Chapter 1

第26話

ここは旧生徒会室。

恋海さんの予告した通りにこの場所から生徒会は引き上げ、別のもっと広い場所へ移動して行った。

そして俺はこの部屋を自分のサボり____休憩部屋として使っている。

ぶっちゃけ教室にいても俺の席は勝手に占領されるし、なんなら追い出される始末。

だからいっそのことこうしてこの教室まで足を延ばしてここで休み時間を過ごすことにしていた。

そうして俺は平穏な学校生活を手に入れた_____と思っていたのだが…。


、ちゃんと聞いてました?」


「え?悪いなんにも聞いてなかった。なんだっけ?」


俺がそう言うと少女________神崎真白かんざきましろがツインテールを揺らしながら呆れたように溜息を吐いた。


「我が新聞部の文化祭の出し物についてです。提出期限は明日だっていうのにまだなんにも決まってないじゃないですか」


「我が新聞部って…ウチってまだ部活としては認められてないだろ?部員が俺を含めても2人しかいないわけだし」


恋海さん曰く、部活動を立ち上げるのなら部員が5人いることと、顧問がいること、そして部室を見つけてくることが最低条件だったはずだ。

その点俺たちは部室(仮)はあっても部員は足らず、顧問もいない。

つまるところ『同好会』である。

…同好会といえば例の同好会はどうなったのだろうか?

いや、今更俺が気にすることでもなかったな。

俺は余計な考えを頭から追い出してふっと顔を上げると、目の前に神崎の顔がドアップであった。


「高宮先輩って割と頻繁にぼーっとしてますよね?」


「そ、そんなことはないんじゃないか?」


「じゃあ今私がなにを言っていたのか答えてください」


今?

なにか言ってたか?

うん、全然聞いてなかった。


「さて、今日の晩飯はなんだろな…」


「それで通じると本気で思いましたか?」


にこっと可愛らしいのに妙に迫力のある黒い笑みを浮かべながら神崎が言う。

それがどこかの誰かを連想させて背筋にゾクりと寒気が走った。


「ごめんなさい聞いてませんでした」


先輩としての威厳だとかそういうのを全部かなぐり捨ててとにかく平謝りだった。


「はぁ、別にいいですよ。先輩が私の話を聞かないのはいつものことですし」


それは許してくるというよりも、諦められているということだろうか?

