放課後、僕は彼女に告白される。
(1)
夏休みが終わりを迎えた。
とは言っても、岳の通っている高校では、お盆休みはあったものの、その他の期間は、課外授業という名の短縮授業が、連日にわたって行われていた。
その為、二学期が始まったというのに、授業時間が長くなったと感じるだけで、休み明けという感覚は、岳にもなかった。
課外授業の期間とやってる事に変わりなく、二学期だからと言って、気分的にもあまり変化がない。とそういうわけでもなかった。
この高校の二学期には、大きなイベントが控えていた。
その名も「文化祭」。
年に一度、九月初めの土曜日曜の二日間にわたって開催される学校行事だ。
各クラスや部活動が模擬店や作品の展示をしたり、中庭のメインステージで催し物をしたり、人工芝のグラウンドでスポーツの試合もあったりする。
その為、学校外からも多くの人が訪れる一大イベントとなっていた。
勿論、岳のクラスでも、文化祭の期間は模擬店を出す予定で、それを何にするかの話し合いも、先日クラスで行われた。
少し変更はあったものの、無事に決まり、文化祭に向けた準備も着々と進んでいた。
その準備を取り仕切っているのは、主に、文化祭の委員で、各クラス男女二人がその役を担っている。
そして、岳のクラスでそれを務めている一人が、今、彼の目の前にいた。
「なんかー最近、わたしの中のまーちゃん成分が絶望的に足りない気がするんだよ……」
疲れた様子でそう呟くのは木下
昼休みに自分の席でお弁当を食べていた岳の前に、現れた彼女は、前の席の椅子の背もたれに両腕を置いて、そこに自らの顔を寝そべらせる。
岳と真琴の仲を引き裂こうとしていた彼女だが、オープンキャンパスに赴いたあの日に、真琴と話した事で、彼女の中の何かが変わったらしい。
二人の邪魔をしようという気はもうないようだが、まだ、監視は続けている状態だ。
真琴に何かあれば、すぐさま彼女が介入してくるだろう。
それから、木下は、監視の為か、岳にいつも話しかけてくるようになり、それを無視する理由も岳にはなかった。
相手にしていた結果、傍から見れば、二人は相当親しい仲になっていた。
そんな彼女が疲れているのは、文化祭の委員の仕事が忙しいせいで、真琴を愛でる暇もないと、岳に愚痴を言っていた。
この時間を真琴と話す事に充てればいい事ではなかろうかと岳も思うが、それでは解決しない問題があるようだった。
「ねーねー、椿本くんさー。お願いがあるんだけどー? わたしのカメラでまーちゃんのこと撮ってくれない? こっそりでも良いからー、ね?」
木下は、自分のカメラを岳の机の上に置いて、そんなお願いをしてみせる。
しかし、岳は、それを拒否するように、カメラを彼女の方へと押し戻した。
「いや、ムリ。ただでさえムリなのに、あれから真琴さんの機嫌もあんまよくないし、そんなことお願いしたら、別れ話になっちゃいそうだよ……」
「え? それってわたしからしたら良いことしかなくない? まーちゃんの写真を撮れるか、二人が別れるか! ねー! やってよー!」
今度はカメラを岳の頬に押し付け始める木下は、弁当を食べる彼を邪魔する為にここにいると言っても過言ではない。
それを一旦やめさせると、岳は、自らの口にご飯を入れながら、話す。
「じゃあ、この時間を真琴さんに使えばいいだろー? 僕からしたら昼めし食うの邪魔されてるだけだし、木下からしたら、僕と話してたって面白くないって、どっちも不幸なだけじゃん」
「わたしだってそうしたいんだよ! でもー……まーちゃんに話しかけても無視されるし!」
涙目でそう語る木下。そんな彼女を無視しているという真琴。
二人の間に一体、何があったのか。
オープンキャンパス後の秘密の会談で、真琴を怒らせてしまったのだろうと岳は予想したが、その後でも、普通に二人が話しているところを見た気がする。
自分に関係する事で、そんな状況になっていると思い込んでいた岳は、心の準備をしつつ、彼女に尋ねる。
「なんかあったの……?」
「あったんだよぅ……ここだと聞こえちゃうから、中庭で話さない?」
やはり、クラスの人にも聞かれたくないくらいの、やばい事が二人の間に起きているのだと、彼は思った。
その提案を受け入れた彼は、食べ終わる寸前の弁当の中身を口の中に放り込んで、彼女と共に中庭へと向かった。
校門から学校に入ってすぐに見える中庭は、「コ」の字型の校舎に囲まれている。
いくつものベンチが並んでおり、昼休みには学生も使用しているが、まだ暑い気候の今は、使っている人の数も多くはない。
