第17話 来襲②
黄金色の糸は、赤毛の女性や二人の男達にも容赦なく巻き付き、室内はさながら蜘蛛の巣。三人はその巣に引き寄せられた哀れな蝶だ。
私とカーヤは、飛び込んで来た獲物を糸で絡めとり捕食する蜘蛛の気分。
膠着状態が続く中、室内に月明りが差し込む。
「な、なによ……これ」
しばらくすると、やっとで声を絞り出したのは赤毛の女性。
私を見つめる瞳は怯え……まるで私が化け物とでも言うように震えている。
いつもそうだ。……皆が私をこういう瞳で見た。もう何度も経験し慣れてしまったけど、心の奥底ではズキリと痛みが走った。
「……拘束させて頂きました。これがシラーの力です。見たかったのでしょう? 残念ながら私の力は治癒にはあまり向きません。どちらかと言えば戦闘向きです」
話していると、カーヤは役目が終わったとばかりに私の髪へと移動する。
「お疲れさま。怪我はない?」
カーヤを伺うと、なぜか返事が返ってこない。
どうやら非常事態とは言え、女性の顔に張りついたことが不満だったらしい。カーヤのプライドに触ったようだ。
「わ、私達をどうするつもり」
赤毛の女性は毅然とした態度で私を見る。
この状況で泣きもせず「助けて」と懇願する様子もない。この非常時に冷静さを保っていられるのは相当な心の強さが必要だ。
なぜならカーヤの糸は時に幻も見せる。
その人の心の奥底にある傷を引き出し、弱さを露呈させた。
「特には何も。ただ情報が欲しいの。ティーレって誰のことかしら?」
「ティーレは……」
驚いたように目を見開くと、そのまま赤毛の女性は考えるように黙り込む。
このままゆっくりと話を聞きたいが部屋の外が騒がしい。
どうやらカーヤの糸のせいで扉が開かないらしく、護衛達の焦る声が聞こえた。
(エリカ。話を聞くのも良いですけど、扉はすぐに開きますよ。敵の声は聞こえませんが、この状況どうしますか? 見られると説明が面倒ですよ)
カーヤが忠告しているのは部屋中に張り巡らせた糸だろう。この尋常ではない様子に大騒ぎするのは目に見えている。
確かに説明が大変そうね。カーヤの存在も言わなきゃならないわね。
「でも、この人達から早く聞き出して糸を燃やせば言いと思うの」
(まあ、それでも良いですけどね)
どこか不満げにカーヤは息を吐く。
いきなり独り言を言い始めた私に、囚われている三人は怪訝な顔をみせた。
「ティーレとはどなた?」
もう一度同じ質問をすると、覚悟を決めたように赤毛の女性が私を見る。
「名前は、ティーレ・コールリース。伯爵令嬢で陛下の婚約者候補でもあったの。でも半年前……毒殺されたわ。でも、なぜか毒薬を飲んで自ら命を絶ったと判断された。……自殺と処理されたの。あれは絶対に自殺ではないわ……」
……毒殺。それに婚約者候補。陛下と関わりがある女性だとは思っていたけど、まさか婚約者候補だったなんて。
そうか。陛下が私を愛さないのは、ティーレさんを今も愛しているからだ。
「どうして自殺扱いになったの? 陛下の婚約者候補ならそう簡単に真実は隠せないはずよ」
「……わからないわ。誰かが隠ぺいしたとしか思えないの。でも、私には証拠が掴めなかった」
カーヤの糸で拘束されたままの女性は、逃げることを諦めたらしく淡々と話しを続けた。
「この国では毒薬はそんなにも簡単に手に入るの?」
「ティーレは医術師で王族専属だったの。もし犯人が医術師仲間の誰かなら、簡単に手に入るでしょうね。ティーレはそこで寝ている陛下とも幼馴染で仲が良かった。そのせいで悩んでいた時期もあったの」
確かに医術師仲間が犯人なら毒草も嗜んでいる。女性の言う通り、やっかみも相当あったのだろう。
「でもティーレには他に悩みがあったの。半年前、陛下には他国から縁談話が持ち上がっていた。ティーレはまだ候補であって、正式な婚約者ではなかったから。それを気に病んで自殺したと処理されたわ」
「他国から……?」
嫌な予感がした。凄く嫌な……その他国って、もしかして私のこと?
「あなたよ。シラーの姫君。あなたとの結婚話がなければティーレは陛下と結婚したのに。何よりも殺されなかった。ティーレの死はあなたの責任でもあるわ。だから、犯人を見つけ出すのを手伝って!」
必死に叫ぶ女性に胸が痛い。
知らなかったとは言え、人、一人死んでいる。この結婚話は父王が強引に話を通したのだろう。だが、協力は出来ない。
「お断り致します。私には関係ありませんから」
すると女性は憎しみを込めた瞳で私を睨んでくる。
「姫君に良いことを教えて差し上げるわ。陛下はティーレが死んだ後も頑なにあなたとの縁談を断っていた。でも、初めてあなたの姿を見た時に頷いたそうよ」
私の姿を見て決めた?
どうしてなのか意味がわからなかった。
「あなたのその青い瞳。それに目を惹くブロンドの髪。その顔立ち、身長、体型……全てがティーレにそっくりなのよ! まるで双子のように」
思わず考え込んでしまった。
私が双子だったのかと。でも、そんな話は今まで聞いたことも噂もない。何よりも、自国の利益優先の父王が手放す訳はないだろう。
それよりも、これで陛下が言った意味が理解出来た。
私は身代わりなのだと。私を愛さない理由が見つかった。それだけでも収穫なのに、なぜか胸の奥がジクリと痛む。
それなのに、赤毛の女性は更に追い打ちをかけた。
「だから陛下は、ティーレにそっくりなあなたと結婚を決めたの。陛下が欲しいのはティーレの身代わりよ!」
――雨の音が聞こえた。
ぽつりぽつりと降ってきた雨は、すぐに大粒の涙となり周囲を襲う。
――心が痛かった。こんな話、本当は聞きたくなかった。私に別の女性の姿を重ねているとは夢にも思わなくて。
そして、気づいてしまった。
――陛下には、私自身を見て欲しかったのだと。
笑わない癒しの姫は、その想いを海に恋う。 在原小与 @sayo
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