虎の尾を踏みそうだから敢えて聞かないけど。


「実は新しく入部したいと言う人がいたんです」


「へぇ、それでこんな弱小同好会に入りたいなんて言う酔狂な奴は一体どこにいるんだ?」


俺はわざとらしく周囲を見渡してみせる。

しかし当然なことにこの空間には俺と神崎の2人しかいない。


「当番の仕事が終わったら行くと言ってましたのでそろそろ来てもおかしくはない時間だと思うんですけど」


「騙されたんじゃないのか?」


「ハナはそんなことするような子じゃありません!」


「お、おう…ごめん」


犬歯を剥き出しにして怒る神崎の剣幕に思わず素で謝ってしまった。

どうもさっきから後輩の女子相手に謝ってばかりな気がするが…うん、気にしないでおこう。

しかしなるほど、ハナというのが名前だとするとその酔狂者は女子、それも神崎が呼び捨てしているということは同じ1年生と考えられる。

またこの部屋の後輩女子率が上がるのか…。

面倒なことにならなければいいのだが。

そんなことを思っていた時だった。

部屋のドアからノックの音が聞こえた。


「あ、来たみたいですね」


そう言って神崎さんはドアの方へ駆け寄ると、ドアを開けてを招き入れた。


「こんにちは!入部希望の1年A組所属、です!実家はしがない弁当屋、座右の銘は『七転び八起き』です!よろしくお願いします!」


キランと目に横ピースを当てて決めポーズを取る少女。

その人物には激しく見覚えがあった。


「って高宮さん!?」


そして少し遅れて向こうも俺に気がついたようにドアに背中から張り付くようにして大袈裟に驚いてみせる。

いや、それはちょっと驚きすぎだろ。


「え?ハナは先輩のこと前から知ってたの?」


「うん、高宮さん去年ウチでバイトしてたから」


「なにそれ?そんなの聞いてませんけど」


「なんでそこで神崎は俺を睨む?」


別に言う義務もないし、必要もない。

そもそも葉風さんがウチの学校に入学していたことすら今初めて知ったわけだし。


「それいいですね」


「あん?」


声の主は葉風さんだった。

そして葉風さんは妙に羨ましそうに神崎を見ている。


「ほら、高宮さんってましろんのことは神崎って呼ぶのに私のこと葉風じゃないですか?どうせなら私も『葉風』もしくは『花奈』と呼び捨てて欲しいです」


わくわくと散歩を待つ犬のように目を輝かせて俺を見る葉風さん。


「分かった分かった、明日からな」


「ダメです今すぐに」


「明日じゃダメなのか?」


「だって高宮さん明日になったらまた「明日からな」とか言って先送りにして結局有耶無耶にしそうですし」


「…」


こっちの狙いが完璧に読まれていた。


「くそ、なんで分かったんだよ…」


「弁当屋のひとり娘を舐めちゃぁいけないですぜ?」


チッチッチと人差し指を振りながら得意げに葉風さんが言う。

いや、弁当屋は関係ないだろ。


しかじこれは困ったな。

葉風さんはこっちが折れるまで引かない姿勢だろう。


「分かったよ、降参だ。それでそっちとしてはなんて呼んで欲しいんだ?」


「では『花奈』と」


「…分かった」


いろいろと突っ込みたいけれど、多分疲れるだけだからやめておく。


「ちょっと2人とも、なにを2人だけの世界を作ってるんですか。私もいることを忘れないでください」


そんな俺と葉風さ_____花奈の間にぐいっと膨れっ面の神崎が物理的に割って入ってきた。


「明日までに生徒会に文化祭でなにをやるか報告しないといけないってさっき言いましたよね?イチャついてる暇はないんですから」


「そりゃそうだけど、そんなに怒ることはないだろ?」


「別に怒ってません!」


どう見ても怒ってるじゃん…。

そう思うが、まあ言わぬが花だろう。

これ以上怒らせるのも面倒だし。

しかしそんな中で花奈だけが何故かそんな神崎を見てニヤニヤとしていた。


「…なに?」


「べっつに〜?」


神崎に睨まれるも飄々とそれを躱す花奈だった。


「それで高宮さん、私は入部を許可してもらえるのでしょうか?」


「俺にそんな権限はないよ。このの長はあくまで神崎だからな」


「あれ?でもましろんは先輩に聞いてみてからしか判断できないって言ってましたけど…」


俺と花奈は同時に神崎へ視線を送る。

しかし神崎はそんな視線に臆することはなく堂々と言い放つ。


「先輩はこののもう名誉部長ですから」


見事なまでのドヤ顔だった。


「なあ神崎、ずっと気になってたんだけど、その『名誉部長』ってなんなんだ?」


この同好会を立ち上げてから神崎はよくその言葉を使うが、未だにそれがなんなのかは分からない。


「『研究機関や社団・財団における栄誉職ないし栄誉称号・名誉称号の一種』です」


神崎がスマホを片手にあまりに得意げに話すので、俺は『名誉部長』とグ◯グルで検索をかけてみた。

すると今神崎が言った言葉がそのままウ⚪︎キペディアに書いてあることに気が付いてしまった。

チラッと神崎を見ると神崎と目が合う。

そして_______。


「ウ⚪︎キペディアで悪いかぁ!?」


この完全な逆ギレである。

それはもうそれはもう、ふじリンゴのように顔を真っ赤にしての逆ギレだ。


「待て、俺はなにも言ってないぞ?」


「目が!顔が!それはもう雄弁に言ってました!いっそ卒業後は落語家にでもなればいいじゃないですか!」


