四章 偽装する殺人 2—2

 *


 ついに、日が暮れた。

 猛は、あせっていた。

 蘭が見つからない。


 蘭の監禁されているのが、京都駅周辺のホテルだということは、わかっている。あれほど大きく写るということは、京都タワーの半径五キロ圏内だ。

 とはいえ、京都駅付近といえば、ホテルは数多い。ガイドブックに載ってるだけでも、十軒近く。


 そこで、二枚めを念写した。

 蘭が京都駅についた十一時十五分前後に意識を集中して。


 廊下を歩く八波と、八波に抱きかかえられた蘭が写った。

 二人の背後にルームナンバーの刻印されたドアが見えた。

 八波の体がかぶって、後半の『02』しか読めない。


 しかし、これで、ホテルの内装がわかった。

 洋風の金のかかりそうな高級ホテル。少なくともビジネスホテルのたぐいじゃない。


 ホテルとタワーの位置関係から、候補をしぼり、可能性のあるホテルを、かたっぱしから調べる。


 一軒めは、あきらかに違っていた。となりのビルに隠れて、タワーが客室から見えそうにない。


 二軒めは少し遠い気はしたが、可能性はある。だが、なかに入ると、内装のふんいきが違っていた。二枚めの写真とカベの色が違う。


 三軒め、四軒め……と調べ、候補が四つにしぼられた。


 その時点で一軒ずつ、フロント係に話してみた。友だちをさがしていると言い、二枚めの写真を見せた。


「こういう二人を見ませんでしたか? あるいは三人づれだったかもしれない。女がついていた」


「申しわけありませんが、おぼえにございません」


 ウソかホントかわからないが、猛は刑事ではない。そう言われれば、ひきさがるしかない。


(八波のあのカッコは、どう見ても不審者だ。フロントに顔をだせば、いやでも記憶に残る。


 ということは、今日のために前もってホテルは予約してあったんだ。そして、さきに井上がチェックインしてカギを受けとる……。


 もちろん、予約の名前は偽名だろうな。そんなとこから、かんたんに足がつくはずないか)


 途中、薫からの電話で、八波と井上が城崎にいると知った。


 今のところ、蘭の身に、さしせまった危険はないと判断して、単独の調査を続けてきた。


 しかし、そろそろ個人の力の限界を感じた。もう少し確証がほしかったものの、しかたない。そろそろ警察力をたよるべきだ。


 念写はあと一枚しか撮れない。切り札にとっておきたいし。


 畑中に電話をかけたのが四時すぎ。二度、念写してるから、ケータイも素手で、つかめる。


「畑中さん。蘭が監禁されている疑いが濃いのは、次の四軒のホテルです——」

 ホテル名を順に告げる。


「なんで、わかったんや?」


 疑問に思うのは、しかたない。

 とはいえ、念写したからとは言えない。もっともらしい言いわけをした。


「蘭たちがタクシーを降りたのが十一時すぎ。そのあと、八波の乗車した、きのさき3号が十一時二十五分発。そのあいだに蘭を監禁しておけるのは、京都駅付近のホテルしかない。

 そう前提して聞きこみしました。それらしいのと、すれちがったという外国人観光客に会ったんです。でも、トルコ語かなんかで、要領を得なくて。なんとなく京都タワーの見えるホテルらしいと察したので、その四軒に、しぼりこめました」


「目撃者か! で、そのトルコ人は?」

「引きとめたんですが、逃げられました。すみません」


 トルコ人はウソだが、そのうち、警察が目撃者は見つけるだろう。

 なにしろ、八波が蘭をホテルにつれこんだのは事実だ。


「まあ、しゃあないな。すぐ応援、向かわせる」

「たのみます」


 もちろん、自分でも調査は続けた。

 次はフロントは無視だ。こうなったら、法にふれないギリギリで再調査するしかない。


 今度は四軒めから逆行する形だ。ロビーを素通りして、エレベータに乗った。

 とりあえず、二階に降りたところで、猛は気づいた。

 客室のドアに刻印されたルームナンバーの書体が違う。よく似ているが、念写写真とならべると、微妙に違う。

 念のため、三階に行き、302号室のドアを見た。やっぱり書体が違う。ゴシック体だかなんだか、よくわからないが、違うことだけは明白だ。


 猛は急いで、畑中刑事に電話した。


「畑中さん。洛中……ホテルは違う。ほかをあたってみる。何かわかったら、また連絡します」


 言うだけ言って、電話をきる。


 街路にとびだし、次のホテルまで走った。近距離なので、乗り物を使うより走ったほうが速い。


 今度のホテルは、書体は同じだ。木目調のドアに金のプレート。壁紙の色や、ふんいきも似ている。

 最初に調べたときも、かなり対象に近いと思った。


 写真に写る、ろうかの角度から、二階ではない。一枚めの京都タワーの高さから、四階以上とも思えない。蘭がつかまってるとすれば、三階だ。


(八波が歩いてた方向。302は通りすぎてる。303以降の部屋だな)


