第13話 美少女たちの持ち腐れと言われましてっ!

『全学院合同の新入生合宿。将来有望な若者の集まる第一学院の教頭として、私も同行しました。誤解なきよう。学院の振り番が、実力の上下ではありません』


 落ち着いた口調ながら饒舌じょうぜつ


『しかし第一学院東京校。他、第二学院京都校。二校の所在している新旧の都は、古より人のごうが渦巻き、人ならざる者も特に跋扈ばっこしていた経緯がありました。歴史の陰で活躍した退魔の末裔まつえいが集うため、潜在能力の高い者ばかりなのですが……』


 見え透いてるわ。

 「誤解するな」とか言いながら、間違いなく蛇塚なんちゃらは第一学院を贔屓ひいきしてやがる。


『これを凌駕するものがいました』

「ナルナイとアルシオーネですか」

『彼女たちを欲しいと。合宿時の活躍ぶりで素直に思いました』


 まぁ、そりゃ、第一学院の教頭だっていうなら、眼中になかった他校の一年に見せつけられて、そう思ったかもしれないが。


『彼女たち二人が気になってしまった私は、合宿後も、たびたび機会を作って彼女たちの動向をマークしてました。その結果……』

「俺の小隊が目に入った……ですか?」

『気を悪くさせること承知で言います。君ではあの二人を持て余す』

「うっ!」

『そして、ルーリィ・セラス・トリスクトも』


 言わんとしていること、理解や納得もできた。が、なんともこのオッサン、いちいち鼻についてならなかった。


重畳ちょうじょうのいたり。二人をマークする中、また一人才能富んだ学生を見つけた。悲しいかな。十二分に力を出し切れていない。先ほど君のご学友が口にした通りです』


 超絶気に食わねぇ感じかもし出してやがるのに、正論過ぎて反論ができないのがやべぇうぜぇ。


 いきなり話を振られた《主人公》たちも、俺を諭そうとした口にした説明が、こうして取り上げられて利用されていることを面白く思っていないようだった。


「クラスメートを巻き込まないでもらっていいですか? 俺の問題です」

『足りません。彼女たちの問題でもあります。正確には将来にかかわること。存分な活躍で上層部の覚えは良くなり、学院卒業後のキャリア形成にもつながる」

「俺が、邪魔をしているってことですか?」

『前衛に専念すべきか、司令塔として立ち振る舞うか。どちらか一方もしくは、一部だけの兼務であれば彼女はもっと輝く。ですが君がふがいないから、副長でありながら隊長としての仕事もこなさなければならない』


 チッ! んなこと言われねぇでもわかってんだよ。


『しかし名目上は君が小隊長。時に彼女が采配を振るう際、君の領分を冒してることへ配慮はいりょが見える』

「それは……」

『果たして君は、そんな彼女に、持ちうる全てをかけて活動させられていると言えますか? それに、くだらない配慮で采配が振るわないのであれば、今度は部下の一年二人にも影響を与えます』

「だから……」

『認めなさい。君こそが作戦活動への障害。君がいることで、彼女たちの資質を持ち腐らさせていく』

「ッツ!」


 俺に的確な指示をするだけの頭があれば。

 瞬時に状況を分析して、作戦を編み出す頭の回転と、彼女たちを動かすリーダーシップがあれば。

 トリスクトさんは、もっと安心して小隊活動ができただろうか。


『ゆえに先ほど、彼女たちにアプローチを掛けました』

「は?」


 何も言い返せない。聞いているだけしかできない。その流れで、蛇塚教頭が話を進めた。


『東京にこないかと』

『『『「なっ!」』』』

『山本が後回しにされた? 幾ら本職上層部の考えとして、小隊事に隊長を通さず直接アプローチを掛ける。筋が、違う』

『ええい、あり得ん。出すぎにも程がある』


 言葉を失った。

 クラスメートがいてよかった。

 《猫》と《王子》が、悔しさを代弁してくれた。


『東京校三年には、本職すらはるかに圧倒する誇るべき二人の訓練生がいる。すでに小隊を組んでいますが、再編させ、彼らとトリスクト訓練生たちを組ませたい』

『そんなことって!』

『まるで特攻隊長宜しく、常に前に出ようとするグレンバルドは遊撃手として自由に行動。ストレーナスは援護要員に回す。二人のうちの一人は剣を収めてましてね。トリスクトとの二枚前衛ダブルアタッカー


 ……あらまぁ。

 だけど、苛ついてばかりもいられない。


『グレンバルドは、可憐な見た目にて反しなかなかの暴れ馬。ですが、こちら前述の副隊長とトリスクトなら、出すぎないよう抑えも効くでしょう』


 蛇塚なんちゃら。俺にアプローチかけてきただけあって、思い描く小隊像を、与えるべき役割案を上げることで、イメージさせてきちゃった。


『試しに考えてみましたが。いかがです? こんな布陣』


 俺ですらまだ、理想の小隊像が固まってなかったってのに。


(さて、経験の差か。知識の差か。はたまた、俺が本気じゃなかったからなのか……)


 いい案だ。

 悔しいが、素直にそう思った。


 それに、「宝の持ち腐れ」という言葉。自分でも感じることはあった。


 まぁさすがにね? 最近出会ったばかりのナルナイとアルシオーネは別として……トリスクトさんは、《旦那様》とやらを守りたいというのを使命として、留学までしてきた経緯があった。


 当然魔装士官として成長を目的としてるはず。足を引っ張るわけにはいかない。


『蛇塚少佐。刀坂鉄と言います。発言を』

『発言を許します刀坂訓練生』

『こちらに来た理由はなぜです? 先ほど山本に対し、彼女たちの説得を依頼されました。しかし少佐はすでに、トリスクトたちに接触をしたのでは?』

『ふぅん』


 ……饒舌が、とまった。

 少しだけ表情を引き締め、眼鏡の位置を指でもって直し、また口を開いた。


『断られてしまいましてね』

「え?」

『君と小隊を組まないと意味がないのだと。理由を聞いてもその答えの一点張りでして。トリスクトだけではなく、グレンバルドとストレーナスも同様』


 は? なんつった? 断った? 

