くぞ!」

「泣かないでよ。それに、言ったでしょう? 『来た』って」 

「だからっ! 一体何がっ……!」


 そもそも襲撃が発生するまでにいい時間帯になっていた。

 当然太陽が沈み、世界を支配するのは闇……のはずだった。


「何……が?」


 ばぁっ! と空に閃光がさく裂した。

 花火? 違う。

 色は単一。そして中心から四方八方に伸びる閃光は、その一本一本が太ぶとしかった。


「嘘……だろぉ?」


 その四方に飛び散った白の閃光は、軌道を描いて地上に落ちていく。

 あれだ。先ほど俺の目の前の一切合切を消失してしまった《白》が、一条ではない、数えきれないほどの筋となって……


 光の矢となって、アンインバイテッドに降り注ぐ。


 断続的。途切れることなく降りしきる。やがて、さらに白熱光量も増していった。


(大気がっ、揺れている!)


 取り囲んだアンインバイテッドたちの断末魔が鼓膜を叩き破ろうとするから、思わず、お婆ちゃん膝にかかる様にしゃがみ込んで、両耳を手でふさいだ。


 その後……


「お……い? 蒸発……させただと? あの数をいっぺんに?」


 俺の周囲に、アンインバイテッドの影はただの一体分すらなし。


【「魔装士官学院三縞校、隊長山本一徹と合流完了。及び、避難員一名を確保」】


 何が起きたのか、まったくわからない。

 ここで耳に入ってきたのが、インカム越しの通信と肉声。


「エメロード様。そうなんですよね?」

「……心を強く持って。大丈夫、私がついているから」

「はい」


 エメロードというツンツンとは、随分対照的な少女。

 純朴そうで落ち着きのある。穢れを知らず、まさに「大事に大事にそだられてきましたよ~」感の強い、美少女。

 

 なぜか俺の周りにゴイスー美人は多いが、なんというか一番庶民的というか、とっつきやすい印象を与えてくれた。

 安心を与えてくれるって言うか……


 現れると同時に、少しだけ不安そうに声を震わせたのが印象的だった。


 雪の精霊なのじゃないかと思うほどの抜ける肌。背まで伸びた白い髪。つぶらな、灰色の瞳。

 乙女チックという言葉の似合いそうな容姿。っていうか、どう見ても14、5歳にしか見えない。

 だから、清純な雰囲気を一層強めているのかもしんない。


 少女は、エメロードとやらの呼びかけに静かにうなずき、インカムのマイクに手を添えた。


【「会場内の非戦闘民全ての脱出を確認。逆地堂看護学校二年生エメロード・ファニ・アルファリカ並びにリィン・ティーチシーフ両名、隊長山本一徹とともに、緊急避難所に向かいます」】


 息を飲んでしまった。

 静かにマイクに向かって状況を展開する少女は、その間にも、俺のことをずっと見つめるのだから。


 そうして、もう一つ気づいてしまったことがある。

 二人の頭には、似たような、鳥の羽をかたどった銀色の髪飾りが取り付けられていて……


 また、あのガラス玉のようなものが取り付けられたイヤリングを、左耳から下げていた。

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