空いていたベンチに腰を下ろした二人は、教室での会話の続きを始める。
「わたし、文化祭の委員じゃんかー? で、クラスで出し物を話し合って、タピオカミルクティーって、最初は決めたでしょ?」
彼女の言う通り、二人のいるクラスでは、最初はタピオカミルクティーの模擬店を出すという話だった。
だが、今は、それもチュロスの模擬店を出すという事に変わってしまっている。
「それが駄目になったんだっけ?」
「そう! タピオカミルクティーを出したいってクラスが多くて、結局抽選になって……わたしはタピオカミルクティー争奪戦に、くしくも敗れてしまった……」
「それと、真琴さんに無視されることと、どういう関係が……」
そう彼女に尋ねかけようとしたところで、岳も粗方の見当がついてしまった。
真琴が甘い物好きという事を知っていれば、想像できなくもない。
「わたしの力不足で、タピオカミルクティーにできなかったから……まーちゃんには謝ったんだけど……」
彼女の力不足ではなく、単なる運が無かっただけだった。
それを責める事は誰にもできないだろう。
「『タピオカにできなかったんだから、もう私に話しかけないでくれる?』って無視されるようになっちゃった……」
なんとも気の毒な話で、流石に、岳も木下に同情する。
食べ物の恨みが怖いとはまさにこの事だが、クラスの出店がタピオカミルクティーになったところで、真琴がそれを飲めるとは限らないのではないかとも思う。
そんな理由で、無視され続けるのはとても可哀想なので、岳も口を開く。
「真琴さんに言ってみるよ……木下さんのこと許してもらえるように……」
「ホント!? ありがとうー! でも、早く別れて?」
木下が付け加えた余計な一言を「はいはい」と受け流す。
今日の放課後にでも、伝えてあげようとは思ったのだが、真琴は今、岳に対しても、あまり機嫌が良くない。
――もしかして、タピオカの件で機嫌が悪いのか……?
十中八九、あの土曜日の夜に送ったメッセージのせいなのだが、それを受け入れたくない岳の現実逃避だった。
タピオカの件を話した後に、メッセージの事を謝罪するかどうかを考えていた彼の隣で、木下は立ち上がる。
「じゃあ、わたしもやることあるから! まーちゃんに言っといてー! お願いねー! それと別れ話も進めといてねー!」
縁起でもない事を大きな声で発する木下。
周りの人が見れば、彼女と浮気をしているように見えやしないかと、岳は焦る。
キョロキョロしながら周囲を確認している最中だった。
髪を二つ結びにした可愛らしい女子生徒の姿を岳は、捉えた。
――あれ、どこかで……?
見覚えのある彼女は、テクテクと岳の方へと近づいてきて、呟いた。
「あん……じゃなくて先輩。よくあの人と平気で話せますね。あたしは苦手です」
初対面の時は、敵意むき出しの乱暴な言葉遣いだったはずだ。
今聞いた、丁寧な話し方とは全く違ったので、彼女の正体に気づくのに、岳も時間を要した。
――あの時の、子だよな……?
オープンキャンパスに真琴と一緒に行った日の午後に、駅で真琴を待っていた時の事だ。
野球部の一年生の奥村という男子に声を掛けられ、彼が待っていたという彼女もすぐに現れた。
綺麗な浴衣姿だった彼女は、乱暴な言葉で、奥村を困らせ、その傍にいた岳の事を睨みつけた。
そんな最悪な出会い方をした後輩の女子が今、偶然か必然か、彼の目の前にいる。
――確か、名前は……
奥村が彼女の事を見つけた時に、大きな声で呼んだ為、岳も耳に残っていた。
「ミコト……さん?」
「気安く、下の名前で呼ばないでくれませんか? ぶん殴りますよ?」
「じゃあ、なんて呼べば……?」
「別に苗字でも呼ばれたくないです。というか、先輩とはあまり話したくないです」
それなら、近づいてこなければよかっただけではと思いつつ、心に傷を負ってしまった岳も、彼女とは話したくなくなってしまう。
彼女の思っていたよりも、落ち込んでしまった様子の彼に、彼女はため息を吐いてみせる。
そして、用件だけを淡々と話し出す。
「今日の放課後、時間を作ってもらえませんか? あたしは話したくないんですが、必要なので……仕方なくって感じです。先輩の、今付き合ってる彼女の――――妹として」
「ッ――!?」
思わず目を見開く岳は、彼女の顔を見て、納得する。
彼女を初めて見た時の既視感の正体はまさにこれだったのだ。
「聞いておかないと、いけないことがあるんです」
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