 トリスクトさんが? アイツらも? なんで? 


『彼女たちが理由を教えてくれない以上、山本君から直接聞きだした方が早いかと思いまして。どうです? 山本訓練生』

「……すみません。俺にも思い当たる節がありません。いい話、間違いなくそう思います」


 すげぇいい話が舞い込んできたじゃねぇか。


『ちょ、山本! 本気で言っているのか!』

『ん、ルーリィが不憫。灯里も不憫。鉄は、他人の話だけには敏感』

『フン、朴念仁二人、ここに極まれりか』

『二人とも。反応するところは……そこじゃないはずだろう』


 なんか周囲が言っているが、ごめんな。

 ちょ、蛇……野郎(名前なんだっけ)の話が話だから、気を向けられないや。


『そうですか。正直困りましたね。トリスクトの槍裁き。間違いなく全士官学院見渡しても最強格のアタッカー。そして我が校の二人は、それに比肩する』

「……そしてナルナイとアルシオーネは、一年生の中で最高」

『合わされば間違いなく、全学院中最強小隊となるでしょう。下手したら、本職全同規模隊と比べても圧倒的。私は、そんな絶対的な強さを東京に欲しい」

『少佐、壬生狼正太郎みぶろしょうたろうと申します。一つ。仰った『東京に欲しい』というお言葉。あえて口にされたのでしょうか?』

『どういうことでしょう?』

『組み合わせが、仮に全学最強の小隊となるとして東京にこだわる理由。本職小隊との比較発言からも考えるに、編成が実現されたとき、本職同様の運用をなさるつもりですか? 戦力としてみると』

「なっ!」

『ほら、やはり学院名の番号は能力の上下に関係しない。君のことも知っています。さすがに優秀ですね。気づきましたか』


 《政治家》の質問。

 士官候補生トリスクトさんたちを、本職の任務に駆り出すことを念頭にしているということ。

 それはつまり、命にかかわってくるということだった。


『学院を卒業すれば、遅かれ早かれ命がけの任務には直面する。それは君たちも同様です。ただ、彼女たちにはそれを少しだけ早く慣れてもらうだけの事』


 命がけ。そのワードが胸を締め付けた。


 そりゃあ、それが仕事で、その仕事を問題なく遂行するために学ぶっていうのが、いまの俺たちのステータスだ。

 だけどさ、それでもまだ、俺たちは学生なんだぜ?


 いくら卒業したら学生身分から社会人身分に変わって、本職になるといっても、そもそも社会人立場とか、責任とかって言葉自体が《異世界》だ。

 まるでイメージができない。


(トリスクトさんたちは、そんな環境に身をさらすのか?)


 少し考えただけで、全身に寒気が走った。


(ナルナイにアルシオーネにいたっちゃ、まだ十六歳だぞ!?)


『ん、でもそれって、見ようによっては防衛能力の首都独占を意味するね』

『対異世界事案に対し、地方ごとに防衛能力を備えるのが、そもそも士官学院をばらけさせた理由であるはずだが。フン、本末転倒だな』

『素晴らしい。確か……猫観訓練生。分析し判断を下す力は、学院に入る以前、隠された素性に関り、培われたものでしょうか。名門蓮静院の御子息殿は、さすが異世界案件における知識が広い。賢い若人は好きですよ? 壬生朗訓練生同様、お二人もいっそのこと東京校に来ませんか? 歓迎しますよ』

『ひっかけようとしても、私にはそんな後ろめたい過去はない……よ』

『能力の首都独占を隠そうともしないか』


 相当な食わせもの。少佐にも上り詰めるほどの人間だからなのか、相当に癖は強いらしいな。マジで。


「昨今、これまで中央集権だった東京から、政経機能を地方に分割移譲する話がささやかれているはずですが」

『《対転脅》山本長官の発表の件。重要です。が、実現までに時間がかかる。その間に転召脅威異で大混乱が起きようものなら、魔装士官我々の存在意義にかかわります』


 悪辣な笑いを、蛇塚なんちゃらは隠そうともしない。

 クラスメートや俺からの問いにすべて即答して見せたその勢いもあって、俺たちも圧され黙ってしまった。


『ですが山本君』


 それがよくなかった。


『君がいてはそれができない』


 ズイズズイっと、顔を寄せてきたオッサンの、シンプルな言葉が胸を突き刺した。

 めっちゃ痛い。


『よく考えなさい。どのような選択が、彼女たちにとって一番最適か。勘違いなさらぬよう。これは、君の為も思って言っています』

「俺の?」

『彼女たちが凄まじいほど君に出来ることはない。経験を重ねる機会も失う。新規小隊を編成したようですが、この学院でお友達の既存小隊に入れて貰い、経験を重ねるといい。さすればいつか、彼女たちに追いつくかもしれません』


 それに、衝撃を受けただけじゃなくて……


『彼女たちには彼女たちの将来を。そして君は、まず地に足を付けるところからのスタートを。隊員たちを想い、隊長として、その背中を後押しして応援する』

「あ……」

『小隊を解散し、東京校への転学を薦めてくれますね?」


 あぁ、このオッサンの言っていることは、もっともかもしれないと思った。

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