 猛は303のドアをたたいた。

「お客様。ルームサービスをお持ちしました」

「ルームサービスなんて、たのんでないわよ」


 返ってきたのは女の声だ。

 ただし、井上ではない。


「失礼しました。間違えました」


 次は304のドアをたたく。

 返ってきたのは男の声。かなり年配だ。八波でもなければ、知った人間でもない。


「失礼しました」


 これを各室で、くりかえしていく。

 かなり、怪しい感じの部屋では、少しねばる。


「ですが、307号でございますよね? たしかに承ったのですが」


 相手がドアをあければ、顔を確認できる。当然、相手は、ホテルマンでもなんでもない猛を見て仰天する。


「あ、すいません。友達の部屋だと思って、ちょっとイタズラを……」と、言いすてて逃げる。


 318まで来たときだ。


 急に悪寒が走った。


 背筋を冷たい手が、なでていったような。


 こんなことは初めてだ。


 いや……一度だけ、経験がある。


 両親が自動車事故で死んだとき。説明のつかない寒気を感じた。


 ちょうど、事故が起きた、まさにその時間に。


 あのときと同じだ。


(蘭の身に、なにか起きたーー)


 確信があった。


 猛は、その場で三枚めの念写を撮った。


 二枚めより、さらにぼやけ、すりガラスごしに見るようだ。


 そこに人が倒れていた。


 白っぽい画面に、ひときわ、あざやかな赤……。


(蘭……)


 人物の手前に紙きれが落ちている。二つ。ぼんやりとだが、かろうじて字が読める。


(京都…ロイヤル……)


 京都新ロイヤルホテル!


 ここじゃない。


 候補の残り二つの一方だ。


 猛は畑中に電話をかけながら、エレベータに乗りこんだ。


「畑中さん。京都新ロイヤルホテルだ! そこの三階に、蘭がーー」


 念写には、紙きれにかさなるように、うっすらと文字が浮かんでいた。30という数字。


 蘭の思念が、そこが『30』のつく部屋であることを知らせている。


 猛はロビーに降りたところで、府警の刑事たちに出会った。


 京都新ロイヤルだ、急げ、と言いかわしてるので、すぐわかる。


「府警のかたですね。蘭の友人の東堂です。同行させてください」


「東堂ーーあんたか。ホテルの情報、流してくれたんは」


「一刻をあらそうんだ。蘭はケガしてる」


 なんで、そんなことがわかるんだと、刑事たちは不審に思うようだ。しかし、猛も答えているゆとりは、もうなかった。


(蘭。たのむ。ぶじでいてくれ)


 もちろん、蘭は友人だ。純粋に心配でもある。


 同時に、蘭が傷つけば、薫も傷つく。それが、なにより心配だ。


 蘭にもしものことがあれば、薫は一生、後悔し続ける。自分を責め、なにをしだすか、わからない。


 だから、蘭には、ぶじであってほしい。少なくとも、薫の心の傷が回復可能なていどには。


 今、こんなふうに考えることで、このさきずっと蘭に負いめを感じるのなら、それでもいい。


 自分が苦しむことには耐えられる。


(だから、たのむ。ぶじでいてくれ。蘭)


 京都新ロイヤルホテルについたときには、三階の捜索が始まっていた。先着の刑事たちが、308まで調べおえていた。


 異常なし。残すは309のみ。

 刑事たちの顔は、ガセネタじゃないのかという表情だ。


 ガセなら、どんなにいいかと思う。

 猛は自分の能力に絶対の自信がある。これまで、ハズレたことなど一度もない。

 むしろ、たまにはハズレてくれればいい。


 だが、309のドアがひらかれたとたんだ。

 ろうかにまで異臭がただよった。

 血と、肉の焼ける匂い。

 それに強い酸のまじりあった、なんとも言えない、いやな匂いだ。


 奥のほうで人のうめき声がする。

 刑事たちを押しのけ、猛は室内に、かけこんだ。


「蘭——!」


 浴室から声は聞こえる。

 ガラスドアをあけると、臭気が強くなった。


 そこに倒れる人を見て、猛は目をそむけた。

 信じられない。

 これが、あの美しい蘭だとは……。

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