四章 偽装する殺人 1—2
*
井上若菜が旅館にチェックインしたのは二時だ。しかし、そのあとすぐに宿をでた。
待たせていたタクシーで八波と海岸線へ向かう。この海岸は六十キロに渡り、国立公園だ。
なぜ彼が、こんな場所に自分をつれてきたのか察しはついている。
初めから、わかっていた。彼の計画に協力したときから。
だが、自分は脅迫されたから協力したのではない。
自分で自分が許せない。この苦しみを、早く終わりにしたかったからだ。
沙姫とは小学校に上がる前からの親友だった。
沙姫は小さなころから、お人形のように可愛い美少女だった。利発で活発だけれど、甘えん坊でもあった。
しっかり者だけど、おくびょうな若菜とは、たがいに足りないところをおぎないあえるベストフレンドだった。
誕生日は一日違い。だから、毎年、沙姫の誕生日にプレゼントを交換しあった。小二のときには、二人が大好きだったキャラクターのヘアゴムを。
あのヘアゴムには、ちょっとした思い出がある。おそろいのものを買うとき、いつもなら、沙姫がピンク、若菜は水色かグリーンだった。ほんとは若菜も可愛いピンクのヘアゴムがほしかった。でも、自分は沙姫のように可愛くないから似合わない。そう思って、あきらめていた。
お店を出たあと、沙姫が言った。
「これ、お誕生日のプレゼントにしょうよ。うちのと交換」
そう言って、沙姫が買ったピンクのヘアゴムをさしだした。
沙姫は知ってたのだ。
若菜が本当はピンクをほしがっていたことを。だけど、それを若菜が言いだせないことを。
「ほんま? ええの?」
「うん。ピンクはたくさん持っとるから」
うれしかった。なによりも、沙姫のその気づかいが。一生の友だちだと心に誓った。
うれしくて、毎日、そのヘアゴムをつけて学校に行った。二人の仲よしの印を、みんなが、うらやましがった。それがいっそう、若菜には誇らしかった。
クラスの男子が心ないことを言ったのは、今にして思えば、ヤキモチだったのだろう。きっと、沙姫のことを好きだったのだ。
「井上がピンクなんか似あわへんわ。葉っぱのくせに、桜井のマネなんかすな」
大切な友情の証をけなされて、とても悲しかった。でも、心のどこかでは、わかっていた。自分と沙姫は違う。沙姫はお姫さまで、自分は召使いにすぎないと。沙姫に似合うからと言って、自分にも似合うわけではないと。
それからはピンクの小物や可愛い服は、さけるようになった。地味な若菜は、いよいよ目立たなくなった。
それでも、沙姫のことは大好きだった。沙姫は若菜のあこがれだった。なりたくて、なれなかった自分。夢のなかの自分。沙姫は若菜にとって、そういう存在だった。自分に似合わない可愛い服も、沙姫が着ているところを見て満足した。
中学になってすぐ、若菜はある人を好きになった。いや、当時、彼を好きにならなかった女の子が、あの学校にいただろうか。
それまで、沙姫よりキレイな人なんていないと思っていた。
でも、その人は、れっきとした男なのに、沙姫より数倍、美しかった。趣味は乗馬ですと言って、白馬に乗って現れても、ぜんぜん違和感ないような。完全無欠の王子様。
蘭だ。
学校じゅうが蘭に熱狂していた。
若菜も沙姫も、アイドルにさわぐような感覚で、蘭のことを話した。
あこがれではあるが、遠い存在。
しかし、二年に進級して、奇跡が起こった。
あの完全無欠の王子様が、一年のときから気になっていたと言ったのだ。ただし、若菜ではない。沙姫のことを。
沙姫は放課後や休日を、若菜とではなく、蘭とすごすようになった。
沙姫の髪をかざるのは、もう若菜とおそろいのヘアゴムではない。蘭から貰った花のヘアピン。お姫さまのカンムリのように、沙姫によく似合っていた。
(わかってた。九重くんが、わたしのことなんか見てへんことくらい。沙姫ちゃんなら、お似合いや)
可愛いピンクの服が自分に似合わないから、それを着る沙姫を見ることで満足する。
好きな人には手が届かないから、その人のとなりを歩く沙姫を祝福する……。
けれど、今度の代償行為は、うまくいかなかった。二人を見ていると、つらくなるばかりだ。
このとき、若菜は沙姫が、うらやましかったのだろうか? 憎かった?
雲の上の存在の蘭を、いともたやすく射止めてしまった沙姫。
自分も沙姫のようになりたかったのだろうか。
それとも、一生の友だちと思っていた沙姫が離れていったことが悲しかったのか……。
(でも、殺したかったわけじゃない。それだけは絶対に違う)
あのことが起こったのは、そんなとき。やらないと、あんたも同罪だからねと、クラスの女の子たちに、おどされた。
みんなの前で制服をぬがされて、下着姿にされた沙姫。沙姫の背中にマジックで字を書いた。口にすることも、はばかられるようなヒドイ言葉を。
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