「目と顔でしか語らない落語のなにが面白いんだよ…」


よほどテンパっているのか言っていることがめちゃくちゃだった。


「いやでも確かに今のはましろんの言うことも分かる気がしますよ?高宮さんは1度自分が顔に出やすい人だということを自覚した方がいいですよ」


「お前らよく先輩相手に随分とモノをハッキリと言うな?」


「「だって先輩(高宮さん)ですし」」


どうしよう、知らない間に後輩から舐められてた。

ここは先輩として一言先輩風でも吹かせてやろう…と思ったがなんの得もないのでやめた。

それに俺自身結構先輩相手…特に恋海さんとか歌戀さんとかに失礼な口を利いているわけだし、今更人のことを咎められる立場でもない。

ここは因果応報と甘んじて受け入れよう。


「先輩って歳下に対して甘いですよね?」


「それは多分妹がいるからじゃないかな?この人妹ちゃんに超甘々だから。ね?」


「ね?じゃねぇよ。友達かよ」


「え〜?友達じゃないですか私たち」


猫なで声でスリスリと擦り寄ってくるのを引き剥がす。


「なんだよ〜、照れてるのか?ん〜?照れてるのかよ〜?」


うりうりと肘で俺も脇腹を突く花奈。

その様子は1年前の葉風さんの印象とはあまりにも懸け離れていた。


「…花奈ってそんなキャラだっけか?」


「あはは、まあ高校デビューってヤツですよ。いつまでも過去に囚われてるわけにもいきませんから。の私はへの気持ちと一緒に殺してあげましたよ」


まるで古い友人でも思い出すかのように遠くを見ながら言う花奈だが、それは流石にブラックジョーク過ぎるだろ。

俺はそんな花奈になんと返していいやら分からず、取り敢えず「そうか」と適当に返事しておいた。


「それで先輩は花奈の入部を認めてくれるんですよね?」


再び膨れっ面の神崎が俺と花奈の間に割ってくる。

なんだ?ひとりだけ話についていけなくて寂しかったのか?

そうだとしたら敢えて突っ込んでこないのは神崎なりの花奈に対する気遣いなのだろう。


「あぁ認める。別に俺が認めることじゃないと思うけど認めるさ」


「ホントですか!?やたっ!」


俺の答えに小さくガッツポーズを決めてから神崎に抱きつく花奈。

仲がよろしいことでなによりだ。


「それじゃあ部員が3人に増えたところで仕切り直しましょうか」


そう言って神崎が姿勢を正す。


「議題は今年の文化祭の出し物についてです。なにか意見のある人はいませんか?」


「はい」


「…どうぞ」


俺が手を挙げるとあからさまに嫌そうな顔をしながら俺を指した。


「今年は諦めるというのは______」


「却下」


最後まで言うまでもなく却下されてしまった。


「ハナはなにか新聞部としてやりたいことない?」


「やりたいこと…ねぇ…?」


名指しされた花奈はわざとらしく顎に手を当てて眉間に皺を寄せる。

そしてはっと目を見開くと、パンと手を叩いて立ち上がった。


「謎の美少女X…」


「「…は?」」


花奈の謎の一言に俺と神崎は意図せずハモってしまった。

一体なんなんだ『謎の美少女X』って。

俺の疑問を神崎が代弁して花奈に問う。


「なに?その謎の美少女Xって」


「謎の美少女X…それは去年の文化祭に突如として現れたと言う幻の美少女。誰もその正体を知らず、知っていてもなぜかそれが誰だったのかを思い出せない。故に幻とされた幻の少女」


「「…はぁ?」」


俺たちは同時に首を傾げた。


「それでその謎の美少女Xをどうしようと言うつもりだ?」


「正体を突き止めて新聞を書き、そして文化祭でバラ撒くのです!」


ドドン!とこれ以上ないほどのドヤ顔を浮かべて胸を張る花奈。

人の秘密を暴いて全校生徒にバラ撒くって…正気かよ。

俺がドン引きしていると____。


「なるほど、それは面白そうかも」


神崎が顎に手を当てて真剣に悩みだした。

そしてなにかひとりで納得したように両手を打つ。


「よし、それで行きましょう!」


「…マジかよ」


こうして俺たち新聞部の文化祭での出し物は『謎の美少女Xを追う』に決定した。


「でもこの学校って変わってますよね?普通9月に体育祭をやるのなら文化祭って11月くらいやるものなんじゃないですか?」


花奈のその言葉に俺は当事者でもないのにギクリとさせられた。


「たしかに、そうすれば夏休み前の今頃に出し物を決めて提出なんてしなくても十分に間に合うよね?」


花奈に同意して神崎が頷く。

そんな後輩たちを、自分が悪くもないのにどうしても直視できない。

ただ俺から2人に言えることは______。


「それはな、とあるバカな天才の生徒会がいろいろやらかしてくれたおかげなんだ」


「バカなのに天才なんですか?」


「昔からバカと天才は紙一重って言うだろ?あの人はバカ寄りの天才だったんだよ。まあ安心していい、お前らがあの人と関わることはないと思うから」


流石の歌戀さんも恋海さんのいなくなったこの高等部校舎にはしばらく用はないだろうからな。

あんな強烈な人をこの2人に鉢合わせるのはやめておきたい。


「「はぁ?」」


首を傾げる2人に俺はそれ以上の説明は敢えてしなかった。

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