第82話 再会

 僕は一人で立っていた。空は黒く、星が輝いている。足元には星の形をした花が咲き誇り、そよ風が頬を撫でた。見渡す限りの花畑を、当てもなくゆっくりと歩いていた。


「サイラス?」


 僕の名前を呼ぶ声。振り返っても誰もいない。姿のない誰かが僕を呼んでいる。その惹きつけられる声の方向へ、僕は歩みを進めた。


「来てはダメ」


 いつの間にか、足元の様子が変わっていた。水が足を引き込もうとする。花畑は川へと変わり、星の花が水に埋もれる。


「来てはダメ。戻って」


 川の反対岸。微かに見える人影の、その優しい声をよく覚えている。分かり合うことができずに別れてしまった。もっと心から声を出していれば、こんな結果にならずに済んだかもしれないのに。


「お母さん……ありがとう」


 綺麗なオレンジ色の花が足元に流れてきた。


「僕はもう大丈夫」


 花を手に取った僕は、水嵩みずかさの増す川に背を向けた。帰らなければならない。あの人たちが待つ場所に。


 星の花が咲き誇る丘を上って、広い世界を見渡せる場所に来た。さっきまで立っていた川はもうどこにもない。永遠と続く花畑と、覆うような満天の星空。この世界のどこかに、元の世界へ戻る道が隠れている。


 カン……カン……カン……


 突如響き渡った音は間隔をあけて続く。音のする方向へ目を向けたとき、ぼんやりと見え始めたのは鈍い輝きを放つ黒い物体だった。


「銀河鉄道……」


 本物の列車というものを、僕は見たことがない。だが目の前にしたそれは、本の中に出てきたその列車そのものだった。この列車に乗った主人公は、友達の場所へは行けず現実へと引き戻される。僕もきっと、これで帰れる。


 列車は黒い煙を吐き出した。もうあまり時間は残されていないようだ。乗り込んだ車両には誰一人いない。僕は一人椅子に座り、外の景色を眺めた。


 動き出す列車。離れていく星の花畑。闇の中へと溶け込む世界に、お母さんの姿は見えない。


「アまいネェ、アまい」


 煙を吐く音に紛れるように、その声はコロコロと笑った。


「とビィーきリ、アまいネェ」


 嬉しそうにはしゃぐような声は、子どもがおもちゃを見つけて無邪気に喜ぶ様子そのもの。懐かしいこの状況で、今の僕は体を動かせた。それでも声の主の姿はない。


「アまいをクレたかラ。あなタのおネガい、かなえテあげル」


 ゆったりと揺れる列車。かすみがかった頭に最後に届いた声がそれだった。

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