第47話 シーサイト(前編)
すでに遠くの空は白めき、青空が僕の頭上に広がる。吹く風は心地よく僕の体温を奪っていった。
「これで準備は終わり。後は開始の合図を待つだけ!」
シーサイト当日。僕たちは教室から続く赤レンガで囲まれた広場に来ていた。帆布でできた小さなテント、木材を組み合わせた簡易的な小屋、ガレージのような建物を乗せた車など、多くの露店が準備を進めていた。
「あの……これ、両親からです」
小さな木造小屋で、僕はアリーさんに声をかけた。
「いつもお世話になっています」
「あっ、ありがとうございます」
両親と相談して選んだ手土産。一目見てすぐに、アリーさんにぴったりだと思った。
――――!
ラッパの音が響く。見上げれば真っ白な鳥たちが輝く飾りを足から下げて、空を並んで滑空している。
「さあ、アリソン工房出張所の開店だよ!」
人々の歓声が上がり、盛大な拍手でシーサイトは始まった。
シーサイトが始まって間もなく、僕たちの露店は人で溢れた。出来が悪いとはいえ、扱っているのは本物のエトワールだ。それが手ごろな価格で手に入るとなれば、人が集まるのは当たり前のことだった。
もちろん僕たちもこの状況を想定していなかったわけではない。開店早々、お客様の制限を設けた。『十名以上お待ちいただいている場合、初等部に所属している学生および六歳以下のお子様を優先させていただきます。また二回目以降の来店も同様に制限させていただきます』と。
「こんにちは!」
「はい、こんにちは。最初にかごの中から好きな結晶を一つ選んでください」
「はい!」
最初のお客さんは小さな兄弟だった。かごいっぱいに盛られたキラキラと輝く結晶の山から、二人は思い思いに結晶を選んだ。
「これにします!」
「僕はこれが良い!」
「では私と勝負です。まずはお兄さんから」
ここからが、アリーさんが考えると言っていた遊びだった。
「ではここに三つのコップがあります。今から結晶を隠しますので、どのコップに入っているか当ててみてください」
それは単純でありながらも、相手によって簡単に難易度を変えられる遊びだった。お兄ちゃんから鮮やかな赤色の結晶を受け取ったアリーさんは、それをコップに入れてひっくり返し、小さな子供でもギリギリ目で追える程の速さで動かした。
「さあ、どれでしょう?」
「これ!」
お兄ちゃんは悩むことなく答えた。そしてコップを持ち上げれば、そこには彼が選んだ真っ赤な結晶が転がっていた。
「やった!」
「おめでとうございます。お包みしますので、少しお待ちください」
アリーさんは後ろに控えていた僕に結晶を手渡した。今日の僕の仕事は、受け取った結晶を小さな袋に入れて可愛らしいリボンで飾ること。僕が準備を終えてアリーさんの手元に袋を置くと、そこでは弟との勝負が始まっていた。
「さあ、どれでしょう?」
「う……ん……。これ?」
まだまだ幼い弟にはアリーさんがコップを移動させる手つきが遅くても難しかったようで、彼が選んだコップには何も入っていなかった。
「残念でした。ではこちらから一つお選びください」
そこに結晶がなかったことに弟は今にも泣きそうになっていたが、アリーさんが差し出したものを見てすぐに顔を輝かせた。そこにはアリーさんがこのためだけに作った、結晶の砂が入った袋が並んでいた。
「これにする!」
小さな粒でも集まれば、その輝きはエトワールを思い起こさせる。弟が選んだのは最初に選んだ結晶と同じ、淡い黄色の粒だった。
「どうぞ。では、こちらがお兄様の結晶ですね」
「ありがとうございます」
二人の小さなお客さんは仲良く手をつないでお店から離れていった。その手に僕たちが作った結晶を持って。
午前中にお客さんの列が途切れることはなく、僕たちはお昼休憩の宣言をしてようやく落ち着くことができた。
「お疲れさまー。大丈夫だった?」
「はい。忙しいけど、楽しいです!」
「それならよかった」
今日のお昼はマスターさんが用意してくれたお弁当だ。卵にハム、レタスという定番から、ポテトサラダやぷりぷりのエビカツ、オイルサーディンに甘辛く煮込まれた鶏肉など、色んな種類の具が詰まったサンドイッチはどれを選んでもおいしかった。付け合わせのトマトスープはひんやりと冷えて、疲れで火照った体に行き渡る。
「サイラスがくれたのも食べちゃおうか」
アリーさんが丁寧に包装紙を破って箱を開けると、そこには小さくて丸いゼリーがいくつも包まれていた。中心のフルーツと餡を包むように透明なゼリーが覆う。その見た目はエトワールがそのままスイーツになったかのようだった。
「わお! 綺麗だね」
アリーさんはそのうちの一つを取り出して口にした。
「しかもおいしいときた!」
「きゅん?」
珍しくおとなしくしてくれていたスミが顔を出した。そのまま顔を伸ばして、アリーさんから受け取っていたゼリーを貰おうと、僕の手に必死に鼻を押し付ける。
「どうぞ」
包みを剥がして目の前に差し出せば、スミは遠慮することなく食べ始めた。
「おいしい?」
「きゅ!」
スミは嬉しそうに声を上げ、アリーさんをターゲットに変えて次のゼリーをねだった。その無邪気ながらも貪欲な様子がおかしいようで、アリーさんは目を潤ませながら笑った。スミの計画は上手くいったようで、その箱の半分ほどはスミのおなかに収まった。
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